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いろ扱ひ - 泉 鏡花 ( いずみ きょうか )

  • 泉鏡花 『泉鏡花集成 12』 (ちくま文庫)
  • 泉鏡花 『泉鏡花集成 1』 (ちくま文庫)
  • 泉鏡花 ★ 豪華版 日本現代文学全集 泉鏡花集 ★ 講談社
  • 泉鏡花 『泉鏡花集成 6』 (ちくま文庫)
  • 泉鏡花 『泉鏡花集』 限定版 恩地孝四郎装幀 著者落款入 函
  • 泉鏡花 『泉鏡花集成 5』 (ちくま文庫)
  • 古書「名著複刻全集 日本橋 泉鏡花」
  • 日本幻想文学集成 1 泉鏡花 須永朝彦編 梅木英治
  • 図録★番町の家・慶応義塾図書館所蔵泉鏡花遺品展★09年
  • 泉鏡花賞受賞 柳美里「フルハウス」初版
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 これは作者の閲歴談と云ふやうなことに聞えますと、甚(はなは)だ恐縮、ほんの子供の内に読んだ本についてお話をするのでございますよ。此頃(このごろ)は皆さんに読んで戴いて誠に御迷惑をかけますが、私は何(ど)うして、皆さんのお書きなすつた物を拝見して、迷惑処か、こんな結構なものはないと思ふんです。其(それ)ですが、江戸時代文学だの、明治文学だのと云ふ六ヶ敷(むつかし)いことになると、言ひ悪(にく)うございますから、唯(たゞ)ね、小説草双紙(くさざうし)、京伝本(きやうでんぼん)、洒落本(しやれぼん)と云ふ其積(そのつも)りで申しませう。母が貴下(あなた)、東京から持つて参りましたんで、雛の箱でささせたといふ本箱の中に『白縫物語』だの『大和文庫(やまとぶんこ)』『時代かゞみ』大部なものは其位ですが、十冊五冊八冊といろ/\な草双紙小口が揃(そろ)つてあるのです。母はそれを大切にして綺麗(きれい)に持つて居るのを、透(すき)を見ちやあ引張り出して――但し読むのではない。三歳四歳では唯(た)だ表紙美しい絵を土用干のやうに列(なら)べて、此(この)武士立派だの、此娘は可愛いなんて……お待ちなさい、少し可笑(をか)しくなるけれど、悪く取りつこなし。さあ段々絵を見ると其|理解(わけ)が聴きたくなつて、母が裁縫(しごと)なんかして居ると、其処(そこ)へ行つては聞きましたが、面倒くさがつてナカ/\教へない。夫(そ)れを無理につかまへて、ねだつては話してもらひましたが、嘸(さ)ぞ煩(うる)さかつたらうと思つて、今考へると気の毒です。なるほど脚色(すぢ)だけは口でいつても言はれますが、読んだおもしろ味は話されません。又知識のないものに、脚色(すぢ)だけ話をするとなると、こんな煩さい事はないのですから、自分もまた其様(そん)な物を読むと云ふ智慧はない時分で、始終絵ばかりを見て居たものですから、薄葉(うすえふ)を買つて貰つて、口絵だの、※絵だのを写し始めたんです。それから武者(よろひむしや)が大変|好(すき)になりました。それに親父(おやぢ)が金属彫刻師(ほりし)だものですから、盃(さかづき)、香炉、最(も)う目貫縁頭(めぬきふちがしら)などはありませんが、其仕事をさせる積りだつたので、絵を習へと云ふので少しばかりネ、薄(すゝき)、蘭(らん)、竹などの手本を描いて貰ひましたが、何、座敷を取散かしたのが、落で。其中に何なんです。近所の女だの、年上の従姉妹(いとこ)だのに、母が絵解をするのを何時(いつ)か聞きかじつて、草双紙の中にある人物の来歴が分つたものだから、鳥山秋作照忠、大伴(おほとも)の若菜姫なんといふのが殊の外|贔屓(ひいき)なんです。処が秋作、豊後之助の贔屓なのは分つて居るが、若菜姫が宜(よ)くツてならない、甚だ怪しからん、是(これ)は悪党の方だから、と思つて居たんです。のみならず、一体どう云ふものだか、小説の中にある主人公などは、善人の方よりは悪党がてきはきして居て可い、善人とさへ謂(い)や、愚図々々しやあがつて、何(ど)うかしたらよささうなもんだ。泣いたり、口説いたり、何のこツたらう。浄瑠璃(じやうるり)のさはりとなると頭痛がします。併(しか)し、敵役(かたきやく)の中でも石川五右衛門は甚だ嫌ひですな。熊坂長範の方が好い。此頃また白縫の後の方を見ると、口絵に若菜姫を描いて、其上へ持つて来て、(皆様御贔屓若菜姫)と書いてある。して見ると一般読者にも、彼の姐(ねえ)さんは人気があつたものと見えますね。
 母はからだが弱くつて……大層若くつて亡(なく)なりましたが……亡なつた時分に、私は十歳(とを)だつたと思ひます。其の前から小学校へ行くやうになつて、本当の字を少し許(ばか)り覚えたりなにかした。それから暫(しばら)くさう云ふものに遠ざかつて居た、石盤をはふり出して、いきなり針箱の上へ耶須多羅女(やすたらによ)の泣いて居る処を出されて御覧なさい。悉達(しつた)太子を慕つて居るのと絵解をするものは話さねばならないでせう。さて其の(慕ふ)といふことを子供説明をして、聞かせるものは、こりやよほど面倒だから、母もなりたけ読ませないやうにしたんです。それに親父が八釜敷(やかまし)い、論語とか孟子とか云ふものでなくつては読ませなかつた。処が少しイロハが読めるやうになつて来ると、家にある本が読みたくなつたでせう。読んでると目付(めつ)かつて恐ろしく叱(しか)られたんです。そこで考へて、机の上に斯(か)う掛つて居る、机掛ね、之(これ)を膝の上へ被(かぶ)さるやうに、手前を長く、向うを一杯にして置くので、二階に閉籠つて人の跫音(あしおと)がするとヒヨイと其の下へ隠すといふ、うまいものでせう。時々見付かつて、本より、私の方が押入へしまはれました。恁(かう)いふのはいくらもある。一葉女史なんざ草双紙を読んだ時、此(この)人は僕と違つて土蔵があつたさうで、土蔵の二階に本があるので、故(わざ)と悪戯(いたづら)をして、剣突(けんつく)を食つて、叱られて土蔵へ抛(はふ)り込まれるのです。窓に金網が張つてあるのでせう。其網の目をもるあかりで細かい仮名を読んだ。其の所為(せゐ)で、恐ろしい近視眼(ちかめ)、これは立女形(たてをやま)の美を傷つけて済みません。話が色々になりますが、僕が活版本を始めて見たのは結城合戦花鍬形(ゆふきがつせんはなくはがた)といふのと、難波戦記(なにはせんき)、左様です、大阪の戦のことを書いたのです。厚い表紙で赤い絵具をつけた活版本なんです。友達が持つて居たので、其時初めて活版になつた本を見ました。殊にあゝ云ふ百里余も隔つた田舎(ゐなか)ですから、それまでは未(ま)だ活版と云ふものを知らなかつたので、さあ読んで見ると又面白くつて仕様がない。無論前に柔い、「でござんすわいナー」と書いてある草双紙を見た挙句に、親父がね、其癖大好なんで、但し硬派の方なんだから、私に内々で借りて来たあつた呉越軍談、あの、伍子胥(ごししよ)の伝の所が十冊ばかり。其の第一冊目でせう。秦(しん)の哀公が会を設けて、覇を図る処があつて、斉(せい)国の夜明珠(やめいしゆ)、魯(ろ)国の雌雄剣、晋(しん)国の水晶簾(すゐしやうれん)などとならぶ中に、子胥先生、我(わが)楚国|以(もつ)て宝とするなし、唯善を以て宝とすとタンカを切つて、大気焔を吐く所がある。それから呉越軍談が贔屓になる。従つて堅いものが好きになつて来た。それで水滸伝(すゐこでん)、三国志関羽青龍刀張飛の蛇矛などが嬉しくつて堪らない。勿論(もちろん)其時分、雑誌は知らず新聞には小説があるものか無いものか分らぬ位。処が其中に何んですネ。英語を教はらうと、宣教師のやつて居る学校へ入つたのです。


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