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からすうりの花と蛾 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

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  • 寺田寅彦随筆集/岩波文庫/全5冊組/函■昭和48年
  • 【望星2008年11月号】寺田寅彦に会いたい!
  • 【ラク】FZ0501026●古書/岩波書店/寺田寅彦全集 文学編 第15巻
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  • 【ちくま日本文学034】寺田寅彦 1878-1935
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 ことしは庭のからすうりがずいぶん勢いよく繁殖した。中庭の四(よ)つ目(め)垣(がき)のばらにからみ、それからさらにつるを延ばして手近なさんごの木を侵略し、いつのまにかとうとう樹冠の全部を占領した。それでも飽き足らずに今度は垣の反対側のかえでまでも触手をのばしてわたりをつけた。そうしてそのつるの端は茂ったかえでの大小の枝の間から糸のように長くたれさがって、もう少しでその下の紅蜀葵(こうしょくき)の頭に届きそうである。この驚くべき征服欲は直径わずかに二三ミリメートルぐらいの細い茎を通じてどこまでもと空中に流れ出すのである。
 毎日おびただしい花が咲いては落ちる。この花は昼間はみんなつぼんでいる。それが小さな、かわいらしい、夏夜の妖精(フェアリー)の握りこぶしとでもいった格好をしている。夕方太陽が没してもまだ空のあかりが強い間はこのこぶしは堅くしっかりと握りしめられているが、ちょっと目を放していてやや薄暗くなりかけたころに見ると、もうすべての花は一ぺんに開ききっているのである。スウィッチを入れると数十の電燈一度にともると同じように、この植物のどこかに不思議スウィッチがあって、それが光のかげんで自働的に作用して一度に花を開かせるのではないかと思われるようである。ある日の暮れ方、時計を手にして花の咲くのを待っていた。縁側新聞が読めるか読めないかというくらいの明るさの時刻が開花時で、開き始めから開き終わりまでの時間長さは五分と十分の間にある。つまり、十分前には一つも開いていなかったのが十分後にはことごとく満開しているのである。実に驚くべき現象である。
 からすうりの花は「花の骸骨(がいこつ)」とでもいった感じのするものである。遠くから見ると吉野紙(よしのがみ)のようでもありまた一抹(いちまつ)の煙のようでもある。手に取って見ると、白く柔らかく、少しの粘りと臭気のある繊維が、五葉の星形の弁の縁辺から放射分岐して細かい網のように広がっている。つぼんでいるのを無理に指先でほごして開かせようとしても、この白い繊維は縮れ毛のように巻き縮んでいてなかなか思うようには延ばされない。しいて延ばそうとするとちぎれがちである。それが、空の光の照明度がある限界値に達すると、たぶん細胞組織内の水圧の高くなるためであろう。螺旋状(らせんじょう)の縮みが伸びて、するすると一度にほごれ広がるものと見える。それでからすうりの花は、言わば一種の光度計(フォトメーター)のようなものである。人間光度計を発明するよりもおそらく何万年前からこんなものが天然にあったのである。
 からすうりの花がおおかた開ききってしまうころになると、どこからともなく、ほとんどいっせいにたくさんの蛾(が)が飛んで来てこの花をせせって歩く無線電話召集でもされたかと思うように一時にあちらからもこちらからも飛んで来るのである。これもおそらく蛾が一種の光度計を所有しているためであろうが、それにしても何町何番地のどの家のどの部分にからすうりの花が咲いているということを、前からちゃんと承知しており、またそこまでの通路をあらかじめすっかり研究しておいたかのように真一文字に飛んで来るのである。
 初めて私の住居を尋ねて来る人は、たとえ真昼間でも、交番やら店屋などを聞き聞き何度もまごついて後にやっと尋ねあてるくらいなものである。
 この蛾(が)は、戸外がすっかり暗くなって後は座敷電燈をねらいに来る。大きなからすうりか夕顔の花とでも思うのかもしれない。たまたま来客でもあって応接していると、肝心な話の途中でもなんでもいっこう会釈なしにいきなり飛び込んで来て直ちにせわしく旋回運動を始めるのであるが、時には失礼にも来客の頭に顔に衝突し、そうしてせっかく接待のために出してある茶や菓子の上に箔(はく)の雪を降らせる。主客総立ちになって奇妙な手つきをして手に手に団扇(うちわ)を振り回してみてもなかなかこれが打ち落とされない。テニスの上手(じょうず)な来客でもこの羽根のはえたボールでは少し見当が違うらしい。婦人の中には特にこの蛾(が)をいやがりこわがる人が多いようである。今から三十五年の昔のことであるがある田舎(いなか)の退役軍人の家でだいじの一人むすこに才色兼備の嫁をもらった。ところが、その家の庭に咲き誇った夕顔をせせりに来る蛾の群れが時々この芳紀二八花嫁をからかいに来る、そのたびに花嫁がたまぎるような悲鳴を上げてこわがるので、むすこ思いの父親はその次の年から断然夕顔栽培を中止したという実例があるくらいである。この花嫁は実際夕顔の花のような感じのする女であったが、それからわずかに数年の後なくなった。この花嫁の花婿であったところの老学者記憶には夕顔の花と蛾とにまつわる美しくも悲しい夢幻の世界が残っている。そう言って彼は私にささやくのである。私に彼女がむしろからすうりの花のようにはかない存在であったように思われるのである。
 大きな蛾の複眼に或(あ)る適当角度で光を当てて見ると気味の悪いように赤い、燐光(りんこう)に類した光を発するのがある。なんとなく物すごい感じのするものである。昔西洋雑誌小説で蛾のお化けの出るのを読んだことがあるが、この目玉の光には実際多少の妖怪味(ようかいみ)といったようなものを帯びている。つまり、なんとなく非現実的な色と光があるのである。これはたぶん複眼の多数のレンズの作用でちょうど光(ひか)り苔(ごけ)の場合と同じような反射をするせいと思われる。
 蛾(が)の襲撃で困った時には宅(うち)の猫(ねこ)を連れて来ると、すぐに始末が着く。二匹いるうちの黄色いほうのやせっぽちの男猫が、他にはなんの能もない代わりに蛾をつかまえることだけに妙を得ている。飛び上がったと思うと、もう一ぺんにはたき落とす。それからさんざんおもちゃにしたあげくに、空腹だとむしゃむしゃと食ってしまうのである。猫の神経の働きの速さとねらいの正確さにはわれわれ人間は到底かなわない。猫が見たら人間のテニスやベースボールはさだめてまだるっこくて滑稽(こっけい)なものだろうという気がするのである。


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