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くちなし - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 宮本百合子選集第一巻・小説集 ☆宮本百合子
  • 【本】 宮本百合子研究・宮本百合子批評 関係書 6冊 N21078
  • 宮本百合子全集 補巻一 習作一 函・月報付 新日本出版社
  • 現代日本文学全集35 宮本百合子集 筑摩書房
  • (新日本出版社) 宮本百合子選集 全12冊 送料無料!!
  • 【切手OK】宮本百合子『伸子 上巻』岩波版ほるぷ図書館文庫
  • 日本文学全集22 宮本百合子 伸子/二つの庭 河出書房新社
  • ●「新版 宮本百合子全集」第10巻 定価6000円
  • 宮本百合子全集5冊セット全初版 別巻1、2 補巻1、2 別冊 
  • 宮本百合子全集 28巻セット■新日本出版社■1980/82年
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        童心  うちから二人出征している。一人世帯持ちであるがもう一人の方はひとり者だから、手紙をうち気付でよこす約束にして出発して行った。
 行ったきり永い間何のおとさたもなかった。四ヵ月ほどして、ハガキが来た。部隊の名と自分の姓の下に名を書かないで少尉としてあった。そういう書式があるということはそのときまで知らなかった。ハガキをうちかえして眺めながらこっちからやるときは名まで書いてやれることを胴忘れして、もし同じ部隊に同じ苗字のひとが二人いたらどうするのだろうかと不図懸念したりした。
 一枚のハガキが来たきりで、又暫く音信が絶えていたところ、先日不意に航空郵便が来た。白い封筒で、航空便として軍事郵便である。何かあった。直覚的にそう思われた。だが、その手紙は私あてではないのである。受けとる筈のものはそのとき家にいなかった。もう少しで開けて読もうかとまで気がせいたが、何かあったとしたら猶更その手紙を書かれている当人が直接自分第一に知りたかろうと、電話をかけた。
 航空便はやはり特別な手紙であった。負傷の知らせであった。不具になる程のことはなかったが、眉間と額との傷はのこるだろうと書いてあり、治療所のベッドから書かれたものであった。そして、その負傷のしかたが、突撃中ではなく、而もいかにもまざまざと戦地の中に置かれた身の姿を思い描かしめるような事情においてであった。謂わば平凡文字の上に、暗い河北省の闇とそこに閃く光が濃く且つ鋭く走ったような事情である。
 あの顔に向う疵では、間の抜けた丹下左膳だねと笑いながら、すぐ註文の薬品その他を揃える仕度にとりかかった。
 今年四つになる男の児がいて、その児は河北の夜に倒れたものの又従弟とでもいうつづきあいにあたっている。慰問袋を女が三人あつまって拵えているわきでその児が見物していたが、やがて、それなんなの、ときいた。「アア坊知ってるだろう、ヤーホーじちちゃん。」「知ってるよ。」「ヤーホーじちちゃんがね、支那兵隊さんにコツンやられて痛々いしたから、お薬送ってあげるのさ。」「フーン。」男の児は両方の白眼を凝らすように気をいれて何か考えている風だったが、やがて、オリーヴ色のスウェタアから出ている小さな頭をふって、ちがうよ、と云った。ちがうじゃないか、ヤーホーじちちゃんが支那兵隊さん、コツンしたんだよ。と云った。その児の母親もそこにいて、そうじゃないんですよ、と罐づめを袋にいれながら教えた。ヤーホーじちちゃんが痛々したんですよ。すると男の児は、殆ど泣きそうに力を入れて、ちがうったら違うよ! と強情にその反対を主張するのである。
 手紙を貰って心痛をしている若い叔母が、愉快でない面持で、妙な小僧! と云った。いやに訳が分らないんだね。本当にね、どうしたんだろうと子供母親も考えていたが、何かに思い当ったようなばつのわるい表情になり、目にとまらないほど顔を赧らめた。そして誰にともなく、余りいつも負けるのは支那兵隊さんときめて遊んだりばっかりしているからなんだわ、きっと、と四つ子供心に植えこまれている偏見について説明した。

        婦人画家

 茶の間で、壁のところへ一枚の油絵をよせかけて、火鉢のところからそれを眺めながら、画中のドックに入っている船と後方の丘との距離が明瞭でないとか、遠くの海上の島がもう一寸物足りないとか素人評をやっていると、女ながらもそういう画材勉強している友達が、考えると船なんてぼろいなあ、と百円の絵一つをさばきかねる婦人画家生活を比較した。
 現在はまだ所謂有名になっていないでも、これはと目星をつけた男の画家の絵を、コレクションとして買っている人は決して無くはなかろう。あとで価が出るからと買うのだが、価が出るということには、現在社会のくみ立てにしたがえば、それだけその画家芸術成長するだろうという卑俗ながらも期待がこめられている訳である。
 婦人洋画家として今日著名なひとは既に何人かある。その制作を系統だてて蒐集しているという人が果してあるだろうか。女の画家は、画壇で統領となれないから売れないと云われるが、画壇で統領になれないのは、現在社会へ女が入ってゆくためには、門が限られているということの一つの反映でもある。画壇政治をぬいて考えて、或る婦人画家芸術的な発展のあとに感興を覚えて、買い集めようとする人の尠い、殆ど皆無らしいことには何か私たちを考えさせるものがある。
 事情にくわしくないから間違っているかもしれないが、婦人画家は良人が画家である場合画面に手を入れて貰うことを余りこだわって考えていないという話を聞いた。絵のことを云っている人が、婦人画家芸術は相手によってひどく変るし、良人のいるときは却って良人よりいい絵を描くと思われた人が、良人と別れたり死なれたりするとパッタリ駄目になるということをあげていた。
 小説と絵とのちがいどころでもあろう。けれども、そういうような便宜な習慣とでも云える仕来りのために、婦人洋画家芸術成長可能性やそれに対する期待が一般にひくめられているとすれば、やっぱり残念だと思う。まして、大局ではマイナス作用をしつつ、目前ともかくプラスである協力者をもたず、或は良人と自身との画境をはっきり弁えて自力の成熟をしようと心がけている若い少数の婦人画家たちは、現在常識ではどっちを向いても損であり苦しいということになる。
 日本ではマダムの道楽も、大体は未だ少女歌劇女優をひいきにするに止っているのであろうか。

        波間

 東海道線を西の方から乗って来て、食堂などにいると、この頃の空気が声高な雑談の端々から濛々とあたりを罩(こ)めている。


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