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ぢいさんばあさん - 森 鴎外 ( もり おうがい )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
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  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
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 文化六年の春が暮れて行く頃であった。麻布龍土町(あざぶりゆうどちやう)の、今歩兵第三聯隊の兵營になつてゐる地所の南隣で、三河國奧殿の領主松平左七郎|乘羨(のりのぶ)と云ふ大名の邸の中に、大工が這入つて小さい明家(あきや)を修復してゐる。近所のものが誰の住まひになるのだと云つて聞けば、松平の家中の士(さむらひ)で、宮重久右衞門と云ふ人が隱居所を拵へるのだと云ふことである。なる程宮重の家の離座敷と云つても好いやうな明家で、只臺所だけが、小さいながらに、別に出來てゐたのである。近所のものが、そんなら久右衞門さんが隱居しなさるのだらうかと云つて聞けば、さうではないさうである。田舍にゐた久右衞門さんの兄きが出て來て這入るのだと云ふことである。
 四月五日に、まだ壁が乾き切らぬと云ふのに、果して見知らぬ爺いさんが小さい荷物を持つて、宮重方に著いて、すぐに隱居所に這入つた。久右衞門は胡麻鹽頭をしてゐるのに、此爺いさんは髮が眞白である。それでも腰などは少しも曲がつてゐない。結構な拵(こしらへ)の兩刀を挿(さ)した姿がなか/\立派である。どう見ても田舍者らしくはない。
 爺いさんが隱居所に這入つてから二三日立つと、そこへ婆あさんが一人來て同居した。それも眞白な髮を小さい丸髷に結つてゐて、爺いさんに負けぬやうに品格が好い。それまでは久右衞門方の勝手から膳を運んでゐたのに、婆あさんが來て、爺いさんと自分との食べる物を、子供がまま事をするやうな工合に拵へることになつた。
 此|翁媼(をうをん)二人の中の好いことは無類である。近所のものは、若しあれが若い男女であつたら、どうも平氣で見てゐることが出來まいなどと云つた。中には、あれは夫婦ではあるまい。兄妹だらうと云ふものもあつた。その理由とする所を聞けば、あの二人は隔てのない中に禮儀があつて、夫婦にしては、少し遠慮をし過ぎてゐるやうだと云ふのであつた。
 二人は富裕とは見えない。しかし不自由はせぬらしく、又久右衞門に累を及ぼすやうな事もないらしい。殊に婆あさんの方は、跡から大分荷物が來て、衣類なんぞは立派な物を持つてゐるやうである。荷物が來てから間もなく、誰が言ひ出したか、あの婆あさんは御殿女中をしたものだと云ふ噂が、近所に廣まつた。
 二人の生活はいかにも隱居らしい、氣樂な生活である。爺いさんは眼鏡を掛けて本を讀む。細字で日記を附ける。毎日同じ時刻に刀劍に打粉(うちこ)を打つて拭く。體を極め木刀を揮(ふ)る。婆あさんは例のまま事の眞似をして、其隙には爺いさんの傍に來て團扇であふぐ。もう時候がそろ/\暑くなる頃だからである。婆あさんが暫くあふぐうちに、爺いさんは讀みさした本を置いて話をし出す。二人はさも樂しさうに話すのである。
 どうかすると二人で朝早くから出掛けることがある。最初に出て行つた跡で、久右衞門の女房が近所のものに話したと云ふ詞が偶然傳へられた。「あれは菩提所の松泉寺(しようせんじ)へ往きなすつたのでございます。息子さんが生きてゐなさると、今年三十九になりなさるのだから、立派な男盛と云ふものでございますのに」と云つたと云ふのである。松泉寺と云ふのは、今の青山御所の向裏に當る、赤坂黒鍬谷(くろくはだに)の寺である。これを聞いて近所のものは、二人が出歩くのは、最初の其日に限らず、過ぎ去つた昔の夢の迹を辿るのであらうと察した。
 兎角するうちに夏が過ぎ秋が過ぎた。もう物珍らしげに爺いさん婆あさんの噂をするものもなくなつた。所が、もう年が押し詰まつて十二月二十八日となつて、きのふの大雪の跡の道を、江戸城へ往反(わうへん)する、歳暮拜賀の大小名諸役人織るが如き最中に、宮重の隱居所にゐる婆あさんが、今お城から下がつたばかりの、邸の主人松平左七郎に廣間へ呼び出されて、將軍徳川家齊の命を傳へられた。「永年遠國に罷在候(まかりありそろ)夫の爲、貞節を盡候趣聞召(つくしそろおもむききこしめ)され、厚き思召を以て褒美として銀十枚下し置かる」と云ふ口上であつた。
 今年の暮には、西丸にゐた大納言家慶と有栖川職仁親王(ありすがはよりひとしんわう)の女樂宮との婚儀などがあつたので、頂戴物をする人數が例年よりも多かつたが、宮重の隱居所の婆あさんに銀十枚を下さつたのだけは、異數として世間に評判せられた。
 これがために宮重の隱居所の翁媼二人は、一時江戸に名高くなつた。爺いさんは元大番石川阿波守|總恆組(ふさつねくみ)美濃部伊織(みのべいおり)と云つて、宮重久右衞門の實兄である。婆あさんは伊織の妻るんと云つて、外櫻田の黒田家の奧に仕へて表使格になつてゐた女中である。るんが褒美を貰つた時、夫伊織七十二歳、るん自身は七十一歳であつた。

     ――――――――――――――――

 明和三年に大番頭になつた石川阿波守總恆の組に、美濃部伊織と云ふ士があつた。劍術は儕輩(せいはい)を拔いてゐて、手跡も好く和歌の嗜もあつた。石川の邸は水道橋外で、今白山から來る電車が、お茶の水を降りて來る電車と行き逢ふ邊の角屋敷になつてゐた。


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