ねずみと猫 関連リンク

寺田 寅彦 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

ねずみと猫 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • N100601 萬華鏡☆寺田寅彦著☆岩波書店刊
  • 柿の種★寺田寅彦★岩波文庫
  • 寺田寅彦随筆集第一巻~五巻セット★岩波文庫
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 9』伊藤左千夫 寺田寅彦★1円
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 4』岡本かの子 寺田寅彦★1円
  • 寺田寅彦随筆集/岩波文庫/全5冊組/函■昭和48年
  • 【望星2008年11月号】寺田寅彦に会いたい!
  • 【ラク】FZ0501026●古書/岩波書店/寺田寅彦全集 文学編 第15巻
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 4』岡本かの子 寺田寅彦★1円
  • 【ちくま日本文学034】寺田寅彦 1878-1935
次のページ
       一  今の住宅を建てる時に、どうか天井にねずみの入り込まないようにしてもらいたいという事を特に請負人(うけおいにん)に頼んでおいた。充分に注意しますとは言っていたが、なお工事中にも時々忘れないようにこの点を主張しておいた。大工にも直接に幾度も念をおしておいたが、自分天井裏を点検するほどの勇気はさすがになかった。
 引き移ってから数か月は無事であった。やかましく言ったかいがあったと言って喜んでいた。長い間ねずみとの共同生活に慣れたものが、ねずみの音のしない天井をいただいて寝る事になるとなんだか少し変な気もした。物足りないというのは言い過ぎであろうが、ほんとうに孤独人間がある場合には同棲(どうせい)のねずみに不思議な親しみを感ずるような事も不可能ではないように思われたりした。
 そのうちにどこからともなく、水のもれるようにねずみの侵入がはじまった。一度通路ができてしまえばもうそれきりである。
 夜おそく仕事でもしている時に頭の上に忍びやかな足音がしたり、どこかでつつましく物をかじる音がしたりするうちはいいが、寝入りぎわをはげしい物音に驚かされたり、買ったばかりの書物の背皮を無惨に食いむしられたりするようになると少し腹が立って来た。
 請負師や大工に責めを帰していいのか、在来の建築方式そのものに欠陥があるのかどうかわからない。考えてみると請負師(うけおいし)や大工に言ったくらいでねずみが防ぎきれるものならば大概の家にはねずみがいないはずである。しかし実際ねずみのいない家はまれであり、ねずみがいなくなると何かその家に不祥事が起こる前兆だという迷信があったりするくらいだから、少なくもわれわれ日本人天井にねずみのいる事を容認しなければならない事になっているかもしれない。それを自分だけが勝手に拒絶しようと思うのはあまりに思いあがったハイカラの考えかもしれない。ある人の話では日々わずかな一定量の食餌(しょくじ)をねずみのために提供してさえおけば決して器具や衣服などをかじるものではないという事である。ある経済学者の説によるといかなる有害無益の劣等の人間でも一様に「生存権利」というものがあるそうである。そんならねずみだって同じ権利を認めてやらないのはわるいような気がする。しかしそういう権利人間にさえあるのかないのか自分にはわからない。かりにあるとしたところで両方の権利共立しない時に強いほうの動物が弱いほうをひどい目にあわせるのは天然自然事実であっていかなる学者抗議もなんの役にも立たないようである。
 科学の応用が尊重される今日に、天井押し入れの内にねずみのはいらないくらいの方法はいくらでもできそうなものだと思う。ある学者天井裏に年じゅう電燈をともしているそうであるがこの方法はいかに有効でもわれわれには少しぜいたくすぎるような気がする。もう小し簡便な方法がありそうなものである。だれか忠実な住宅建築研究者があって、二三日天井裏にすわり込むつもりでねずみの交通観察したら適当方法はすぐに考えつくだろうと思われる。そのような方法学者のほうではとうの昔にわかっているのをわれわれが知らないのか、知ってもそれを信じて実行しないのかもしれない。住宅建築の教程にねずみに関する一章のないはずはあるまいと思う。
 大工を呼んでねずみの穴の吟味をさせるのもおっくうであるのみならずその効果が疑わしい。結局やはり最も平凡方法で駆除を計るほかはなかった。
 殺鼠剤(さっそざい)がいちばん有効だという事は聞いていたが、子供の多いわが家では万一の過失を恐れて従来用いた事はなかった。しかし子供らもだいぶ大きくなったから、もう大丈夫だろうと思って試みに使ってみた。するとまもなく玄関天井から蛆(うじ)が降り出した。町内の掃除人夫(そうじにんぷ)を頼んで天井裏へ上がって始末をしてもらうまでにはかなり不愉快な思いをしなければならなかった。それ以来もう猫(ねこ)いらずの使用はやめてしまった。猫いらずを飲んだ人は口から白い煙を吐くそうであるからねずみでも吐くかもしれない。屋根裏の闇(やみ)の中で口から燐光(りんこう)を発する煙を吐いているのを想像するだけでもあまり気持ちがよくない。
 木の板の上に鉄のばねを取り付けた捕鼠器(ねずみとり)もいくつか買って来て仕掛けた。はじめのうちはよく小さな子ねずみが捕(と)れた。こしらえ方がきわめてぞんざいであるから少し使うとすぐにぐあいが悪くなる。それを念入りに調節して器械としての鋭敏さを維持する事はそういうあたまのない女中などには到底望み難い仕事である。私はこのような間に合わせの器械を造る人にも、それを平気で使っている人にも不平を言いたくなるのである。
 金網で造った長方形の箱形のもしばしば用いたが、あれも一度捕れると臭みでも残るのか、あとがかかりにくい。まれにかかってもたいていは思慮のない小ねずみで、老獪(ろうかい)な親ねずみになるとなかなかどの仕掛けにもだまされない。いくらねずみでも時代と共に知恵が進んで来るのを、いつまでも同じ旧式の捕鼠器(ねずみとり)でとろうとするのがいけないのでないかという気もする。
 それよりも困るのは、家内じゅうで自分のほかにはねずみの駆除に熱心な人の一人もいない事である。せっかく仕掛けてある捕鼠器(ねずみとり)の口が、いかにはいりたいねずみにでもはいれないような位置押しやられていたり、ふたの落ちたのをそのままに幾日も台所のすみにほうり出してあるのを発見したりするとはなはだ心細いたよりないような気がするのであった。そこに行くとどうしてもやはり本能的にねずみを捕(と)るようにできている猫(ねこ)にしくものはないと思わないわけにはゆかなかった。
 ねずみの跳梁(ちょうりょう)はだんだんに劇烈になるばかりであった。昼間でもちょろちょろ茶の間に顔を出したりした。ある日の夕方二階で仕事をしていると、不意に階下ではげしい物音や人々の騒ぐ声が聞こえだした。行って見ると、玄関の三畳の間へねずみを二匹追い込んで二人の下女が箒(ほうき)を振り回しているところであった。やっとその一匹を箒でおさえつけたのを私が火箸(ひばし)で少し引きずり出しておいて、首のあたりをぎゅうっと麻糸で縛った。


次のページ

寺田 寅彦 (てらだ とらひこ) 以外のオススメ作品

ねずみと猫 (ねずみとねこ) のリンク元

「ねずみと猫-寺田 寅彦」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN