ほうとする話 祭りの発生 その一 - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )
ほうとする話
祭りの発生 その一
一
ほうとする程長い白浜の先は、また、目も届かぬ海が揺れてゐる。其波の青色の末が、自(オノ)づと伸(ノ)しあがるやうになつて、あたまの上までひろがつて来てゐる空である。ふり顧(カヘ)ると、其が又、地平をくぎる山の外線の立ち塞つてゐるところまで続いて居る。四顧俯仰して、目に入る物は、唯、此だけである。日が照る程、風の吹く程、寂しい天地であつた。さうした無聊の目を※らせるものは、忘れた時分にひよっくりと、波と空との間から生れて来る――誇張なしにさう感じる――鳥と紛れさうな刳(ク)り舟の影である。
遠目には、磯の岩かと思はれる家の屋根が、一かたまりづゝぽっつりと置き忘れられてゐる。炎を履む様な砂山を伝うて、行きつくと、此ほどの家数に、と思ふ程、ことりと音を立てる人も居ない。あかんぼの声がすると思うて、廻つて見ると、山羊が、其もたつた一疋、雨欲しさうに鳴き立てゝゐるのだ。
どこで行き斃れてもよい旅人ですら、妙に、遠い海と空とのあはひの色濃い一線を見つめて、ほうとすることがある。沖縄の島も、北の山原(ヤンバル)など言ふ地方では、行つても/\、こんな村ばかりが多かつた。どうにもならぬからだを持ち煩(アツカ)うて、こんな浦伝ひを続ける遊子も、おなじ世間には、まだ/\ある。其上、気づくか気づかないかの違ひだけで、物音もない海浜に、ほうとして、暮しつゞけてゐる人々が、まだ其上幾万か生きてゐる。
ほうとしても立ち止らず、まだ歩き続けてゐる旅人の目から見れば、島人の一生などは、もつと/\深いため息に値する。かうした知らせたくもあり、覚らせるもいとほしいつれ/″\な生活は、まだ/\薩摩潟の南、台湾の北に列る飛び石の様な島々には、くり返されてゐる。でも此が、最正しい人間の理法と信じてゐた時代が、曾ては、ほんとうにあつたのだ。古事記や日本紀や風土記などの元の形も、出来たか出来なかつたかと言ふ古代は、かういふほうとした気分を持たない人には、しん底までは納得がいかないであらう。
蓋然から、段々、必然に移つて来てゐる私の仮説の一部なる日本の祭りの成立を、小口だけでもお話して見たい。芭蕉が、うき世の人を寂しがらせに来た程の役には立たなくとも、ほうとして生きることの味ひ位は贈れるかと思ふ。
月次祭りの、おしひろげて季候にわりあてられたものと見るべき、四季の祭りは、根本から言へば、臨時祭りであつた。だが、却て、かうした祭りが始まつて後、神社々々特殊の定祭が起つたのであつた。四季の祭りの中でも、町方で最盛んな夏祭りは、実は一等遅れて起つたものであつた。次に、新しいと言ふのも、其久しい時間に対しては叶はないほど、古く岐れた祭りがある。秋祭りである。此も農村では、本祭りと言つた考へで執行せられる。
此秋祭りの分れ出た元は、冬の祭りであつた。だが、冬祭りに二通りあつて、秋祭りと関係深い冬祭りは、寧、やつぱり秋祭りと言つてよいものであつた。真のふゆの語原である冬祭りは、年の窮つた時に行はれたものである。さうして、最古い形になると、春祭りと背なか合せに接してゐた行事らしいのである。だから冬祭りは、春祭りの前提として行はれた儀式が、独立したものと言うてよい。でも時には、秋祭りの意義の冬祭りと、春祭りの条件なる冬祭りとが、一続きの儀礼らしくも見える。さうすると、秋祭りの直後に冬祭りがあり、冬祭りにひき続いて春祭りがあつて、其が、段々間隔を持つ様になつた。其為、祭儀が交錯し、複雑になつて行つたもの、と言へる。
秋祭りを主とする田舎の村々でも、夏祭りを疎かにする処はなかつた。だが、農村の祭りでは、夏は参詣が本位とせられてゐる様で、家族又は一人々々でぼつり/″\と参るのだ。此祭りに、つき物になつてゐるものがある。即、神輿又は長い棒を中心とする鉾・幣或は偶人である。此も秋祭りと入り紊れてゐるが、順序正しく言へば、夏のものである。
祇園の鉾は、山鉾と一口に言ふが、大別してやまとほことの二つの系統がある。そして山の方は、寧、秋祭りに曳くべき物であつた。祇園会成立に深く絡んだ御霊会(ゴリヤウヱ)の立て物に、宮廷の大嘗の曳き物「標山」の形をとりこんだのであつた。
平安朝の初頭から見える事実は、まつりの用語例に、奏楽・演舞を条件に加へて来てゐるのである。其程、祭礼と楽舞との関係が離されなくなつた。だから後には、まつるとあそぶとが同じ意義に使はれる事もあつた。とにかく、夏祭りのまつりと言はれる様になつたのは、夏神楽の発達から来てゐる。尚一面、祇園会が祭りの一つの型と見られる様になつた事実も一つの原因である。
神楽は、鎮魂祭のつき物で、古い形を考へると、大祓式の一部でもあつた。其が、冬を本義とする処から、夏演奏する神楽と言ふ意を見せて、新しい発生なる事を示したのである。祓へや禊ぎは、鎮魂の前提と見るべきであつた。夏祓へは冬祓へから岐れて、遅れて発生した為、冬祓への条件を具へなかつた。
遠目には、磯の岩かと思はれる家の屋根が、一かたまりづゝぽっつりと置き忘れられてゐる。炎を履む様な砂山を伝うて、行きつくと、此ほどの家数に、と思ふ程、ことりと音を立てる人も居ない。あかんぼの声がすると思うて、廻つて見ると、山羊が、其もたつた一疋、雨欲しさうに鳴き立てゝゐるのだ。
どこで行き斃れてもよい旅人ですら、妙に、遠い海と空とのあはひの色濃い一線を見つめて、ほうとすることがある。沖縄の島も、北の山原(ヤンバル)など言ふ地方では、行つても/\、こんな村ばかりが多かつた。どうにもならぬからだを持ち煩(アツカ)うて、こんな浦伝ひを続ける遊子も、おなじ世間には、まだ/\ある。其上、気づくか気づかないかの違ひだけで、物音もない海浜に、ほうとして、暮しつゞけてゐる人々が、まだ其上幾万か生きてゐる。
ほうとしても立ち止らず、まだ歩き続けてゐる旅人の目から見れば、島人の一生などは、もつと/\深いため息に値する。かうした知らせたくもあり、覚らせるもいとほしいつれ/″\な生活は、まだ/\薩摩潟の南、台湾の北に列る飛び石の様な島々には、くり返されてゐる。でも此が、最正しい人間の理法と信じてゐた時代が、曾ては、ほんとうにあつたのだ。古事記や日本紀や風土記などの元の形も、出来たか出来なかつたかと言ふ古代は、かういふほうとした気分を持たない人には、しん底までは納得がいかないであらう。
蓋然から、段々、必然に移つて来てゐる私の仮説の一部なる日本の祭りの成立を、小口だけでもお話して見たい。芭蕉が、うき世の人を寂しがらせに来た程の役には立たなくとも、ほうとして生きることの味ひ位は贈れるかと思ふ。
月次祭りの、おしひろげて季候にわりあてられたものと見るべき、四季の祭りは、根本から言へば、臨時祭りであつた。だが、却て、かうした祭りが始まつて後、神社々々特殊の定祭が起つたのであつた。四季の祭りの中でも、町方で最盛んな夏祭りは、実は一等遅れて起つたものであつた。次に、新しいと言ふのも、其久しい時間に対しては叶はないほど、古く岐れた祭りがある。秋祭りである。此も農村では、本祭りと言つた考へで執行せられる。
此秋祭りの分れ出た元は、冬の祭りであつた。だが、冬祭りに二通りあつて、秋祭りと関係深い冬祭りは、寧、やつぱり秋祭りと言つてよいものであつた。真のふゆの語原である冬祭りは、年の窮つた時に行はれたものである。さうして、最古い形になると、春祭りと背なか合せに接してゐた行事らしいのである。だから冬祭りは、春祭りの前提として行はれた儀式が、独立したものと言うてよい。でも時には、秋祭りの意義の冬祭りと、春祭りの条件なる冬祭りとが、一続きの儀礼らしくも見える。さうすると、秋祭りの直後に冬祭りがあり、冬祭りにひき続いて春祭りがあつて、其が、段々間隔を持つ様になつた。其為、祭儀が交錯し、複雑になつて行つたもの、と言へる。
秋祭りを主とする田舎の村々でも、夏祭りを疎かにする処はなかつた。だが、農村の祭りでは、夏は参詣が本位とせられてゐる様で、家族又は一人々々でぼつり/″\と参るのだ。此祭りに、つき物になつてゐるものがある。即、神輿又は長い棒を中心とする鉾・幣或は偶人である。此も秋祭りと入り紊れてゐるが、順序正しく言へば、夏のものである。
祇園の鉾は、山鉾と一口に言ふが、大別してやまとほことの二つの系統がある。そして山の方は、寧、秋祭りに曳くべき物であつた。祇園会成立に深く絡んだ御霊会(ゴリヤウヱ)の立て物に、宮廷の大嘗の曳き物「標山」の形をとりこんだのであつた。
平安朝の初頭から見える事実は、まつりの用語例に、奏楽・演舞を条件に加へて来てゐるのである。其程、祭礼と楽舞との関係が離されなくなつた。だから後には、まつるとあそぶとが同じ意義に使はれる事もあつた。とにかく、夏祭りのまつりと言はれる様になつたのは、夏神楽の発達から来てゐる。尚一面、祇園会が祭りの一つの型と見られる様になつた事実も一つの原因である。
神楽は、鎮魂祭のつき物で、古い形を考へると、大祓式の一部でもあつた。其が、冬を本義とする処から、夏演奏する神楽と言ふ意を見せて、新しい発生なる事を示したのである。祓へや禊ぎは、鎮魂の前提と見るべきであつた。夏祓へは冬祓へから岐れて、遅れて発生した為、冬祓への条件を具へなかつた。
折口 信夫 (おりくち しのぶ) 以外のオススメ作品
- 婦系図 - 泉 鏡花
- 東京要塞 - 海野 十三
- 顎十郎捕物帳 22 小鰭の鮨 - 久生 十蘭
- 三郎爺 - 宮本 百合子
- 「下じき」の問題 こんにちの文学への疑い - 宮本 百合子
ほうとする話 祭りの発生 その一 のリンク元
「ほうとする話 祭りの発生 その一-折口 信夫」の関連ページ
-
福島県/信夫温泉 - 温泉くちこみリンク&掲示板 - 温泉くちこみリンク&掲示板
こみリンク12009年10月06日(火)信夫温泉 のんびり館(しのぶおんせん のんびりかん) | お客様の声で ...流動2001 血迷う池田信夫氏硫黄島 鎮魂の丘の歌碑 釈迢空(折口信夫)の歌 - OUR HOME -
キャラまとめ/折口歩乃香 - 15x24 @ ウィキ - 15x24 @ ウィキ
折口歩乃香まとめこのページはネタバレを含みます。作品内描写タイムラインxx_ko さん作成のタイムライン http//d.hatena.ne.jp/meme_ko/20091123 -
地図1/福島県/信夫ダム - ザ・ダムサイト - ザ・ダムサイト
36/54/6.263,140/43/18.005 -
評論家/池田信夫 - 永田町一丁目情報部 - 永田町一丁目情報部
池田信夫をお気に入りに追加var amzn_wdgt={widgetCarousel};amzn_wdgt.tag=politica-22;amzn_wdgt.widgetType -
沖縄県/タイ原ダム - ザ・ダムサイト - ザ・ダムサイト
」について考えたわけだが。(3)Sat, 07 No折口信夫・池田弥三郎記念講演会『日本原風景と文化』Wed, 04 No富士山と東京タワーSat, 21 NoシーエスGyaO(Ch.720) [22-4 -
山形県/引竜第二ダム - ザ・ダムサイト - ザ・ダムサイト
サイト更新情報まとめ ...Fri, 28 Auわんことカヌー ~2009年度川下りレポート~ 39 三峰リサーチ<浦山川 ...Sat, 07 No折口信夫・池田弥三郎記念講演会『日本原風景と文化』 | 8rukunTue, 25 -
書籍リスト - xyamashita @ ウィキ - xyamashita @ ウィキ
手の記憶に残る話し方の極意 (サイエンス・アイ新書) (新書) 平林 純 ハチはなぜ大量死したのか (単行本) ローワン・ジェイコブセン (著), 中里 京子 (翻訳) 文藝春秋 (2009/1/27) 古代から来た未来人 折口信夫 -
民主/ま行/松野信夫 - 永田町二丁目情報部 - 永田町二丁目情報部
松野信夫をお気に入りに追加くちこみリンクSat, 03 OcYahoo!みんなの政治 - 松野 信夫 - 活動記録Tue, 15 SeYahoo!みんなの政治 - 松野 信夫 - 活動記録Tue -
評論家/池田信夫 - 永田町二丁目情報部 - 永田町二丁目情報部
池田信夫をお気に入りに追加 var amzn_wdgt={widgetCarousel};amzn_wdgt.tag=politica-22;amzn_wdgt.widgetType -
自民/か行/岸信夫 - 永田町二丁目情報部 - 永田町二丁目情報部
岸信夫をお気に入りに追加くちこみリンクWed, 30 Se岸信夫メールマガジン 政治経済ニュース 2009年9月号|の・ぶ・ろ ...Sat, 03 Oc安倍晋三 様 岸信夫 様Tue, 25 Au
