カール・マルクスとその夫人 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )
一 カールの持った「三人の聖者」
ドイツの南の小さい一つの湖から注ぎ出て、深い峡谷の間を流れ、やがて葡萄の美しく実る地方を通って、遠くオランダの海に河口を開いている大きい河がある。それは有名なライン河である。太古の文明はこのライン河の水脈にそって中部ヨーロッパにもたらされた。ライン沿岸地方は、未開なその時代のゲルマン人の間にまず文明をうけ入れ、ついで近代ドイツの発達と、世界の社会運動史の上に大切な役割りを持つ地方となった。早くから商業が発達し、学問が進み、人間の独立と自由とを愛する気風が培われていたライン州では、一七八九年にフランスの大革命が起った時、ジャコバン党の支部が出来、ドイツ人でフランス革命のために努力した人々が沢山あった。ナポレオンの独裁がはじまった時、ライン十六州は、ライン同盟を結んでナポレオンを保護者とし、その約束によって商工業の自由も守られ、ドイツの反動政策の圧迫にかかわらず、進歩的な自由思想が充ちていた。
こういう特色をもった十九世紀初頭のライン州、トリエルの市にハインリッヒ・マルクスという上告裁判所付弁護士が住んでいた。そこに、一八一八年五月五日、一人の骨組のしっかりした男の子が産れ、カールと名付けられた。
マルクス家はユダヤ系であった。けれどもトリエル市のすぐれた弁護士であったハインリッヒ・マルクス一家の生活はかなりゆとりの有るものであった。父マルクスは十八世紀フランス哲学を深く学び、ディドロー(一七一三―一七八四)や、ヴォルテール(一六九四―一七七八)、悲劇作者ラシーヌの作品などから影響をうけていた。
青年時代のカールは、生活の自然なよろこびを心おきなく楽しみ、人づきあいも広く、勉強ずきだが、学資はいつの間にやらたりなくなっているという風なところがあったらしい。大学生同士の借金で相当困ったこともあったらしい。父マルクスは、こういう時に、息子にむかって適切な忠告や、親切な男親しか出来ない慰めや援助をあたえた。カールは、この父を真心から愛し、尊敬した。父の五十五回目の誕生日のとき、ベルリン大学にいた十九歳のカールはお祝として、それ迄につくった四十篇の詩と、悲劇の一幕と、喜劇小説の数章とをまとめて「永久の愛のわずかなしるしとして」この高貴な人がらをもつ父に贈った。或る人はいっている。カールは、三人の「聖者」をもっていた。彼の父、彼の母、そして彼の妻と。この素晴らしい父は、一八三八年、カールが二十歳の時に腎臓病のためにトリエルで死んだ。
母のアンリエットは、オランダ生れのユダヤ婦人でユダヤ語とはちがうドイツ語を、完全に発音さえ出来なかった。博識な良人につれそう家事的な情愛深い妻としてアンリエットは、息子カールに対しても、言葉のすくない母の愛で、その精神と肉体とをささえていたと思われる。男の子が、もし母の愛と、その生活の姿とで、女性への優しい思いやりをはぐくまれなかったら、どうしてカールが妻イエニーを愛したように女性を愛することが出来たろう。
カールの六歳の時、マルクス家は改宗して、ユダヤ教からプロテスタントになった。
二 イエニーとの結婚――ベルリン時代――
カールにゾフィーという一人の姉があった。このことは、彼の一生にはからずも深い意味をもった。ゾフィーの親友にイエニー・フォン・ヴェストファーレンという令嬢があった。イエニーの父は、トリエルの枢密顧問官であった。転任して来たときからマルクス家と親交があった。この枢密顧問官は、役人くさくない聰明な人がらで、ホーマーやシェクスピアを愛読していた。当時の狭い社会で枢密顧問官といえば、貴族的な上流人と考えられていた。小さなワイマールの市で枢密顧問官であったゲーテの祖父が、どんなにか業々しくその地位を考えていたかを私どもは知っている。フォン・ヴェストファーレンが社会的偏見で見られているユダヤ人のマルクス一家と、そのように親しくつきあい、娘たちの友情を認めていたことだけでも、なみなみの人ではなかったと思われる。カールの快活で独特な精気にみちた人がらは、イエニーの父ヴェストファーレンに深く愛されたとともに、四つ年上のイエニーの心に年と共に幼な友達とはちがった感情を芽ぐませた。カールが十八歳、そしてイエニーが二十二歳の年、二人は婚約した。
カールはベルリン大学へ入学しなければならなかった。イエニーの住む故郷の町トリエルを離れて、大海のようなベルリンへ行くことは、カールにとってたいして気が進まなかったらしい。カールはイエニーへの手紙に書いている。
「ほかの時なら私を魅惑し、自然観察に亢奮させ、人生の喜びにもえさせたに違いないベルリンへの旅行さえ、私の興味をなくさせました。それどころか、この旅行は私の気持を非常に悪くさせました」
父のすすめでベルリン大学へ赴いたカールは、あまり人ともつきあわず学問と芸術とに没頭した。三冊の詩集がつくられた。はじめの二冊は「愛の書」、あとの一冊は「歌の書」、そして三冊ともその年の十二月に、多分はクリスマスの贈物として愛するイエニーに送られた。このほか一八三九年には、イエニーのために「民謡集成」という民謡集をこしらえた。若いカールは、そうしてイエニーへの思いを詩にたくしながら、法律・哲学・歴史の研究にうちこんで「すぐれた勉強」をつづけた。
このベルリン時代は、大学の課目以外の真面目な研究でカールの生涯に一つの基礎をきずいた時期であった。ベルリンには、ヘーゲル哲学の進歩的な面をとりあげて、その弁証法的な方法を発展させようとする若い哲学者の一団があった。ヘーゲル左党と呼ばれたこの一団は、ドクトル・クラブを組織していて、十九歳のマルクスはこのグループに入った。ドクトル・クラブはその後「ベルリン自由人」という団体に発展し、一八四二年には、カールにとって生涯の共働者となったフリードリッヒ・エンゲルスもここに加わった。
この前年、二十三歳のカールはイエナ大学に出した学位請求論文によって哲学博士となった。亡くなった父も、母も、カール自身も、大学教授としての生活を考えていたのであった。
こういう特色をもった十九世紀初頭のライン州、トリエルの市にハインリッヒ・マルクスという上告裁判所付弁護士が住んでいた。そこに、一八一八年五月五日、一人の骨組のしっかりした男の子が産れ、カールと名付けられた。
マルクス家はユダヤ系であった。けれどもトリエル市のすぐれた弁護士であったハインリッヒ・マルクス一家の生活はかなりゆとりの有るものであった。父マルクスは十八世紀フランス哲学を深く学び、ディドロー(一七一三―一七八四)や、ヴォルテール(一六九四―一七七八)、悲劇作者ラシーヌの作品などから影響をうけていた。
青年時代のカールは、生活の自然なよろこびを心おきなく楽しみ、人づきあいも広く、勉強ずきだが、学資はいつの間にやらたりなくなっているという風なところがあったらしい。大学生同士の借金で相当困ったこともあったらしい。父マルクスは、こういう時に、息子にむかって適切な忠告や、親切な男親しか出来ない慰めや援助をあたえた。カールは、この父を真心から愛し、尊敬した。父の五十五回目の誕生日のとき、ベルリン大学にいた十九歳のカールはお祝として、それ迄につくった四十篇の詩と、悲劇の一幕と、喜劇小説の数章とをまとめて「永久の愛のわずかなしるしとして」この高貴な人がらをもつ父に贈った。或る人はいっている。カールは、三人の「聖者」をもっていた。彼の父、彼の母、そして彼の妻と。この素晴らしい父は、一八三八年、カールが二十歳の時に腎臓病のためにトリエルで死んだ。
母のアンリエットは、オランダ生れのユダヤ婦人でユダヤ語とはちがうドイツ語を、完全に発音さえ出来なかった。博識な良人につれそう家事的な情愛深い妻としてアンリエットは、息子カールに対しても、言葉のすくない母の愛で、その精神と肉体とをささえていたと思われる。男の子が、もし母の愛と、その生活の姿とで、女性への優しい思いやりをはぐくまれなかったら、どうしてカールが妻イエニーを愛したように女性を愛することが出来たろう。
カールの六歳の時、マルクス家は改宗して、ユダヤ教からプロテスタントになった。
二 イエニーとの結婚――ベルリン時代――
カールにゾフィーという一人の姉があった。このことは、彼の一生にはからずも深い意味をもった。ゾフィーの親友にイエニー・フォン・ヴェストファーレンという令嬢があった。イエニーの父は、トリエルの枢密顧問官であった。転任して来たときからマルクス家と親交があった。この枢密顧問官は、役人くさくない聰明な人がらで、ホーマーやシェクスピアを愛読していた。当時の狭い社会で枢密顧問官といえば、貴族的な上流人と考えられていた。小さなワイマールの市で枢密顧問官であったゲーテの祖父が、どんなにか業々しくその地位を考えていたかを私どもは知っている。フォン・ヴェストファーレンが社会的偏見で見られているユダヤ人のマルクス一家と、そのように親しくつきあい、娘たちの友情を認めていたことだけでも、なみなみの人ではなかったと思われる。カールの快活で独特な精気にみちた人がらは、イエニーの父ヴェストファーレンに深く愛されたとともに、四つ年上のイエニーの心に年と共に幼な友達とはちがった感情を芽ぐませた。カールが十八歳、そしてイエニーが二十二歳の年、二人は婚約した。
カールはベルリン大学へ入学しなければならなかった。イエニーの住む故郷の町トリエルを離れて、大海のようなベルリンへ行くことは、カールにとってたいして気が進まなかったらしい。カールはイエニーへの手紙に書いている。
「ほかの時なら私を魅惑し、自然観察に亢奮させ、人生の喜びにもえさせたに違いないベルリンへの旅行さえ、私の興味をなくさせました。それどころか、この旅行は私の気持を非常に悪くさせました」
父のすすめでベルリン大学へ赴いたカールは、あまり人ともつきあわず学問と芸術とに没頭した。三冊の詩集がつくられた。はじめの二冊は「愛の書」、あとの一冊は「歌の書」、そして三冊ともその年の十二月に、多分はクリスマスの贈物として愛するイエニーに送られた。このほか一八三九年には、イエニーのために「民謡集成」という民謡集をこしらえた。若いカールは、そうしてイエニーへの思いを詩にたくしながら、法律・哲学・歴史の研究にうちこんで「すぐれた勉強」をつづけた。
このベルリン時代は、大学の課目以外の真面目な研究でカールの生涯に一つの基礎をきずいた時期であった。ベルリンには、ヘーゲル哲学の進歩的な面をとりあげて、その弁証法的な方法を発展させようとする若い哲学者の一団があった。ヘーゲル左党と呼ばれたこの一団は、ドクトル・クラブを組織していて、十九歳のマルクスはこのグループに入った。ドクトル・クラブはその後「ベルリン自由人」という団体に発展し、一八四二年には、カールにとって生涯の共働者となったフリードリッヒ・エンゲルスもここに加わった。
この前年、二十三歳のカールはイエナ大学に出した学位請求論文によって哲学博士となった。亡くなった父も、母も、カール自身も、大学教授としての生活を考えていたのであった。
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