ケーベル先生 関連リンク

夏目 漱石 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

ケーベル先生 - 夏目 漱石 ( なつめ そうせき )

  • 妙心寺派管長梶浦逸外先生と保庭楽入先生とコラボ「微笑」茶碗
  • 田村蓉子先生◆リフトアップパネル欲張りブラ◆B72.5◆田村先生
  • ■フィギュメイト■魔法先生ネギま Vol.6■レア ネギ先生子供ver
  • bドリトル先生の楽しい家 (ドリトル先生物語全集 (12】
  • 駿台 スーパー東大実践講座古文 関谷先生&上野先生 ノート付
  • 心をつかむ話し方 うまい先生へたな先生 関根 正明
  • 【現代中国絵画】『岩章先生の1986年の作品』
  • 乙女小説 「伴先生」 吉屋信子 中原淳一 巌本野ばら 
  • ◇◇武者小路実篤 空想先生 新潮文庫
  • ドリトル先生不思議な旅
次のページ
 木(こ)の葉(は)の間から高い窓が見えて、その窓の隅(すみ)からの頭が見えた。傍(わき)から濃い藍色(あいいろ)の煙が立った。先生煙草(たばこ)を呑(の)んでいるなと余は安倍(あべ)君に云った。
 この前ここを通ったのはいつだか忘れてしまったが、今日見るとわずかの間(ま)にもうだいぶ様子が違っている。甲武線の崖上(がけうえ)は角並(かどなみ)新らしい立派な家に建て易(か)えられていずれも現代日本の産み出した富の威力と切り放す事のできない門構(もんがまえ)ばかりである。その中に先生住居(すまい)だけが過去記念(かたみ)のごとくたった一軒古ぼけたなりで残っている。先生はこの燻(くす)ぶり返った家の書斎に這入(はい)ったなり滅多(めった)に外へ出た事がない。その書斎はとりもなおさず先生の頭が見えた木の葉の間の高い所であった。
 余と安倍君とは先生に導びかれて、敷物も何も足に触れない素裸(すはだか)のままの高い階子段(はしごだん)を薄暗がりにがたがた云わせながら上(のぼ)って、階上の右手にある書斎に入った。そうして先生の今まで腰をおろして窓から頭だけを出していた一番光に近い椅子に余は坐(すわ)った。そこで外面(そと)から射(さ)す夕暮に近い明りを受けて始めて先生の顔を熟視した。先生の顔は昔とさまで違っていなかった。先生自分六十三だと云われた。余が先生美学講義を聴きに出たのは、余が大学院に這入った年で、たしか先生日本へ来て始めての講義だと思っているが、先生はその時からすでにこう云う顔であった。先生日本へ来てもう二十年になりますかと聞いたら、そうはならない、たしか十八年目だと答えられた。先生の髪も髯(ひげ)も英語で云うとオーバーンとか形容すべき、ごく薄い麻(あさ)のような色をしている上に、普通西洋人通り非常に細くって柔かいから、少しの白髪(しらが)が生えてもまるで目立たないのだろう。それにしても血色が元の通りである。十八年を日本で住み古した人とは思えない。
 先生容貌(ようぼう)が永久にみずみずしているように見えるのに引き易(か)えて、先生書斎は耄(ぼ)け切(き)った色で包まれていた。洋書というものは唐本(とうほん)や和書よりも装飾的な背皮(せがわ)に学問芸術の派出(はで)やかさを偲(しの)ばせるのが常であるのに、この部屋は余の眼を射る何物をも蔵していなかった。ただ大きな机があった。色の褪(さ)めた椅子が四脚あった。マッチと埃及煙草(エジプトたばこ)と灰皿があった。余は埃及煙草を吹かしながら先生と話をした。けれども部屋を出て、下の食堂案内されるまで、余はついに先生書斎にどんな書物がどんなに並んでいたかを知らずに過ぎた。
 花やかな金文字や赤や青の背表紙が余の眼を刺激しなかったばかりではない。純潔白色でさえついに余の眼には触れずに済んだ。先生食卓には常の欧洲人が必要品とまで認めている白布が懸(かか)っていなかった。その代りにくすんだ更紗形(さらさがた)を置いた布(きれ)がいっぱいに被(かぶ)さっていた。そうしてその布はこの間まで余の家(うち)に預かっていた娘の子を嫁(かた)づける時に新調してやった布団(ふとん)の表と同じものであった。この卓を前にして坐った先生は、襟(えり)も襟飾(えりかざり)も着けてはいない。千筋(せんすじ)の縮(ちぢ)みの襯衣(シャツ)を着た上に、玉子色薄い背広(せびろ)を一枚|無造作(むぞうさ)にひっかけただけである。始めから儀式ばらぬようにとの注意ではあったが、あまり失礼に当ってはと思って、余は白い襯衣と白い襟と紺(こん)の着物を着ていた。君が正装をしているのに私(わたし)はこんな服(なり)でと先生最前(さいぜん)云われた時、正装の二字を痛み入るばかりであったが、なるほど洗い立ての白いものが手と首に着いているのが正装なら、余の方が先生よりもよほど正装であった。
 余は先生一人で淋(さび)しくはありませんかと聞いたら、先生は少しも淋しくはないと答えられた。西洋へ帰りたくはありませんかと尋ねたら、それほど西洋が好いとも思わない、しかし日本には演奏会芝居図書館と画館がないのが困る、それだけが不便だと云われた。一年ぐらい暇を貰って遊んで来てはどうですと促(うな)がして見たら、そりゃ無論やって貰(もら)える、けれどもそれは好まない。私がもし日本を離れる事があるとすれば、永久に離れる。けっして二度とは帰って来ないと云われた。
 先生はこういう風にそれほど故郷を慕(した)う様子もなく、あながち日本を嫌(きら)う気色(けしき)もなく、自分性格とは容(い)れにくいほどに矛盾乱雑空虚にして安っぽいいわゆる新時代の世態(せたい)が、周囲の過渡層の底からしだいしだいに浮き上って、自分をその中心陥落せしめねばやまぬ勢を得つつ進むのを、日ごと眼前に目撃しながら、それを別世界に起る風馬牛の現象のごとくよそに見て、極(きわ)めて落ちついた十八年を吾邦(わがくに)で過ごされた。先生生活はそっと煤煙(ばいえん)の巷(ちまた)に棄(す)てられた希臘(ギリシャ)の彫刻に血が通い出したようなものである。雑鬧(ざっとう)の中に己(おの)れを動かしていかにも静かである。先生の踏む靴の底には敷石を噛(か)む鋲(びょう)の響がない。先生紀元前半島の人のごとくに、しなやかな革(かわ)で作ったサンダルを穿(は)いておとなしく電車の傍(そば)を歩(あ)るいている。
 先生は昔(むか)し烏(からす)を飼っておられた。どこから来たか分らないのを餌(え)をやって放し飼にしたのである。先生と烏とは妙な因縁(いんえん)に聞える。この二つを頭の中で結びつけると一種の気持が起(おこ)る。先生大学図書館書架の中からポーの全集を引きおろしたのを見たのは昔の事である。先生はポーもホフマンも好きなのだと云う。


次のページ

夏目 漱石 (なつめ そうせき) 以外のオススメ作品

ケーベル先生 (ケーベルせんせい) のリンク元

「ケーベル先生-夏目 漱石」の関連ページ

  • 先生 - Quizwiki - Quizwiki
    せんせい自作夏目漱石の小説『こヽろ』の書き出しは、「私はその人を常に(何)と呼んでいた。」でしょう?(2009年8月18日 『さいあんせいあん』「ウラジーミル・ナボコフ」)タグ
  • 愛媛県 - 東方ご当地wiki@ふたば - 東方ご当地wiki@ふたば
    愛媛県のページ(暫定)ここは愛媛県のページですwikipedia愛媛県有名・特徴的な所(暫定)松山城、宇和山城(どちらも天守が現存しており貴重)道後温泉夏目漱石「坊ちゃん」農業…みかん、いよ
  • 夏目 貴志 - 同期同盟 wiki - 同期同盟 wiki
    夏目 貴志 名前 コメント
  • センセイ - いまこそP4考察 @ Wiki - いまこそP4考察 @ Wiki
    せんせい公式クマが主人公を呼ぶときの愛称。不気味な商店街で主人公がペルソナを始めて召喚し、シャドウを葬ったのをみたクマが呼び始めた。非公式ネット上で主人公を呼ぶときの愛称のひとつ。→番長センセイと見ると夏目漱石のココロのセンセイが人によっては浮かぶかも知れない
  • 夏目漱石 - Quizwiki - Quizwiki
    なつめそうせき自作そのペンネームは中国の書『晋書』にある故事から名づけられた、2004年まで発行されていた1000円紙幣にその肖像が描かれていた人物で、『我輩は猫である』『坊っちゃん』などの名作で有名な文豪といえば誰でしょう?タグ:作家 学問・その他 先生 Quizwiki索引 あ~の 小川 鈴木三重吉 画像参照:http//www.jti.co.jp/Culture/museum/tokubetu/eventSep04/09.html
  • トップページ - 雑駁メモ - 雑駁メモ
    書きたいときに書いたメモの倉庫。いろいろな「死」松任谷由実オリジナルアルバム一覧 11/28夏目漱石に関しての豆知識 11/27三毛猫ホームズ全作品リスト 11/27世界最大のデータベーストップ10
  • メニュー - 雑駁メモ - 雑駁メモ
    検索 トップページ更新履歴2009-12-05メニュー2009-12-04トップページ松任谷由実オリジナルアルバム一覧いろいろな「死」2009-11-27夏目漱石
  • 夏目漱石に関しての豆知識 - 雑駁メモ - 雑駁メモ
    うに一般的な用法として定着したものもあるといわれている。「新陳代謝」、「反射」、「無意識」、「価値」、「電力」、「肩が凝る」等は夏目漱石の造語であるとも言われている。漱石が「肩が凝る」という言葉を作ったがために、多く
  • 単行本:え行-2 - 古書 吉祥寺書店 - 古書 吉祥寺書店
    遠藤 徹 姉飼角川書店 2003.11.30     Ae0071江藤 淳 夏目漱石勁草書房 1965.06.101刷1,200   Ae0072江藤 淳 夏目漱石勁草書房 1965.06.101刷1
  • 小説(日本)ナ行(中学高校) - wikiwiki2 @ ウィキ - wikiwiki2 @ ウィキ
    市(中学)第95番 夏目漱石 『坊ちゃん』 久我中第62番、椙山(中学)第62番、富山県(中学)第68番、岩国(中学)第41番、埼玉県(高校)第91番 夏目漱石 『我輩は猫である』 久我中第63番、市川

関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN