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ゴルフ随行記 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • N100601 萬華鏡☆寺田寅彦著☆岩波書店刊
  • 柿の種★寺田寅彦★岩波文庫
  • 寺田寅彦随筆集第一巻~五巻セット★岩波文庫
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  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 4』岡本かの子 寺田寅彦★1円
  • 寺田寅彦随筆集/岩波文庫/全5冊組/函■昭和48年
  • 【望星2008年11月号】寺田寅彦に会いたい!
  • 【ラク】FZ0501026●古書/岩波書店/寺田寅彦全集 文学編 第15巻
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 4』岡本かの子 寺田寅彦★1円
  • 【ちくま日本文学034】寺田寅彦 1878-1935
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 ずっと前からM君にゴルフの仲間入りをすすめられ、多少の誘惑は感じているが、今日までのところでは頑強に抵抗して云う事を聞かないでいる。しかしとにかく一度ゴルフ場へお伴をして見学だけさせてもらおうということになって、今年の六月末のある水曜日午前に二人で駒込(こまごめ)から円タクを拾って赤羽(あかばね)のリンクへ出かけた。空梅雨(からつゆ)に代表的な天気で、今にも降り出しそうな空が不得要領に晴れ太陽が照りつけるというよりはむしろ空気自身が白っぽく光り輝いているような天候であった。
 震災前と比べて王子(おうじ)赤羽|界隈(かいわい)の変り方のはげしいのに驚いた。近頃の東京近郊面目を一新させた因子のうちで最も有効なものと云えば、コンクリートの鋪装道路であろうと思われる。道路に土が顔を出している処には近代都市存在しないということになるらしい。
 荒川放水路の水量を調節する近代科学的|閘門(こうもん)の上を通って土手を数町川下へさがると右にクラブハウスがあり左にリンクが展開している。
 クラブの建物はいつか覗(のぞ)いてみた朝霞(あさか)村のなどに比べるとかなり謙遜な木造平家で、どこかの田舎学校運動場にでもありそうなインテリ気分のものである。休憩室の土間壁面メンバー名札がずらりと並んでいる。ハンディキャップの数で等級別に並べてあるそうだが、やはり上手な人の数が少なくて、上手でない人の数が多いから不思議である。黒板競技得点表のようなものが書いてある。一等から十等まで賞が出ている。これなら楽しみが多いことであろう。賞品は次の日曜日渡しますとある。人間いくら年をとっても時には子供時代喜び復活させる希望を捨てなくてもいいのである。
 M夫人が到着したのでそろそろ出掛ける。
 一体の地面よりは一段高い芝生の上に小さな猪口(ちょこ)の底を抜いて俯伏(うつぶ)せにしたような円錐形の台を置いて、その上にあの白い綺麗なボールを載せておいて、それをあのクラブの頭でひっぱたくと一種独特の愉快な音がする。飛んで行った球がもう下り始めるかと思う頃に却(かえ)ってのし上がって行ってそれから落ちることがある。夫人の球が時々途中から右の方へカーヴを描く。球がそれて土手斜面落ちると罰金だそうである。
 河畔の蘆(あし)の中でしきりに葭切(よしきり)が鳴いている。草原には矮小(わいしょう)な夾竹桃(きょうちくとう)がただ一輪真赤に咲いている。綺麗に刈りならした芝生の中に立って正に打出されようとする白い球を凝視していると芝生全体が自分をのせて空中に泛(うか)んでいるような気がしてくる。日射病の兆候でもないらしい。全く何も比較の尺度のない一様な緑の視界はわれわれの空間に対する感官を無能にするらしい。
 途中から文科のN君が一緒になった。三人のプレイが素人目(しろうとめ)に見てもそれぞれちゃんとはっきりした特徴があって面白い。クラブと球との衝撃によって生ずる音の音色まで人々で違うような気がするのである。科学者のM君は積分効果(インテグラルエフェクト)を狙って着実なる戦法をとっているらしく、フランス文学のN君はエスプリとエランの恍惚境を望んでドライブしているらしく、M夫人の球はその近代的闊達と明朗をもってしてもやはりどこか女性らしいやさしさたおやかさをもっているように見えた。口の悪いN君がM夫人の球を「どうも右傾だな」と云ったが間もなくN君自身の球が右傾して荒川の水にその姿を没した。夫人の胸中も自ずから平らかなるを得たようである。
 キャディ雲雀(ひばり)の巣を見付けた。草原の真唯中に、何一つ被蔽物(ひへいぶつ)もなく全く無限の大空に向って開放された巣の中には可愛い卵子が五つ、その卵形の大きい方の頂点を上向けて頭を並べている。その上端の方が著しく濃い褐色に染まっている。その色が濃くなるとじきに孵化(ふか)するのだとキャディがいう。早くかえらないと、万一誰かの右傾した球が落ちかかって来れば、この可愛い五つ生命卵子は同時につぶされそうである。巣は小さな笊(ざる)のような形をしていて、思いの外に精巧な細工である。これこそ本能母性愛の生み出した天然芸術であろう。
 荒川が急に逆様(さかさま)に流れ出したと思ったら、コースがいつの間にか百八十度廻転して帰り路になっていた。
 キャディが三人、一人スマート一人はほがらかな顔をしているがいずれも襟頸(えりくび)の皮膚が渋紙色に見事に染めあげられている。もう一人はなんだか元気がなくて襟頸もあまり焼けていない。どうした訳かと聞いてみるとまだ新米(しんまい)だそうである。まだ新米にさえもならない自分の顔がその日どんなであったかは自分には分らない。疲れはしないかと三人から度々聞かれた。
 このキャディのような環境におかれた少年は例えば昔の本郷青木堂の小店員のごとく大概妙に悪ずれがしてくるものであるが、ここの子供達はそんな風が目に立たない。このリンクの御客が概して地味真面目で威張らない人の多いせいかもしれない。
 いつか、このキャディのうちの一人がリンクの池で鮒(ふな)を一匹つかまえて、ボールを洗う四角な水桶の中に入れておいて、一廻りした後に取りに来たらもう見えなかったそうである。こんなのんびりした世界でさえも、自分の手でしっかり握っていない限り私有物の所有権は確定しないものと見える。してみるとやっぱり自分の腕以外にたよりになる財産はないかもしれない。
 ゴルフもだんだん見ているとなかなか六かしい複雑な技術だということが少しは分って来る。


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