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スモーリヌイに翻る赤旗 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 毎日グラフ1953/7/8■軍隊でない?・燃ゆる赤旗・池袋・ほか
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        レーニングラードへ  夜十一時。オクチャーブリスキー停車場プラットフォームに、レーニングラード行の列車が横づけになっている。
 麻袋。樺の木箱に繩でブリキやかんをくくりつけたもの。いろんな服装の群集は必要以上にせき込み、頸をもち上げて前の方ばっかり見ながら押し合った。
 三等車鋼鉄だ。暗い緑色に塗ってある。プラットフォーム屋根の直ぐ下に列車の黒い屋根があり、あたりはあまり明るくないところへ、並んでるどの車もくすんだ色だから陰気に見えた。
 国立出版所に働いてるナターリアが、
 ――所書なくさないようにね、ああ、それから荷物のそばにきっと一人いるようになさい。
 手と異常に大きい眼とで別れの合図をした。が、それは、すぐ見えなくなってしまった。
 入って見ると、三等車内部は暗いどころではなかった。ごく清潔な家畜小舎に似てる。黄色くひかっている。坐席は二段になって、上の方でもゆっくり寝られるようになっている。二人の日本女は向いの羽目にろうそくを入れた四角カンテラの吊ってある隅の坐席におさまった。
 その車はすいていた。
 間もなく一人若い女がやって来て、日本女の前へ席をとった。ソヴェト市民が、その中へパンでも修繕にやる靴でも入れて歩いているところの茶色布張の小鞄一つが彼女の荷物だ。帽子をぬいだら金髪三等車の隅の明りで見なれぬ美しさにかがやいた。
 その女は旅行なれた風で、暫くするとその小鞄を膝の上で開け、地味な室内着を出して、坐ったまま上から羽織った。脚を揃えて坐席の上へあげ、静かに板の上へ横になった。
 ソヴェトの三等夜行列車では、一組一ルーブル前後で敷布団毛布、枕が借りられるのだ。しかし、若い女は借りない。二人の日本女は革紐を解いて毛布布団をとり出した。色の黒い方の日本女は毛布と書類入鞄とを先へ投げあげといてから、傍の柱にうちつけてある鉄の足がかりを伝わって上の段へあがってしまった。
 下の坐席でもう一人日本女が鞄を足元へ置こうとしたら、綺麗な髪を蔭においてふしながらそれを見ていた若い女が、
 ――枕元へおいた方がいいでしょう。
注意した。
 ――私どもきっとぐっすり眠っちゃうから、明日の朝まで荷物見るものがないでしょう? だからね。
 そういって笑った。
 鞄を頭の奥へ立て、布団を体にまきつけ、やっと二人目の日本女も横になった。
 レーニングラードモスクワ間八百六十五キロメートル車輪の響きは桃色綿繻子布団をとおして工合よく日本女をゆすぶった。坐席はひろくゆったりしている。南京虫もこれなら出そうもない。――そうだ。
 革命時代は、三等車かそれとも貨車の中へいきなりわらを敷いて乗って行く方がずっと安全だった。なまじっかビロードなどを張った軟床車よりは。当時シラミは歴史的にふとっていたのだ。シラミはチフス菌を背負って歩いていた。――
 今この三等夜汽車で靴をはいたまんま寝て揺られている旅客の何人かが、一九一七年から二一年までの間にその光栄あるСССРの歴史的シラミを破れ外套の裾にくッつけてあるいていなかったと誰がいえる。さっき、その大きい二つの眼をステーションの雑踏のうちへ吸い込ませた二十五歳のナターリアはその年、中学校女生徒だった。彼女貨車へのっかってフィンランド国境まで行った。貨車を引っぱっていた機関車はとてものろくはしった上、まるで思いがけないところで立往生した。すると若いもの達は貨車の中からとび出して森へ行った。森で彼等は白樺の木を伐った。機関車はそれをたき黒煙をあげてはしり出し彼女等は貨車の真中に煙突を立てているさびた鉄ストーヴ麦粉の挽きかすをドロドロな粥に煮て食った。しかもそれを日に二度だけ皆が食い、食糧委員長をしていたナターリア自身は一度しか食べない時があった。
 一人日本女がレーニングラード行の夜汽車に寝ていること、零時五分に車掌天井電燈を二つ消して車内を一層眠りよく薄暗くして去ったことと、それとの間に何のつながりがあるだろう? 日本女は感じている。彼女の体に響いているレールの継ぎ目一つ一つはかつて「十月」、たとえばナターリアの小さい行跡が記録されないと同じく記録されない革命プロレタリアートの行跡によって獲得されたものであることを。


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