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ソヴェト同盟の三月八日 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
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  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
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        朝  モスクワ煙草工場に働いているニーナは、例によって枕元の眼醒ましの音でハッと目をさました。  いそいで服を着て、水道の冷たい水で顔を洗い、冷水摩擦をやっているうちに、ニーナはだんだんうれしい心持になってきて、思わず小声で「インターナショナル」をうたいだした。
 今日三月八日だ! 女の日だ。世界働く婦人たちが手をつなぎ、プロレタリアート農民解放と、ソヴェト同盟の守りのために示威する国際婦人デーだ。
 モスクワ三月といえば、まだ冬だ。ニーナは、寝室の下から長い防寒靴を出してはき、頭を暖かい毛のショールできっちりくるむと、雪の凍っている往来へでた。寒さでニーナの頬っぺたが忽ち赭くなる。息は白く見える。同じように白い息をはきはき、大勢の男や女が勤めへ向って急ぎ足で歩いている。
 今朝は、いつもと違って郵電省の立派な入口に、幾条もの赤旗が飾られている。勢いよく走ってくる電車の屋根に、赤い小旗がヒラヒラしている。
 どの女も、今日はどこやらいきいきしているようではないか。
 ニーナの乗ろうとする電車は相変らず満員だ。一台やり過した次の車も満員なので、ニーナは待ちかねて、やっと車掌台へ片足かけ、顔をあおむけて、
「みなさん! もう少し詰めて下さいヨ! 私これに乗らなけりゃ工場へおくれるんですから!」と叫んだ。両手で金棒につり下ってやっと自分車掌台に立っている労働者が、
「おい、一足ずつくり合わしてくれ! さもないと娘さんがふり落されるぞ!」と陽気にどなった。
「オーイ、今日は女の日だ! 詰めろ詰めろ!」どっと群衆笑い、ニーナも笑いだしたが、いつか本当にみんなが詰めてくれて、やっとニーナは安全に電車にのれた。

 工場へ曲る角に新聞雑誌屋台店がある。ニーナは昼休み仲間によんできかせてやるため、毎朝そこで『プラウダ』を買って行く習慣だ。店番をしている十五ばかりのナターシャがニーナを見て今朝は「お早う」のかわりに、
今日は私達の日ね、おめでとう……」
ニコニコしながら嬉しそうに云った。
今日の『プラウダ』はいいよ」
 ニーナが受けとった新聞第一面に、なるほど大きくクララ・ツェトキンの写真がでている。「国際婦人デーについて」という長い論文ものっている。
プラウダ』ばかりでなく、ソヴェト同盟でだしているすべての新聞が、今朝は婦人デー特輯なのだ。
 並木道工場の方へ曲ると、工場正門赤旗がいきいきはためいている。托児所の煉瓦建物の窓も、赤旗である。
 続々とやってくる婦人労働者たちは、みんな勇んでその門を入って行く。五ヵ年計画がはじまってから誰でも七時間労働だが、今日は特別である。婦人労働者だけは全体に一時間早く仕事をきりあげる日なのだ。

 職場では、もう仕事着に着かえたオーリャが、壁新聞の前に立って、みんなに大きな声を出して、今年の国際婦人デーがどんな意味をもっているかという小さい論文を読んでやっている。
 ニーナは、かたまりの後に立って、注意ぶかく耳をすました。
 今年の婦人デーは、ソヴェト同盟労働婦人全体にとって、これまでとはまた違う大切な意味をもっている。それは、五ヵ年計画完成の最後の重大な年であるとともに、このソヴェト同盟プロレタリア勝利を憎んで、ブルジョア地主の国はさかんに反ソヴェト戦争の仕度をやっている。
 どのブルジョア国でもゆきづまった資本家どもは死物狂いになって、極力、労働者農民の反抗を根こそぎにぶっ潰そうとかかっている。このファッシズムと闘って、たとえばドイツではこの十ヵ月間に十一万人の労働者が投獄された。負傷者はおよそ二十三万、死刑八百十三人という狂気のようなファシスト弾圧のなかを恐れず婦人労働者は、真のプロレタリア解放ソヴェト同盟を守れ! と叫んで闘っている。
 ソヴェト同盟婦人労働者はどんなことがあっても五ヵ年計画を四年でやりとげなければならない。そして帝国主義戦争に絶対反対、ファッシズム絶対反対を叫ぶ世界姉妹と団結し、最後戦いをともに戦うプロレタリアの新な誓いと決意の日なのである。オーリャが読み終ると、赤い布で白髪をつつみ、腕組をしたままじっと聞いていた六十八歳のアガーシャ小母さんがつよい声で云った。
「見ていろ! 世界プロレタリアはどうしたって勝たずにはいないんだ。わたし達は元この工場でどんな具合に搾られていた?――それが今はどうだろう!」
 アガーシャ小母さんは、革命前からもう三十五年もこの煙草工場で働いている。臨月まで働いていて工場仕事台の下にぶっ倒れ、そのままそこへ赤坊を生んだことさえある。もう年金を貰って楽に暮せる年だが、ソヴェトの世の中になって今こそやっと機械働く者の仕合わせのためにまわるようになったのに、どうしてこの楽しい工場から隠居できようと、若い者にひけをとらぬ元気突撃隊に加わり、五ヵ年計画完成のために働いているのである。
 ニーナは壁新聞がみんなの注意をひいたのに満足を感じながら自分仕事台の前に立った。ソヴェト同盟ではどの工場学校でも壁新聞をもっている。ニーナは、職場の壁新聞編輯部員だ。きのうは工場クラブにいのこって今朝みんなに「婦人デー」号をよますようにと、グラフを貼りつけたり、字を書いたり、一生懸命やったのである。

        昼休み

 賑やかな手風琴の音が工場広場にひびきわたっている。地面に雪は凍っているが、そんなことはものともせず、モスクワ煙草工場労働婦人たちが仕事着の上へ外套をひっかけた姿で、笑いさざめきながらぐるりと広場に大きい輪をつくっている。
 手風琴をひいている断髪の女が輪のなかに、前で、二人の労働婦人がロシア踊りをおどっている。
 男と女が組で踊るところを、男役を買ってでている女が、これはまたなんと威勢のいいことだ! 着ぶくれたアガーシャ小母さんである。音楽にあわせ、

ハア
ハア

 急所の手ばたきと掛声ばかりは一人前だが、若い男が飛んで跳ねる活溌な足さばきが、その年の小母さんにできようはずはない。


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