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デイモンとピシアス - 鈴木 三重吉 ( すずき みえきち )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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       一  これは、二千年も、もっとまえに、希臘(ギリシヤ)が地中海ですっかり幅(はば)を利(き)かせていた時代のお話です。  そのころ、希臘人は、今のイタリヤのシシリイ島へ入り込んで、その東の海岸シラキュースという町をつくっていました。そこでも市民たちは、やはりみんなの間からいくたりかの議政官というものを選んで、その人たちにすべての支配を任せていました。或(ある)とき、その議政官一人にディオニシアスという大層な腕ききがいました。
 ディオニシアスは、もとはずっと下級の役に使われていた人ですが、その持前(もちまえ)の才能一つで、とうとう議政官の位地まで上ったのでした。この人のおかげでシラキュースは急にどんどんお金持になり、島中のほかの殖民地に比べて、一ばん勢力のある町になりました。
 それらの殖民地の中には、アフリカのカーセイジ人が建てた町もいくつかありました。シラキュースはそのカーセイジ人たちと、いつもひどい仲たがいをしていました。ディオニシアスは遂(つい)にシラキュース人を率いて、それらのアフリカ人と大戦をしました。そして手ひどく打ち負(まか)してしまいました。
 そんなわけで、ディオニシアスはシラキュース中で第一ばんの幅利きになりました。それでだんだんにほかの議政官たちを押しのけて、町中のことは自分一人勝手に切り廻すようになりました。
 ディオニシアスはずいぶんわがままな惨酷(ざんこく)な男でした。市民たちは彼のいろいろな乱暴から、ディオニシアスを蛇(へび)のように憎み出しました。しかし、市民もほかの議政官も、彼の暴威に怖(おそ)れて、だれ一人面と向って反抗することが出来ませんでした。
 ディオニシアスには、市民たちが、すべて自分に対してどんな考えを持っているかということが十分分っていました。ですから、しじゅう、ちょっと油断をしませんでした。いつだれが、どんな手だてをめぐらして、自分殺すかも分らないのです。ディオニシアスはそのために、最後にはもうどんな人をでも疑わないではおかないようになりました。
 彼は牢屋(ろうや)の後にある、大きな岩の中を、人に分らないように、そっと下から掘り開(あ)けて、その中へ秘密部屋をこしらえました。そしてそこへ、牢屋から罪人の話し声がつたわって来るような仕かけをさせて、いつもそこへ這入(はい)ってじいっと罪人たちの言ってることを立ち聞きしていました。
 それから自分寝室へは、だれも近づいて来られないように、ぐるりへ大きな溝(みぞ)を掘りめぐらし、それへ吊橋(つりばし)をかけて、それを自分の手で上げたり下(おろ)したりしてその部屋へ出這入(ではい)りしました。
 或(ある)とき彼は、自分の顔を剃(そ)る理髪人が、
「おれはあの暴君の喉(のど)へ毎朝|髪剃(かみそ)りをあてるのだぞ。」と言って、人に威張ったという話をきき、すっかり気味をわるくしてその理髪人を死刑にしてしまいました。そして、それからというものは、もう理髪人をかかえないで、自分の娘たちに顔を剃らせました。しかし後には、自分の子が髪剃(かみそり)を持ってあたるのさえも不安心でならなくなりました。それでとうとう鬚(ひげ)を剃るのをやめて、その代りに、栗の殻(から)を真赤に焼かせて、それで以て、娘たちに鬚を焼かせ焼かせしました。
 或日彼は、アンティフォンという男に向って、真鍮(しんちゅう)はどこから出るのが一番いいかとたずねました。すると、アンティフォンは、
「それはハーモディヤスとアリストゲイトンの鋳像のが一ばん上等です。」と答えました。ディオニシアスは愕(おどろ)いて、忽(たちま)ちその男を殺させてしまいました。ハーモディヤスとアリストゲイトンの二人は、希臘(ギリシヤ)のアゼンの町の勇士で、そこの暴君のピシストラツスという人の子供らを切り殺した人たちです。この二人の像がアゼンに立っていました。アンティフォンは大胆にもそれを引き合いに出して、ディオニシアスにあてつけを言ったのでした。
 また或とき、ディオニシアスは、友人のドモクレスという人が、たった一日でもいいから、ディオニシアスのような身分になって見たいと言って羨(うらや)んだということを聞き出しました。それですぐにそのドモクレスを呼んで、さまざまの珍らしいきれいな花や、香料や、音楽をそなえた、それはそれは、立派なお部屋にとおし、出来るかぎりのおいしいお料理や、価のたかい葡萄酒を出して、力いっぱい御馳走(ごちそう)をしました。
 ドモクレスは大喜びをしました。しかし、そのうちにふと顔を上げて見ますと、自分の頭の真上には、鋭く尖(とが)った大きな刀が、一本の馬の尾の毛筋で真っ逆さに釣り下げられていたので、びっくりして青くなりました。これはディオニシアスが、おれの境遇は丁度この通りだということを見せてやろうというので、わざわざ仕組んだのでした。
 ディオニシアスは、こんな乱暴な人でしたけれど、それと一しょに、一方には大層学問があり、色々学者詩人たちを、いつも側(そば)に集めていました。そして自分でもどんどん詩を作りました。
 或ときディオニシアスは、フィロセヌスという学者が、自分の作った詩をけなしていると聞いて、大層|怒(おこ)って、すぐにつかまえて牢屋へ入れました。
 そのうちにディオニシアスは、また一つ詩をつくりました。そして自分では、こんな立派な詩はちょっとだれにも作れまいと大得意になって、早速フィロセヌスを牢屋からよび出して見せつけました。フィロセヌスがその詩を読んでしまいますと、ディオニシアスは、どうだ、それでもまだ悪いというか、と言わぬばかりに、相手の顔を見下しました。
 するとフィロセヌスは、何にも言わずに、くるりと獄卒の方を向いて、
「おい、もう一度牢屋へ入れてくれ。」と言いました。
 ディオニシアスもこのときばかりはくすくす笑いをしました。そして、相手の正直なことを褒(ほ)める印(しるし)に、そのまま解放してやりました。

       二

 しかし、ディオニシアスについて伝えられているお話の中で、一ばん人を感動させるのは、怖(おそ)らくピシアスとデイモンとのお話でしょう。


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