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ヒンセザレバドンス - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )

  • 坂口安吾 『坂口安吾全集 16』 (ちくま文庫)
  • 坂口安吾 『坂口安吾全集 7』 (ちくま文庫)
  • 坂口安吾選集★坂口安吾★平野謙 岩上順一 野坂昭如
  • ★坂口安吾エッセイ/人間・歴史・風土/講談社文藝文庫/絶版/即決
  • 【文庫】白痴 (新潮文庫) 坂口安吾◆メール便80円
  • 出口裕弘★坂口安吾 百歳の異端児 新潮社2006年初版
  • 【坂口安吾文庫本 2冊】白痴・堕落論
  • 『定本 坂口安吾全集』第12巻/雑纂Ⅰ、第13巻/雑纂Ⅱ/2冊セット
  • ★ちくま日本文学全集★坂口安吾★1991年第一刷
  • 即決★TT07★小説 坂口安吾★杉森久英
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 私と貧乏とは切れない縁にあり、この関係は生涯変らざるものであらう。私は三日間ぐらゐ水だけ飲んでゐたことが時々あり、あたりまへにしてをればそんな苦労をする必要はないので、身からでた錆だと友達は言ふ、その通りで、人並に暮す金はあつたが、一ヶ月の生計を一夜で浪費してしまふから困るだけの話で、だから私は貧乏で苦しんでもわが身を呪つたことはない。私は細々と長く、といふことの出来ない性分だから、三日ぐらゐづつ水を飲んだり借金取を逃げ廻つたり夜逃げに及んだりするやうなことがあつても、断々乎として浪費はやめぬ。死ぬまでやめぬ。
 私は戦争読む本までなくなつて馬越恭平伝といふのを読んだところが、この先生は生れつき有り金を叩いて飲んでしまふ男で、飲めば景気よく人に金をくれてやつて自分は翌日から借金暮しといふ先生であつたが、ビール会社社長になつて以来、いくら使つても金が残るので富豪になつてしまつたさうである。なるほど世間は広いもので、使ひきれない金があるのか、と私は驚いたが、小説書きはとても駄目で使つても使つても残るといふ見込みは全然ないから、私は貧乏に就てはすでに覚悟をきめてゐる。
 私は貧乏した。然し私は泥棒をしようと思つたことは一度もない。その代り、借金といふよりもむしろ強奪してくるのである。竹村書房と大観堂を最も脅かし、最も強奪した。あるとき酒を飲む金に窮して大観堂へ電話をかけると、たゞ今父が死んで取りこんでゐますからと言ふので私は怒り心頭に発して、あなたの父親が死んだことゝ私が金が必要のことゝ関係がありますかと怒つて、私は死んだ人の枕元へ乗込んで何百円だか強奪に及んだことがあつた。大観堂がさういふ無頼の私を見棄てゝくれなかつたことに就ては、私は感謝を忘れてゐない。勿論証文などゝいふものは書いたためしがないので、大観堂と竹村書房の借金がどれぐらひの額になつてゐるか私はまつたく知らないのだが、サイソクされたことも一度もない。益々借りる一方である。
 こんな景気の良いことを書くと、何か人の知らないやうな大浪費、大ゼイタク、大豪奢をしたこともあるやうに見えるけれども、とてもお話にはならないケチなことばかり、豪華と名のつくほどのことは一つもしてゐない。そして一ヶ月に一度か二度の浪費の時間をのぞくと、あとはいつも貧乏してゐた。あと八銭しか金がない、これで数日文なしだといふ時に、一杯のウドンを食ふべきか、一箱のタバコを買ふべきかといふ瀬戸際になつてどんなに喉が鳴るやうでもタバコの方を買ふもので、私がどんな時でも自分を信じてゐることができたのは、かういふ瀬戸際に自分をあざむくことがなかつたせゐだと思ふ、そして私は浪費の時には全然知らない人に奢つてやつたり、全然ムダなことをすることが好きであつた。私は平常人の心の汚なさを見つめ考へつゞけてゐるのだけれども、別にそれと関係のあるハケ口といふわけではないので、私はたゞ、本能的に、全然意味をなさぬムダが好きで、やらずにゐられなくなるのであつた。酔つ払ひはみなさうだ。私もたゞ酔つ払ひにすぎない。たゞ、悔いないだけだ。
 ともかく確信をもつて貧乏した。いくら私がだらしない酔つ払ひでも、私もともかく単なる虫ではないから、酔へばどうなるといふことも知り、酔ひがさめれば苦痛時間のあることも知り、たつた一夜の悦楽のために一ヶ月の生活が貧苦に悩むことも知つてゐた。そして私は厭々ながら、あるひはズル/\べッタでなしに、確信を以て判決し、言ひ渡した。よろしい、酔へ。どんなバカげたこともやれ。責任はひきうけてやる。そこで私はペコ/\喜んで頭をさげてメルシ・ムッシュ大威張りで出掛けて行つたのである。
 貧乏の中で閉口するのは病気であつた。京都伏見火薬庫前の計理士の二階に住んでゐたとき、この時ばかりはいさゝか参つた。
 私自身見ることの出来ない場所腫れ物ができて、それほど痛みもしなかつたのでホッたらかしておいたら、一ヶ月ほど後に突然発熱し、精神的などのやうな努力を集中してもこの苦痛を押へることが出来ない。私は身体を蝦(えび)の如くに曲げ、蒲団を掻きむしり、意志によつては表現しがたい反側捻転の相を凝らし、脂汗がしたゝり、私は自然に発せざるを得ぬ苦悶の呻きといふものを始めて経験したのであつた。
 私はそのとき一文の金もなかつた。そのうへ困つたことには折悪しく月末で、宿主の計理士が例の如く行方不明になつてゐた。この計理士は月末になると一週間ぐらゐ必ず行方をくらますのである。つまり家主とか米屋とか電燈屋とか諸々の借銭をのがれるためなのである。彼は妻君と別居して自炊してをり、女房のゐない方が清々とえゝですわと言つてゐたが、もう五十ぐらゐ、鼻ヒゲなど生やしてゐるくせに何かといふと顔を赤らめるやうな小心な善人で、根気のつゞかない気分屋であつた。だから仕事もその日の気分でつい怠けがちとなり、思ふやうに収入もはいらなくなる。今日はえゝ日和やさかい花見に行つてきた、とか、曇つた日はなんや頭がぼうとしてなどゝその日その日のお天気でたいがい怠けて、散歩にでゝ戻つてきて又出かけてといふ風に一日中付きがない。そして月末になると必ず姿をくらますのである。結局毎月借金取の言訳をするのは私であるが、人の借金の言訳は全然自責の苦痛がないからたゞの話と同じやうに気楽なもので、お気の毒ですとか済みませんとかペコンと頭を下げてやるぐらゐは何でもないことだから、私はとりわけ迷惑にも思はず、この小心な善良な怠け者を咎めたことは一度もなかつた。
 けれども、病気になつて、弱つた。私が京都へ行つたのは孤独をもとめて行つたので、隠岐和一が東京へ戻つたのちは一人友達といふものがない。ともかく東京葛巻義敏へ当てゝ金を送つてくれと速達をだした。私は原稿用紙万年筆の外には何一つ所持品がなかつたので、十銭ほどの速達料金をつくるにも何か苦面をしなければならなかつたやうであるが、私は苦しいことはみんな忘れる性分だから細いことは殆ど覚えてゐない。たゞ私は郵便局から戻つてきて、堪えに堪えた苦痛のために、入口の土間に倒れて泣いたことを忘れない。
 私は二階に住んでゐた。便所へ通ふこの階段上下は悶絶的なものだつた。ねてゐるだけでも常時蝦の如くに身体を曲げ虚空をつかんで脂汗を流してゐる私は、階段上下身体の筋を動かすたびに卒倒しさうになつた。私は階段に腹這ひになり、もつとも筋の急激の動きを押へるやうに緩やかに一足づゝずり落ちて行くのであるが、一段毎に急所にひゞく激痛なしには降りられぬ。


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