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モンアサクサ - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )

  • 坂口安吾 『坂口安吾全集 16』 (ちくま文庫)
  • 坂口安吾 『坂口安吾全集 7』 (ちくま文庫)
  • 坂口安吾選集★坂口安吾★平野謙 岩上順一 野坂昭如
  • ★坂口安吾エッセイ/人間・歴史・風土/講談社文藝文庫/絶版/即決
  • 【文庫】白痴 (新潮文庫) 坂口安吾◆メール便80円
  • 出口裕弘★坂口安吾 百歳の異端児 新潮社2006年初版
  • 【坂口安吾文庫本 2冊】白痴・堕落論
  • 『定本 坂口安吾全集』第12巻/雑纂Ⅰ、第13巻/雑纂Ⅱ/2冊セット
  • ★ちくま日本文学全集★坂口安吾★1991年第一刷
  • 即決★TT07★小説 坂口安吾★杉森久英
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 戦争中の浅草は、ともかく、私の輸血路であった。つまり、酒がのめたのである。
染太郎」というオコノミ焼が根城であったが、今銀座へ越している「さんとも」というフグ料理、これは大井広介のオトクイの家、それから吉原へのして、「菊屋」と「串平」、酔いつぶれて帰れなくなると、吉原へ泊るという、あのころは便利であった。
 あのころ現代文学」の同人会は染太郎でやるのが例で、ともかく、戦禍で浅草焼ける半年前ぐらいまでは、なんとか酔えた。そのうちに三軒廻って一軒しか酒がなかったり、何軒廻っても一滴もありつけないようなことになり、そのうち、焼けてしまった。串平は一家全滅したそうだ。この店では、久保田万太郎氏や武田麟太郎氏などがよく飲んでいた。
 飲むためにはずいぶん通い、終戦後も染太郎復活したので飲みにでかけることはあったが、もっぱら飲む一方で、そのほかの浅草を殆ど知らないのである。
 昭和十九年の新春から、森川信一座が東京旗上げ興行大阪から上京し、国際劇場へでた。私は彼がドサ廻りのころから好きで、この一座が上京すると、私は酒のほかに浅草芸人交渉がはじまるようになったが、然し、芝居を見たということは殆どない。
 泥酔のあげく酒をブラ下げて女優部屋遊びに行って、クダをまいたりするようなことは時々やらかしたが、ともかく、まア男優部屋遊びに行ったタメシがなかった、ということで純粋性を持続しているようなグアイであった。
 浅草女優さん方は、まだ、芸が未熟である。女優部屋ではずいぶん色ッポイのだけれども、舞台へでると、色ッポクない。なかには全然色気がなくなり、棒のような感じのレビュウガールがいる。そのくせ一しょに酒の席にいる時にはずいぶん仇(あだ)めいており、楽屋階段シャンソンなんか唄いながらトントン駈け下りてくるだけでもナマメカシイのが舞台じゃ棒にすぎないのである。
 自分が女であることに頼りすぎて、舞台で、女になろうとする心構えがないからだ。女になろうとせず、元々女のつもりで、演技するから、女になろうとするオヤマのような色気がでないのである。
 だから私は浅草レビューガールや女優さん方の舞台などは見る気がなくて、もっぱら地の色ッポサを相手に楽屋の方へお酒をのみに通うということになる。
 これが又、面白いところで、幹部女優となると、ひどく気位が高くなって、お弟子女優の卵が姫君につかえる腰元よりももっと恭々しく奉仕しているから、笑わせるのである。横のものをタテにもせず、身の廻り何から何まで、弟子にやらせて、アゴで使っているのが、まことに酒の肴に面白くて仕方がない。役者世界ぐらい封建的なところはない。浅草にして、そうなのである。
 私は浅草へでかけると、もっぱら淀橋太郎をひっぱりだして、一しょに飲む。むかしは軽演劇脚本家だが、ちかごろは立身出世して、興行師だそうで、ちゃんと甲斐性ある女房貰い実業家ともなれば、朝も早朝よりお目々をさまして、私が先日八時ごろ門を叩いたら、ちゃんと目を覚していた、というグアイである。
 浅草飲み屋にいると、興行師とか、一座を組織してドサ廻りにでようとか、そういう相談をしている何組かゞ隣席にいて、これが面白いものである。
 漫才だか浪花節だか、和服姿の芸人が、レビュウ子らしい姐さんを口説いている。九州長崎五島というところへ、興行に誘っているのである。
 長崎から船でちょッとで、目下景色のよろしい土地だからと、口説いている。レビュウの姐さんは、長崎五島も、てんで日本地図は御存知ない様子で、そんなことなんでもないや、と気にとめるところがミジンもないから、面白い
 私も四五年前、切支丹(キリシタン)のことを調べに五島旅行した。長崎から船で相当ありますよ。第一、私の歩いたところは、旅館などというものすらも、一軒もなかった。
 タロちゃん(淀橋太郎)なども、興行師だから、私と飲んでいるうちにも、目の玉のギロリと見るからに一癖ある大人物の浪花節やら、漫才やらそんなのが膝すりよせてヒソヒソと何か打合せに来たり、可愛い踊子さんが役を頼みにきたり、そこで私は大喜びで、
「ちょッと/\」
 大慌てに、あなたは帰っちゃいけません、先ず、飲みましょう、とオシャクをして貰う。これが浅草のよいところで、一パイ飲みましょう、とたのんで、イヤだなどゝ云う人は、昔から一人として居たタメシがなかったのである。まことにツキアイがよい。こゝが浅草の身上である。その代り、酔っ払って、口説いて、ウンと云ってくれた麗人一人もいなかった。然し、決して男に恥をかゝせるような素振りはしないところが、また、よろしいところで、男は酔っ払えば女の子口説くにきまったものだと心得きっていられるところ、まことに可憐で、よろしい。
 浅草男の子も、立派なもので、私がもっぱら女優部屋専門にお酒をのみに侵入しても、それが当然と心得ており、なまじ男優部屋へ顔をだすと、薄気味わるがるような仕組みになっており、お門が違いましょう、という面持である。
 浅草もちかごろは変ったそうだ。お客が変った。
 タロちゃんの言葉によると、終戦後、日本が変ったと人々は云う。然し、どこがどう変ったかとなると、誰もハッキリこうだと云えないものであるが、その日本の変りという奴をイヤというほどハッキリ見せつけられるのが、浅草のお客だそうである。
 森川信だの清水金一などゝいう浅草育ちの一座を、殆ど知らない。そういう一座の名前によって、客が集らなくなった。問題はダシ物一つだそうである。
 そこでタロちゃんはニヤニヤしながら、こう言うのである。
「つまり、ヘソですよ。ヘソを出しゃ、お客がくるんだからね。ヘソなんか見たって、面白おかしくもないじゃないか。


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