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ヰタ・セクスアリス - 森 鴎外 ( もり おうがい )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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 金井|湛(しずか)君は哲学職業である。  哲学者という概念には、何か書物を書いているということが伴う。金井君は哲学職業である癖に、なんにも書物を書いていない。文科大学卒業するときには、外道(げどう)哲学と Sokrates 前の希臘(ギリシャ)哲学との比較的研究とかいう題で、余程へんなものを書いたそうだ。それからというものは、なんにも書かない。
 しかし職業であるから講義はする。講座哲学史受け持っていて、近世哲学史講義をしている。学生の評判では、本を沢山書いている先生方の講義よりは、金井先生講義の方が面白いということである。講義直観的で、或物の上に強い光線を投げることがある。そういうときに、学生はいつまでも消えない印象を得るのである。殊(こと)に縁の遠い物、何の関係もないような物を藉(か)りて来て或物を説明して、聴く人がはっと思って会得するというような事が多い。Schopenhauer は新聞の雑報のような世間話材料帳に留(と)めて置いて、自己の哲学材料にしたそうだが、金井君は何をでも哲学史材料にする。真面目(まじめ)な講義の中で、その頃青年の読んでいる小説なんぞを引いて説明するので、学生がびっくりすることがある。
 小説は沢山読む新聞雑誌を見るときは、議論なんぞは見ないで、小説読む。しかし若(も)し何と思って読むかということを作者が知ったら、作者は憤慨するだろう。芸術品として見るのではない。金井君は芸術品には非常に高い要求をしているから、そこいら中にある小説はこの要求を充たすに足りない。金井君には、作者がどういう心理状態で書いているかということが面白いのである。それだから金井君の為めには、作者が悲しいとか悲壮なとかいう積(つもり)で書いているものが、極(きわめ)て滑稽(こっけい)に感ぜられたり、作者が滑稽の積で書いているものが、却(かえっ)て悲しかったりする。
 金井君も何か書いて見たいという考はおりおり起る。哲学職業ではあるが、自己の哲学建設しようなどとは思わないから、哲学書く気はない。それよりは小説脚本かを書いて見たいと思う。しかし例の芸術品に対する要求が高い為めに、容易に取り附けないのである。
 そのうちに夏目金之助君が小説書き出した。金井君は非常な興味を以て読んだ。そして技癢(ぎよう)を感じた。そうすると夏目君の「我輩は猫である」に対して、「我輩も猫である」というようなものが出る。「我輩は犬である」というようなものが出る。金井君はそれを見て、ついつい嫌(いや)になってなんにも書かずにしまった。
 そのうち自然主義ということが始まった。金井君はこの流義の作品を見たときは、格別技癢をば感じなかった。その癖面白がることは非常に面白がった。面白がると同時に、金井君は妙な事を考えた。
 金井君は自然派の小説読む度(たび)に、その作中の人物が、行住|坐臥(ざが)造次|顛沛(てんぱい)、何に就けても性欲的写象を伴うのを見て、そして批評が、それを人生を写し得たものとして認めているのを見て、人生は果してそんなものであろうかと思うと同時に、或は自分人間一般心理状態を外(はず)れて性欲に冷澹(れいたん)であるのではないか、特に frigiditas とでも名づくべき異常性癖を持って生れたのではあるまいかと思った。そういう想像は、zola の小説などを読んだ時にも起らぬではなかった。しかしそれは Germinal やなんぞで、労働者部落人間が、困厄の極度に達した処を書いてあるとき、或る男女の逢引(あいびき)をしているのを覗(のぞ)きに行く段などを見て、そう思ったのであるが、その時の疑は、なんで作者がそういう処を、わざとらしく書いているだろうというのであって、それが有りそうでない事と思ったのでは無い。そんな事もあるだろうが、それを何故(なぜ)作者が書いたのだろうと疑うに過ぎない。即(すなわ)ち作者一人性欲的写象が異常ではないかと思うに過ぎない。小説家とか詩人とかいう人間には、性欲の上には異常があるかも知れない。この問題は Lombroso なんぞの説いている天才問題とも関係を有している。〔Mo:bius〕 一派の人が、名のある詩人哲学者片端から掴(つか)まえて、精神病者として論じているも、そこに根柢を有している。しかし近頃日本で起った自然派というものはそれとは違う。大勢の作者が一時に起って同じような事を書く批評がそれを人生だと認めている。その人生というものが、精神病学者に言わせると、一々の写象に性欲的色調を帯びているとでも云いそうな風なのだから、金井君の疑惑は前より余程深くなって来たのである。
 そのうちに出歯亀(でばかめ)事件というのが現われた。出歯亀という職人が不断女湯を覗く癖があって、あるとき湯から帰る女の跡を附けて行って、暴行を加えたのである。どこの国にも沢山ある、極て普通出来事である。西洋新聞ならば、紙面の隅の方の二三行の記事になる位の事である。


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