一夕話 関連リンク

芥川 竜之介 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

一夕話 - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

  • 朗読CD 朗読街道30「魔術・妙な話・春の夜」芥川龍之介
  • 「芥川龍之介」 関口安義   岩波新書
  • ◆◇ 芥川龍之介 著「羅生門・鼻」(新潮文庫) ◇◆
  • 朗読CD 朗読街道28「トロッコ・蜜柑・片恋・他」芥川龍之介
  • 【netJIKOH】★文藝臨時増刊 芥川龍之介読本 昭和29年★
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 6』芥川龍之介★1円
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 1』芥川龍之介★1円
  • 芥川龍之介◆侏儒の言葉・西方の人◆続西方の人収録
  • 別冊毎日グラフ 芥川龍之介 生誕百年、そして今
  • 絶版■芥川龍之介【邪宗門・杜子春】新潮文庫帯/昭和42年/葱.秋
次のページ
芥川龍之介 「何しろこの頃(ごろ)は油断がならない。和田(わだ)さえ芸者を知っているんだから。」
 藤井(ふじい)と云う弁護士は、老酒(ラオチュ)の盃(さかずき)を干(ほ)してから、大仰(おおぎょう)に一同の顔を見まわした。円卓(テエブル)のまわりを囲んでいるのは同じ学校寄宿舎にいた、我々六人の中年者(ちゅうねんもの)である。場所日比谷(ひびや)の陶陶亭(とうとうてい)の二階、時は六月のある雨の夜、――勿論(もちろん)藤井のこういったのは、もうそろそろ我々の顔にも、酔色(すいしょく)の見え出した時分である。
「僕はそいつを見せつけられた時には、実際|今昔(こんじゃく)の感に堪えなかったね。――」
 藤井は面白そうに弁じ続けた。
「医科の和田といった日には、柔道選手で、賄征伐(まかないせいばつ)の大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中(かんちゅう)一重物(ひとえもの)で通した男で、――一言(いちごん)にいえば豪傑(ごうけつ)だったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋(やなぎばし)の小(こ)えんという、――」
「君はこの頃|河岸(かし)を変えたのかい?」
 突然|横槍(よこやり)を入れたのは、飯沼(いいぬま)という銀行支店長だった。
河岸を変えた? なぜ?」
「君がつれて行った時なんだろう和田がその芸者に遇(あ)ったというのは?」
「早まっちゃいけない。誰が和田なんぞをつれて行くもんか。――」
 藤井は昂然(こうぜん)と眉を挙げた。
「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真(ま)っ昼間(ぴるま)六区(ろっく)へ出かけたんだ。――」
「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」
 今度はわたしが先くぐりをした。
活動写真ならばまだ好(い)いが、メリイ・ゴオ・ラウンドと来ているんだ。おまけに二人とも木馬の上へ、ちゃんと跨(またが)っていたんだからな。今考えても莫迦莫迦(ばかばか)しい次第さ。しかしそれも僕の発議(ほつぎ)じゃない。あんまり和田が乗りたがるから、おつき合いにちょいと乗って見たんだ。――だがあいつは楽じゃないぜ。野口(のぐち)のような胃弱は乗らないが好(い)い。」
子供じゃあるまいし。木馬になんぞ乗るやつがあるもんか?」
 野口という大学教授は、青黒い松花(スンホア)を頬張ったなり、蔑(さげす)むような笑い方をした。が、藤井無頓着(むとんじゃく)に、時々和田へ目をやっては、得々(とくとく)と話を続けて行った。
和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なんだが、楽隊と一しょにまわり出された時には、どうなる事かと思ったね。尻は躍るし、目はまわるし、振り落されないだけが見っけものなんだ。が、その中でも目についたのは、欄干(らんかん)の外(そと)の見物の間に、芸者らしい女が交(まじ)っている。色の蒼白い、目の沾(うる)んだ、どこか妙な憂鬱な、――」
「それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわったも怪しいもんだぜ。」
 飯沼はもう一度口を挟んだ。
「だからその中でもといっているじゃないか? 髪は勿論|銀杏返(いちょうがえ)し、なりは薄青い縞(しま)のセルに、何か更紗(さらさ)の帯だったかと思う、とにかく花柳小説(かりゅうしょうせつ)の挿絵(さしえ)のような、楚々(そそ)たる女が立っているんだ。するとその女が、――どうしたと思う? 僕の顔をちらりと見るなり、正に嫣然(えんぜん)と一笑(いっしょう)したんだ。おやと思ったが間(ま)に合わない。こっちは木馬に乗っているんだから、たちまち女の前は通りすぎてしまう。誰だったかなと思う時には、もうわが赤い木馬の前へ、楽隊連中が現れている。――」
 我々は皆笑い出した。
「二度目もやはり同じ事さ。また女がにっこりする。と思うと見えなくなる。跡(あと)はただ前後左右に、木馬が跳(は)ねたり、馬車が躍ったり、然(しか)らずんば喇叭(らっぱ)がぶかぶかいったり、太鼓(たいこ)がどんどん鳴っているだけなんだ。――僕はつらつらそう思ったね。これは人生象徴だ。我々は皆同じように実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遇っても、掴(つか)まえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが好(よ)い。――」
「まさかほんとうに飛び下りはしまいな?」
 からかうようにこういったのは、木村という電気会社技師長だった。
冗談(じょうだん)いっちゃいけない。哲学哲学人生人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。


次のページ

芥川 竜之介 (あくたがわ りゅうのすけ) 以外のオススメ作品

一夕話 (いっせきわ) のリンク元

「一夕話-芥川 竜之介」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN