三浦老人昔話 - 岡本 綺堂 ( おかもと きどう )
桐畑の太夫
一
今から二十年あまりの昔である。なんでも正月の七草すぎの日曜日と記憶している。わたしは午後から半七老人の家をたずねた。老人は彼の半七捕物帳の材料を幾たびかわたしに話して聞かせてくれるので、きょうも年始の礼を兼ねてあわ好くば又なにかの昔話を聞き出そうと巧らんで、から風の吹く寒い日を赤坂まで出かけて行ったのであった。
格子をあけると、沓(くつ)ぬぎには新しい日和下駄がそろえてある。この頃はあまり世間と交際(つきあい)をしないらしい半七老人の家(うち)にも、さすがは春だけに来客があると思っていると、わたしの案内を聞いておなじみの老婢(ばあや)がすぐに出て来た。広くもない家(うち)であるから、わたしの声が筒ぬけに奥へきこえたらしい。横六畳の座敷から老人は声をかけた。
「さあ、お通りください。あらたまったお客様じゃありませんから。」
わたしは遠慮なしに座敷へ通ると、主人とむかい合って一人の年始客らしい老人が坐っていた。主人も老人であるが、客は更に十歳(とお)以上も老けているらしく、相当に時代のついているらしい糸織りの二枚小袖に黒斜子(くろなゝこ)の三つ紋の羽織をかさねて、行儀よく坐っていた。お定まりの屠蘇や重詰物もならべられて、主人も客もその顔をうすく染めていた。主人に対して新年の挨拶がすむと、半七老人は更にその客の老人をわたしに紹介した。
「こちらは大久保にお住居(すまい)の三浦さんとおっしゃるので……。」
初対面の挨拶が型の通りに交換された後に、わたしも主人から屠蘇をすゝめられた。ふたりの老人と一人の青年とがすぐに打解けて話しはじめると、半七老人は更に説明を加えて再び彼の客を紹介した。
「三浦さんも江戸時代には下谷に住まっていて、わたしとは古いお馴染ですよ。いえ、同商売じゃありませんが、まんざら縁のない方でもないので……。番所の腰掛では一緒になったこともあるんですよ。はゝゝゝゝ。」
三浦という老人は家主(いえぬし)で、その時代の詞(ことば)でいう大屋(おおや)さんであった。江戸時代にはなにかの裁判沙汰があれば、かならずその町内の家主が関係することになっているので、岡っ引を勤めていた半七老人とはまったく縁のない商売ではなかった。ことに神田と下谷とは土地つゞきでもあるので、半七老人は特にこの三浦老人と親しくしていたらしかった。そうして、維新以後の今日まで交際をつゞけているのであった。
「むかしは随分おたがいに仲好くしていたんですがね。」と、三浦老人は笑いながら云った。「このごろは大久保の方へ引込んでしまったもんですから、どうも、出不精になって……。いくら達者だと云っても、なにしろこゝの主人にくらべると、丁度一とまわりも上なんですもの、口ばかり強そうなことを云っても、からだやあんよが云うことを肯(き)きませんや。それだもんですから自然御無沙汰勝になってしまって、今日(きょう)もこゝまで出て来るには眼あきの朝顔という形なんですからね。いやもう意気地はありません。」
かれは持っている烟管(きせる)を握って、杖をつく形をしてみせた。勿論、そのころの東京にはまだ電車が開通していなかったのである。
「それでも三浦さんはまったく元気がいゝ。殊に口の方はむかしよりも達者になったらしい。」と、半七老人も笑いながらわたしを見かえった。「あなたは年寄りのむかし話を聴くのがお好きだが、おひまがあったら今度この三浦さんをたずねて御覧なさい。この人はなか/\面白い話を知っています。わたくしのお話はいつでも十手(じって)や捕縄(とりなわ)の世界にきまっていますけれども、こちらの方は領分がひろいから、色々の変った世界のお話を聴かせてくれますよ。」
「いや、面白いお話なんていうのはありませんけれど、時代おくれの昔話で宜しければ、せい/″\お古いところをお聴きに入れます。まことに辺鄙な場末ですけれども、お閑(ひま)のときには何うぞお遊びにおいでください。」と、三浦老人も打解けて云った。
今とちがって、その当時の大久保のあたりは山の手の奥で、躑躅(つゝじ)でも見物にゆくほかには余りに足の向かないところであったが、わたしはそんなことに頓着しなかった。わたしは半七老人から江戸時代の探偵ものがたりを聴き出すのと同じような興味を以て、この三浦老人からも何かの面白い昔話を聴きたいと思った。新しい話を聴かせてくれる人は沢山ある、寧ろだん/\に殖えてゆくくらいであるが、古い話を聴かせてくれる人は暁方(あけがた)の星のようだん/\に消えてゆく。今のうちに少しでも余計に聴いて置かなければならないという一種の慾も手伝って、わたしはあらためて三浦老人訪問の約束をすると、老人は快く承知して、どうで隠居の身の上ですからいつでも遊びにいらっしゃいと云ってくれた。
その次の日曜日は陰(くも)っていた。底冷えのする日で、なんだか雪でも運び出して来そうな薄暗い空模様であったが、わたしは思い切って午後から麹町の家(うち)を出て、大久保百人町まで人車(くるま)に乗って行った。車輪のめり込むような霜どけ道を幾たびか曲りまわって、よう/\に杉の生垣のある家を探しあてると、三浦老人は自身に玄関まで出て来た。
「やあ、よく来ましたね。
格子をあけると、沓(くつ)ぬぎには新しい日和下駄がそろえてある。この頃はあまり世間と交際(つきあい)をしないらしい半七老人の家(うち)にも、さすがは春だけに来客があると思っていると、わたしの案内を聞いておなじみの老婢(ばあや)がすぐに出て来た。広くもない家(うち)であるから、わたしの声が筒ぬけに奥へきこえたらしい。横六畳の座敷から老人は声をかけた。
「さあ、お通りください。あらたまったお客様じゃありませんから。」
わたしは遠慮なしに座敷へ通ると、主人とむかい合って一人の年始客らしい老人が坐っていた。主人も老人であるが、客は更に十歳(とお)以上も老けているらしく、相当に時代のついているらしい糸織りの二枚小袖に黒斜子(くろなゝこ)の三つ紋の羽織をかさねて、行儀よく坐っていた。お定まりの屠蘇や重詰物もならべられて、主人も客もその顔をうすく染めていた。主人に対して新年の挨拶がすむと、半七老人は更にその客の老人をわたしに紹介した。
「こちらは大久保にお住居(すまい)の三浦さんとおっしゃるので……。」
初対面の挨拶が型の通りに交換された後に、わたしも主人から屠蘇をすゝめられた。ふたりの老人と一人の青年とがすぐに打解けて話しはじめると、半七老人は更に説明を加えて再び彼の客を紹介した。
「三浦さんも江戸時代には下谷に住まっていて、わたしとは古いお馴染ですよ。いえ、同商売じゃありませんが、まんざら縁のない方でもないので……。番所の腰掛では一緒になったこともあるんですよ。はゝゝゝゝ。」
三浦という老人は家主(いえぬし)で、その時代の詞(ことば)でいう大屋(おおや)さんであった。江戸時代にはなにかの裁判沙汰があれば、かならずその町内の家主が関係することになっているので、岡っ引を勤めていた半七老人とはまったく縁のない商売ではなかった。ことに神田と下谷とは土地つゞきでもあるので、半七老人は特にこの三浦老人と親しくしていたらしかった。そうして、維新以後の今日まで交際をつゞけているのであった。
「むかしは随分おたがいに仲好くしていたんですがね。」と、三浦老人は笑いながら云った。「このごろは大久保の方へ引込んでしまったもんですから、どうも、出不精になって……。いくら達者だと云っても、なにしろこゝの主人にくらべると、丁度一とまわりも上なんですもの、口ばかり強そうなことを云っても、からだやあんよが云うことを肯(き)きませんや。それだもんですから自然御無沙汰勝になってしまって、今日(きょう)もこゝまで出て来るには眼あきの朝顔という形なんですからね。いやもう意気地はありません。」
かれは持っている烟管(きせる)を握って、杖をつく形をしてみせた。勿論、そのころの東京にはまだ電車が開通していなかったのである。
「それでも三浦さんはまったく元気がいゝ。殊に口の方はむかしよりも達者になったらしい。」と、半七老人も笑いながらわたしを見かえった。「あなたは年寄りのむかし話を聴くのがお好きだが、おひまがあったら今度この三浦さんをたずねて御覧なさい。この人はなか/\面白い話を知っています。わたくしのお話はいつでも十手(じって)や捕縄(とりなわ)の世界にきまっていますけれども、こちらの方は領分がひろいから、色々の変った世界のお話を聴かせてくれますよ。」
「いや、面白いお話なんていうのはありませんけれど、時代おくれの昔話で宜しければ、せい/″\お古いところをお聴きに入れます。まことに辺鄙な場末ですけれども、お閑(ひま)のときには何うぞお遊びにおいでください。」と、三浦老人も打解けて云った。
今とちがって、その当時の大久保のあたりは山の手の奥で、躑躅(つゝじ)でも見物にゆくほかには余りに足の向かないところであったが、わたしはそんなことに頓着しなかった。わたしは半七老人から江戸時代の探偵ものがたりを聴き出すのと同じような興味を以て、この三浦老人からも何かの面白い昔話を聴きたいと思った。新しい話を聴かせてくれる人は沢山ある、寧ろだん/\に殖えてゆくくらいであるが、古い話を聴かせてくれる人は暁方(あけがた)の星のようだん/\に消えてゆく。今のうちに少しでも余計に聴いて置かなければならないという一種の慾も手伝って、わたしはあらためて三浦老人訪問の約束をすると、老人は快く承知して、どうで隠居の身の上ですからいつでも遊びにいらっしゃいと云ってくれた。
その次の日曜日は陰(くも)っていた。底冷えのする日で、なんだか雪でも運び出して来そうな薄暗い空模様であったが、わたしは思い切って午後から麹町の家(うち)を出て、大久保百人町まで人車(くるま)に乗って行った。車輪のめり込むような霜どけ道を幾たびか曲りまわって、よう/\に杉の生垣のある家を探しあてると、三浦老人は自身に玄関まで出て来た。
「やあ、よく来ましたね。
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