世界覗眼鏡 関連リンク

岸田 国士 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

世界覗眼鏡 - 岸田 国士 ( きしだ くにお )

  • 大正3年 ポケット世界地図 古い世界地図帳 第一次世界大戦勃発前
  • 世界六大宗教101の常識/世界六大宗教の盛衰と謎 大沢正道
  • ★即決 角川世界名事典 ラルース 世界ことわざ名言辞典付き
  • 世界おとぎ話 カラー版世界の幼年文学18
  • 神秘の世界エルハザードCD★陣内の世界エルハザード★置鮎龍太郎
  • VHS7本組☆新世界紀行「世界七不思議の旅編」巨石像モアイ他 TBS
  • ●世界一わかりやすい世界の宗教/ブランドン トロポフ/
  • 日本の世界遺産歩ける地図帳 日本の世界遺産を、詳細な地図 写真
  • ☆世界遺産~世界遺産をめぐる旅へVol2☆シャンポール城☆
  • 岩波講座・世界文学 【世界文学論】 茅野簫々 昭和8年
次のページ
岸田國士  この覗眼鏡はそんなに珍らしいものではない。ただ、当分用がなささうだから、どこか邪魔にならないところへしまつておかうと思ふのである。
 こはれたり、狂つたりしてゐるところがあるかもしれない。殊にほこりだらけだから、手を汚さないやうにして見て下さい。
          ★
 セシル・ソレル嬢といへば、パリ人ならだれでも知つてをり、アメリカ人日本人とに多少名前を覚えられてゐるコメディフランセエズの幹部女優であるが、婆さんの癖に器量自慢で、いつもコケツトの役を得意になつて演じてゐる。
 鼻が高すぎるので、舞台でも、サロンでも、写真をうつす時でも、きまつて天井を見てゐる。これは僕の発見だ。
 この女、ある朝、寝床の中で、コオヒイかなんか飲みながらコメディア(演芸新聞)をひろげると、二段抜きで、だれかの漫画が出てゐる。お化のやうな女だ、眼尻のしわが年を語り、偉大なわし鼻と、あごのしやくれ方に著しい特徴がある。おや、だれかに肖てるな、と下を見ると、驚いた。正しく、コメディフランセエズ――セシル・ソレル嬢ではないか。
 丁度、その日から漫画展覧会が開かれるといふことは聞いてゐた。その展覧会に出品された自分の絵姿だと気がついた時、セシル・ソレル嬢は、寝台の上で歯ぎしりをした。
 彼女は、卓上電話を取り上げて、知り合ひの弁護士を呼びだした。
「あ、もしもし、あんた、今朝のコメディア見た?」
 それから彼女は、漫画家Bを相手取つて名誉毀損訴訟を起すことにした。
 翌日の新聞は賑はつた。――賠償金十万フランを請求――セシル・ソレル嬢曰く女優美しいといふことが義務なのです。いいえ、美しい権利があるのです」
 一方、漫画家のBは、自分作品が名女優の御気嫌を損じたことを遺憾とし、展覧会場に慈善箱をつるして、賠償金十万フラン調達のため、一般観衆の喜捨を求めた。
 展覧会場は押すな押すなの騒ぎである。
 セシル・ソレル嬢は、もうぢつとしてゐられなくなつた。自動車を命じて会場にはせつけた。見ると、その絵の前は黒山の人だかり。彼女は、その黒山をかきわけて、前に進み出た。そして、あはや番人留めるひまもなく、繊手を伸ばして、額のガラス板をたたきわつた。
 翌日の新聞――「セシル・ソレル嬢の暴行」――「問題の絵は、傷ついたまま、N県選出代議士、某市市長、F氏に買ひ取られた」「嬢はガラスで指を切つた。その上、はめてゐた指輪のダイヤが、その時どこかへ紛失した」――「そのダイヤを拾つて届け出た者には十万フランの懸賞」――云々。
 展覧会が済んだ時、B君の慈善箱にはいつてゐた金、総計百十何フラン何サンチイム。
 程経て、紛失したダイヤモンドが嬢の手許に届けられた――といふ記事。届けた男は彼女運転手だつたといふこと。記者最後につけ加へる。
「その運転手馬鹿な男だ。なぜ自動車の中に落ちてゐたなら、自分でそれを持つてゆかずに、仲間一人に、はい私がどこそこで拾ひましたといつて届けさせ、懸賞十万フランを山分けにしないのだ」
          ★
 そこは、カルチエ・ラタンの一隅、パストゥウルの並木道だ。マロニヱの落葉が、十月の風に舞ひながら、石畳の上をすべつてゆく。大戦後間もなく、パリは街燈が消えたままだ。
 デセエル一皿を倹約して、僕は行きつけのレストランを出た。
 地下鉄道(メトロ)の入口に影絵のやうな人の動きが見える頃だ。
 独り歩きの散歩にあきて、傍のベンチに腰をおろした。
 すると、どこからともなく、一人の男が近づいてくる。
「今晩は」
「どなたでしたかね」
「初めてお目にかかるんです。君は支那の方でせう」
「…………」
「さうぢやない」と答へるのは野暮の骨頂である。さういふ時“Non, Jes uis Japonais.”とでもいつて見給へ、そして相手が気の毒さうに詫でもいふと思つて見給へ。それこそとんだ間違で“〔Ca m'est e'gal〕”(どつちだつておんなしだ)が関の山だ。
 もつとも、こんな話がある。僕が南仏の旅行をして、ニイスの近くに差しかゝつた時だ。同じ汽車に、フランス中尉が乗つてゐて、僕にいろいろ東洋の話をもちかける。いい加減にあしらつてゐると、
「君は支那人珍しく、ひげを生やしてゐるね」とやつたものだ。なるほど、支那人にはひげは珍しいが、僕のひげは日本人のひげだ。面倒臭いから、にやにや笑つてゐてやると、奴さん、図に乗つて、
「君は北京か、広東か」
「どつちでもない。おれはトウケウだ」
「トウケウ、トンキンか」
日本東京だよ」
「君は日本人か」
当り前さ」
「そんなはずはない」
「なけりや、勝手にし給へ」
 僕の権幕に、ややたぢろいで、それでもあきらめ兼ねたらしく、
「それぢや、君の両親のどつちかが、支那人だらう」
「…………」
「僕は東洋植民地に永く勤務してゐたので、東洋人骨格はちやんとわかる。支那人日本人安南人、みんなちがつてゐる」
「なるほど。


次のページ

岸田 国士 (きしだ くにお) 以外のオススメ作品

世界覗眼鏡 (せかいのぞきめがね) のリンク元

「世界覗眼鏡-岸田 国士」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN