中国怪奇小説集 04 捜神後記(六朝) - 岡本 綺堂 ( おかもと きどう )
中国怪奇小説集
捜神後記(六朝)
第二の男は語る。
「次へ出まして、わたくしは『捜神後記』のお話をいたします。これは標題の示す通り、かの『捜神記』の後編ともいうべきもので、昔から東晋(とうしん)の陶淵明(とうえんめい)先生の撰ということになって居りますが、その作者については種々の議論がありまして、『捜神記』の干宝よりも、この陶淵明は更に一層疑わしいといわれて居ります。しかしそれが偽作であるにもせよ、無いにもせよ、その内容は『捜神記』に劣らないものでありまして、『後記』と銘を打つだけの価値はあるように思われます。これも『捜神記』に伴って、早く我が国に輸入されまして、わが文学上に直接間接の影響をあたうること多大であったのは、次の話をお聴きくだされば、大抵お判りになるだろうかと思います」
貞女峡
中宿(ちゅうしゅく)県に貞女峡(ていじょこう)というのがある。峡の西岸の水ぎわに石があって、その形が女のように見えるので、その石を貞女と呼び慣わしている。伝説によれば、秦の時代に数人の女がここへ法螺貝(ほらがい)を採りに来ると、風雨に逢って昼暗く、晴れてから見ると其の一人は石に化していたというのである。
怪比丘尼
東晋(とうしん)の大司馬|桓温(かんおん)は威勢|赫々(かくかく)たるものであったが、その晩年に一人の比丘尼(びくに)が遠方からたずねて来た。彼女は才あり徳ある婦人として、桓温からも大いに尊敬され、しばらく其の邸内にとどまっていた。
唯(ただ)ひとつ怪しいのは、この尼僧の入浴時間の甚だ久しいことで、いったん浴室へはいると、時の移るまで出て来ないのである。桓温は少しくそれを疑って、ある時ひそかにその浴室を窺うと、彼は異常なる光景におびやかされた。
尼僧は赤裸(あかはだか)になって、手には鋭利らしい刀を持っていた。彼女はその刀をふるって、まず自分の腹を截(た)ち割って臓腑をつかみ出し、さらに自分の首を切り、手足を切った。桓温は驚き怖れて逃げ帰ると、暫くして尼僧は浴室を出て来たが、その身体は常のごとくであるので、彼は又おどろかされた。しかも彼も一個の豪傑であるので、尼僧に対して自分の見た通りを正直に打ちあけて、さてその子細を聞きただすと、尼僧はおごそかに答えた。
「もし上(かみ)を凌ごうとする者があれば、皆あんな有様になるのです」
桓温は顔の色を変じた。実をいえば、彼は多年の威力を恃(たの)んで、ひそかに謀叛(むほん)を企てていたのであった。その以来、彼は懼(おそ)れ戒(いまし)めて、一生無事に臣節を守った。尼僧はやがてここを立ち去って行くえが知れなかった。
尼僧の教えを奉じた桓温は幸いに身を全うしたが、その子の桓玄(かんげん)は謀叛を企てて、彼女の予言通りに亡ぼされた。
夫の影
東晋(とうしん)の董寿(とうじゅ)が誅せられた時、それが夜中であったので、家内の者はまだ知らなかった。
董の妻はその夜唯ひとりで坐っていると、たちまち自分のそばに夫の立っているのを見た。彼は無言で溜め息をついているのであった。
「あなた、今頃どうしてお退がりになったのです」
妻は怪しんでいろいろにたずねたが、董はすべて答えなかった。そうして、無言のままに再びそこを出て、家に飼ってある※籠(とりかご)のまわりを繞(めぐ)ってゆくかと思うと、籠のうちの※(にわとり)が俄かに物におどろいたように消魂(けたたま)しく叫んだ。妻はいよいよ怪しんで、火を照らして窺うと、籠のそばにはおびただしい血が流れていた。
「さては凶事があったに相違ない」
母も妻も一家こぞって泣き悲しんでいると、果たして夜が明けてから主人の死が伝えられた。
蛮人の奇術
魏(ぎ)のとき、尋陽(じんよう)県の北の山中に怪しい蛮人が棲んでいた。かれは一種の奇術を知っていて、人を変じて虎とするのである。毛の色から爪や牙(きば)に至るまで、まことの虎にちっとも変らず、いかなる人をも完全なる虎に作りかえてしまうのであった。
土地の周(しゅう)という家に一人の奴僕(しもべ)があった。ある日、薪(たきぎ)を伐るために、妻と妹をつれて山の中へ分け入ると、奴僕はだしぬけに二人に言った。
「おまえ達はそこらの高い樹に登って、おれのする事を見物していろ」
二人はその言うがままにすると、彼はかたわらの藪(やぶ)へはいって行ったが、やがて一匹の黄いろい斑(ふ)のある大虎が藪のなかから跳り出て、すさまじい唸(うな)り声をあげてたけり狂うので、樹の上にいる女たちはおどろいて身をすくめていると、虎は再び元の藪へ帰った。これで先ずほっとしていると、やがて又、彼は人間のすがたで現われた。
「このことを決して他言するなよ」
しかしあまりの不思議におどろかされて、女たちはそれを同輩に洩らしたので、遂に主人の耳にもきこえた。そこで、彼に好(よ)い酒を飲ませて、その熟酔するのを窺って、主人はその衣服を解き、身のまわりをも検査したが、別にこれぞという物をも発見しなかった。更にその髪を解くと、頭髻(もとどり)のなかから一枚の紙があらわれた。紙には一つの虎を描いて、そのまわりに何か呪文(じゅもん)のようなことが記してあったので、主人はその文句を写し取った。そうして、酔いの醒めるのを待って詮議すると、彼も今更つつみ切れないと覚悟して、つぶさにその事情を説明した。
彼の言うところに拠ると、先年かの蛮地の奥へ米を売りに行ったときに、三尺の布と、幾|升(しょう)の糧米(りょうまい)と、一羽の赤い雄※(おんどり)と、一升の酒とを或る蛮人に贈って、生きながら虎に変ずるの秘法を伝えられたのであった。
雷車
東晋の永和(えいわ)年中に、義興(ぎこう)の周(しゅう)という姓の人が都を出た。主人は馬に乗り、従者二人が付き添ってゆくと、今夜の宿りを求むべき村里へ行き着かないうちに、日が暮れかかった。
路ばたに一軒の新しい草葺(くさぶ)きの家があって、ひとりの女が門(かど)に立っていた。女は十六、七で、ここらには珍しい上品な顔容(かおかたち)で、着物も鮮麗である。彼女は周に声をかけた。
「もうやがて日が暮れます。次の村へ行き着くのさえ覚束(おぼつか)ないのに、どうして臨賀(りんが)まで行かれましょう」
周は臨賀という所まで行くのではなかったが、次の村へも覚束ないと聞いて、今夜はここの家(うち)へ泊めて貰うことにすると、女はかいがいしく立ち働いて、火をおこして、湯を沸かして、晩飯を食わせてくれた。
やがて夜の初更(しょこう)(午後七時―九時)とおぼしき頃に、家の外から小児(こども)の呼ぶ声がきこえた。
「阿香(あこう)」
それは女の名であるらしく、振り返って返事をすると、外ではまた言った。
「おまえに御用がある。
貞女峡
中宿(ちゅうしゅく)県に貞女峡(ていじょこう)というのがある。峡の西岸の水ぎわに石があって、その形が女のように見えるので、その石を貞女と呼び慣わしている。伝説によれば、秦の時代に数人の女がここへ法螺貝(ほらがい)を採りに来ると、風雨に逢って昼暗く、晴れてから見ると其の一人は石に化していたというのである。
怪比丘尼
東晋(とうしん)の大司馬|桓温(かんおん)は威勢|赫々(かくかく)たるものであったが、その晩年に一人の比丘尼(びくに)が遠方からたずねて来た。彼女は才あり徳ある婦人として、桓温からも大いに尊敬され、しばらく其の邸内にとどまっていた。
唯(ただ)ひとつ怪しいのは、この尼僧の入浴時間の甚だ久しいことで、いったん浴室へはいると、時の移るまで出て来ないのである。桓温は少しくそれを疑って、ある時ひそかにその浴室を窺うと、彼は異常なる光景におびやかされた。
尼僧は赤裸(あかはだか)になって、手には鋭利らしい刀を持っていた。彼女はその刀をふるって、まず自分の腹を截(た)ち割って臓腑をつかみ出し、さらに自分の首を切り、手足を切った。桓温は驚き怖れて逃げ帰ると、暫くして尼僧は浴室を出て来たが、その身体は常のごとくであるので、彼は又おどろかされた。しかも彼も一個の豪傑であるので、尼僧に対して自分の見た通りを正直に打ちあけて、さてその子細を聞きただすと、尼僧はおごそかに答えた。
「もし上(かみ)を凌ごうとする者があれば、皆あんな有様になるのです」
桓温は顔の色を変じた。実をいえば、彼は多年の威力を恃(たの)んで、ひそかに謀叛(むほん)を企てていたのであった。その以来、彼は懼(おそ)れ戒(いまし)めて、一生無事に臣節を守った。尼僧はやがてここを立ち去って行くえが知れなかった。
尼僧の教えを奉じた桓温は幸いに身を全うしたが、その子の桓玄(かんげん)は謀叛を企てて、彼女の予言通りに亡ぼされた。
夫の影
東晋(とうしん)の董寿(とうじゅ)が誅せられた時、それが夜中であったので、家内の者はまだ知らなかった。
董の妻はその夜唯ひとりで坐っていると、たちまち自分のそばに夫の立っているのを見た。彼は無言で溜め息をついているのであった。
「あなた、今頃どうしてお退がりになったのです」
妻は怪しんでいろいろにたずねたが、董はすべて答えなかった。そうして、無言のままに再びそこを出て、家に飼ってある※籠(とりかご)のまわりを繞(めぐ)ってゆくかと思うと、籠のうちの※(にわとり)が俄かに物におどろいたように消魂(けたたま)しく叫んだ。妻はいよいよ怪しんで、火を照らして窺うと、籠のそばにはおびただしい血が流れていた。
「さては凶事があったに相違ない」
母も妻も一家こぞって泣き悲しんでいると、果たして夜が明けてから主人の死が伝えられた。
蛮人の奇術
魏(ぎ)のとき、尋陽(じんよう)県の北の山中に怪しい蛮人が棲んでいた。かれは一種の奇術を知っていて、人を変じて虎とするのである。毛の色から爪や牙(きば)に至るまで、まことの虎にちっとも変らず、いかなる人をも完全なる虎に作りかえてしまうのであった。
土地の周(しゅう)という家に一人の奴僕(しもべ)があった。ある日、薪(たきぎ)を伐るために、妻と妹をつれて山の中へ分け入ると、奴僕はだしぬけに二人に言った。
「おまえ達はそこらの高い樹に登って、おれのする事を見物していろ」
二人はその言うがままにすると、彼はかたわらの藪(やぶ)へはいって行ったが、やがて一匹の黄いろい斑(ふ)のある大虎が藪のなかから跳り出て、すさまじい唸(うな)り声をあげてたけり狂うので、樹の上にいる女たちはおどろいて身をすくめていると、虎は再び元の藪へ帰った。これで先ずほっとしていると、やがて又、彼は人間のすがたで現われた。
「このことを決して他言するなよ」
しかしあまりの不思議におどろかされて、女たちはそれを同輩に洩らしたので、遂に主人の耳にもきこえた。そこで、彼に好(よ)い酒を飲ませて、その熟酔するのを窺って、主人はその衣服を解き、身のまわりをも検査したが、別にこれぞという物をも発見しなかった。更にその髪を解くと、頭髻(もとどり)のなかから一枚の紙があらわれた。紙には一つの虎を描いて、そのまわりに何か呪文(じゅもん)のようなことが記してあったので、主人はその文句を写し取った。そうして、酔いの醒めるのを待って詮議すると、彼も今更つつみ切れないと覚悟して、つぶさにその事情を説明した。
彼の言うところに拠ると、先年かの蛮地の奥へ米を売りに行ったときに、三尺の布と、幾|升(しょう)の糧米(りょうまい)と、一羽の赤い雄※(おんどり)と、一升の酒とを或る蛮人に贈って、生きながら虎に変ずるの秘法を伝えられたのであった。
雷車
東晋の永和(えいわ)年中に、義興(ぎこう)の周(しゅう)という姓の人が都を出た。主人は馬に乗り、従者二人が付き添ってゆくと、今夜の宿りを求むべき村里へ行き着かないうちに、日が暮れかかった。
路ばたに一軒の新しい草葺(くさぶ)きの家があって、ひとりの女が門(かど)に立っていた。女は十六、七で、ここらには珍しい上品な顔容(かおかたち)で、着物も鮮麗である。彼女は周に声をかけた。
「もうやがて日が暮れます。次の村へ行き着くのさえ覚束(おぼつか)ないのに、どうして臨賀(りんが)まで行かれましょう」
周は臨賀という所まで行くのではなかったが、次の村へも覚束ないと聞いて、今夜はここの家(うち)へ泊めて貰うことにすると、女はかいがいしく立ち働いて、火をおこして、湯を沸かして、晩飯を食わせてくれた。
やがて夜の初更(しょこう)(午後七時―九時)とおぼしき頃に、家の外から小児(こども)の呼ぶ声がきこえた。
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