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中国怪奇小説集 15 池北偶談(清) - 岡本 綺堂 ( おかもと きどう )

  • 岡本綺堂 『中国怪奇小説集』 [綺堂コレクション] 光文社文庫
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中国怪奇小説集 池北偶談  第十三の男は語る。 「清(しん)朝もその国初の康煕(こうき)、雍正(ようせい)、乾隆(けんりゅう)の百三十余年間はめざましい文運隆昌時代で、嘉慶(かけい)に至って漸く衰えはじめました。小説筆記のたぐいも、この隆昌時代に出たものは皆よろしいようでございます。わたくしはこれから王士禎(おうしてい)の『池北偶談』について少しくお話をいたそうと存じます。王士禎といってはお判りにならないかも知れませんが、王漁洋(おうぎょよう)といえば御存じの筈、清朝第一詩人と推される人物で、無論に学者でございます。
 この『池北偶談』はいわゆる小説でもなく、志怪の書でもありません。全部二十六巻を談故、談献、談芸、談異の四項に分けてありまして、談異はその七巻を占めて居ります。右の七巻のうちから今夜の話題に適したようなものを選びまして、大詩人怪談をお聴きに入れる次第でございます」

   名画の鷹

 武昌(ぶしょう)の張氏(ちょうし)の嫁が狐に魅(みこ)まれた。
 狐は毎夜その女のところへ忍んで来るので、張の家では大いに患(うれ)いて、なんとかして追い攘(はら)おうと試みたが、遂に成功しなかった。
 そのうちに、張の家で客をまねくことがあって、座敷には秘蔵の掛物をかけた。それは宋(そう)の徽宗(きそう)皇帝の御筆(ぎょひつ)という鷹(たか)の一軸である。酒宴が果てて客がみな帰り去った後、夜が更(ふ)けてからかの狐が忍んで来た。
「今夜は危なかった。もう少しでひどい目に逢うところであった」と、狐はささやいた。
「どうしたのです」と、女は訊(き)いた。
「おまえの家の堂上神鷹(しんよう)がかけてある。あの鷹がおれの姿をみると急に羽ばたきをして、今にも飛びかかって来そうな勢いであったが、幸いに鷹の頸(くび)には鉄の綱が付いているので、飛ぶことが出来なかったのだ」
 女は夜があけてからその話をすると、家内の者どもも不思議に思った。
「世には名画の奇特(きどく)ということがないとは言えない。それでは、試しにその鷹の頸に付いている綱を焼き切ってみようではないか」
 評議一決して、その通りに綱を切って置くと、その夜は狐が姿をみせなかった。翌る朝になって、その死骸座敷の前に発見された。かれは霊ある鷹の爪に撃ち殺されたのであった。
 その後、張の家は火災に逢って全焼したが、その燃え盛る火焔(ほのお)のなかから、一羽の鷹の飛び去るのを見た者があるという。

   無頭鬼

 張献忠(ちょうけんちゅう)はかの李自成(りじせい)と相|列(なら)んで、明(みん)朝の末期における有名の叛賊である。
 彼が蜀(しょく)の成都(せいと)に拠って叛乱を起したときに、蜀王の府をもってわが居城としていたが、それは数百年来の古い建物であって、人と鬼とが雑居のすがたであった。ある日、後殿のかたにあたって、笙歌の声が俄かにきこえたので、彼は怪しんでみずから見とどけにゆくと、殿中には数十の人が手に楽器を持っていた。しかも、かれらにはみな首がなかった。
 さすがの張献忠もこれには驚いて地に仆(たお)れた。その以来、かれは其の居を北の城楼へ移して、ふたたび殿中には立ち入らなかった。

   張巡の妾

 唐(とう)の安禄山(あんろくざん)が乱をおこした時、張巡(ちょうじゅん)は※陽(すいよう)を守って屈せず、城中の食尽きたので、彼はわが愛妾を殺して将士に食(は)ましめ、城遂におちいって捕われたが、なお屈せずに敵を罵って死んだのは有名の史実で、彼は世に忠臣の亀鑑(きかん)として伝えられている。
 それから九百余年の後、清(しん)の康煕(こうき)年間のことである。会稽(かいけい)の徐藹(じょあい)という諸生が年二十五で※(か)という病いにかかった。腹中に凝り固まった物があって、甚だ痛むのである。その物は腹中に在って人のごとくに語ることもあった。勿論、こういう奇病であるから、療治の効もなく、病いがいよいよ重くなったときに、一人白衣を着た若い女がその枕元に立って、こんなことを言って聞かせた。
「あなたは張巡が妾を殺したことを御存じですか。あなたの前の世は張巡で、わたしはその妾であったのです。あなたが忠臣であるのは誰も知っていることですが、その忠臣となるがために、なんの罪もないわたしを殺して、その肉を士卒に食わせるような無残な事をなぜなされた。その恨みを報いるために、わたしは十三代もあなたを付け狙っていましたが、何分にもあなたは代々偉い人にばかり生まれ変っているので、遂にその機会を得ませんでした。しかも今のあなたはさのみ偉い人でもない、単に一個の白面(はくめん)(若く未熟なこと)書生に過ぎませんから、今こそ初めて多年の恨みを報いることが出来たのです」
 言い終って、女のすがたは消えてしまった。病人それから間もなく世を去った。

   火の神

 武進(ぶしん)の諸生で楊某(ようなにがし)という青年が、某家に止宿(ししゅく)していたことがある。その家は富んでいるので、主人は毎晩おそくまで飲みあるいていたが、ある夜その主人が例に依って夜ふけに酔って帰ると、楊の部屋には燈火(あかり)が煌々(こうこう)と輝いていた。
「まだ起きているのか」
 主人は窓の隙からそっと覗いてみると、几(つくえ)のそばには二本の大きい蝋燭を立てて、緋の着物の人が几に倚りかかって書物を読んでいた。
「楊さんもなかなか勉強だな」
 その晩はそのまま帰って、主人は翌日それを楊に話すと、かれは不思議そうな顔をしていた。
「いえ、ゆうべは早く寝てしまいました」
「いや、わたしが確かに見た。あなたは夜の更けるまで几(つくえ)にむかっていましたよ」と、主人は笑っていた。
 しかし楊は笑っていられなかった。
 これには何か子細があるに相違ないと思ったので、その晩は寝た振りをして窺っていると、夜も三更(さんこう)(午後十一時―午前一時)とおぼしき頃に、たちまち大きい声で呼ぶ者がある。それと同時に二本の大きい蝋燭(ろうそく)が地上にあらわれて、くれないの火焔(ほのお)が昼のようにあたりを照らすかと見るうちに、大勢の家来らしい者どもが緋の着物をきた人を警固して来た。人はここの家の主人がゆうべ見た通りに、几にむかって書物読みはじめた。


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