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中国怪奇小説集 16 子不語(清) - 岡本 綺堂 ( おかもと きどう )

  • 岡本綺堂 『中国怪奇小説集』 [綺堂コレクション] 光文社文庫
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中国怪奇小説集 子不語  第十四の男は語る。 「わたくしは随園戯編と題する『子不語』についてお話し申します。
 この作者は清(しん)の袁枚(えんばい)で、字(あざな)を子才(しさい)といい、号を簡斎(かんさい)といいまして、銭塘(せんとう)の人、乾隆(けんりゅう)年間の進士(しんし)で、各地方の知県をつとめて評判のよかった人でありますが、年四十にして官途を辞し、江寧(こうねい)の小倉山下に山荘を作って小倉山房(しょうそうさんぼう)といい、その庭園を随園と名づけましたので、世の人は随園先生と呼んで居りました。彼は詩文の大家で、種々の著作もあり、詩人としては乾隆四家の一人数えられて居ります。
 子不語の名は『子(し)は怪力乱神を語らず』から出ていること勿論でありますが、後にそれと同名の書のあることを発見したというので、さらに『新斉諧(しんせいかい)』と改題しましたが、やはり普通には『子不語』の名をもって知られて居ります。なにしろ正編続編をあわせて三十四巻、一千十六種の説話蒐集してあるという大作ですから、これから申し上げるのは、単にその片鱗に過ぎないものと御承知ください」

   老嫗(ろうおう)の妖

 清(しん)の乾隆二十年、都で小児が生まれると、驚風(きょうふう)(脳膜炎)にかかってたちまち死亡するのが多かった。伝えるところによると、小児が病いにかかる時、一羽の※※(きゅうりゅう)――一種の怪鳥(けちょう)で、形は鷹のごとく、よく人語をなすということである。――のような黒い鳥影がともしびの下を飛びめぐる。その飛ぶこといよいよ疾(はや)ければ、小児の苦しみあえぐ声がいよいよ急になる。小児の息が絶えれば、黒い鳥影も消えてしまうというのであった。
 そのうちに或る家の小児もまた同じ驚風にかかって苦しみ始めたが、その父の知人に鄂(がく)某というのがあった。かれは宮中の侍衛を勤める武人で、ふだんから勇気があるので、それを聞いて大いに怒った。
「怪しからぬ化け物め。おれが退治してくれる」
 鄂は弓矢をとって待ちかまえていて、黒い鳥がともしびに近く舞って来るところを礑(はた)と射ると、鳥は怪しい声を立てて飛び去ったが、そのあとには血のしずくが流れていた。それをどこまでも追ってゆくと、大司馬(たいしば)の役を勤める李(り)氏の邸に入り、台所の竈(かまど)の下へ行って消えたように思われたので、鄂はふたたび矢をつがえようとするところへ、邸内の者もおどろいて駈け付けた。主人の李公は鄂と姻戚の関係があるので、これも驚いて奥から出て来た。鄂が怪鳥を射たという話を聞いて、李公も不思議に思った。
「では、すぐに竈の下をあらためてみろ」
 人びとが打ち寄って竈のあたりを検査すると、そのそばの小屋に緑の眼をひからせた老女が仆(たお)れていた。
 老女は猿のような形で、その腰には矢が立っていた。しかし彼女は未見の人ではなく、李公が曾(かつ)て雲南(うんなん)に在ったときに雇い入れた奉公人であった。雲南地方山地には苗(びょう)または※(よう)という一種の蛮族が棲んでいるが、老女もその一人で、老年でありながら能く働き、且(かつ)は正直|律義(りちぎ)の人間であるので、李公が都へ帰るときに家族と共に伴い来たったものである。それが今やこの怪異をみせたので、李氏の一家は又おどろかされた。老女は矢傷に苦しみながらも、まだ生きていた。
 だんだん考えてみると、彼女に怪しい点がないでもない。よほどの老年とみえながら、からだは甚だすこやかである。蛮地の生まれとはいいながら、自分の歳を知らないという。殊(こと)に今夜のような事件出来(しゅったい)したので、主人も今更のようにそれを怪しんだ。あるいは妖怪が姿を変じているのではないかと疑って、厳重にかの女を拷問(ごうもん)すると、老女は苦しい息のもとで答えた。
「わたくしは一種の咒文(じゅもん)を知っていまして、それを念じると能く異鳥に化けることが出来ますので、夜のふけるのを待って飛び出して、すでに数百人の子供の脳を食いました」
 李公は大いに怒って、すぐにかの女をくくりあげ、薪を積んで生きながら焚(や)いてしまった。その以来、都に驚風を病む小児が絶えた。

   羅刹鳥(らせつちょう)

 これも鳥の妖である。清の雍正(ようせい)年間、内城の某家で息子のために※(よめ)を娶(めと)ることになった。新婦の里方(さとかた)も大家(たいけ)で、沙河門外に住んでいた。
 新婦は轎(かご)に乗せられ、供の者|大勢(おおぜい)は馬上でその前後を囲んで練(ね)り出して来る途中、一つの古い墓の前を通ると、俄かに旋風(つむじかぜ)のような風が墓のあいだから吹き出して、新婦の轎のまわりを幾たびかめぐったので、おびただしい沙(すな)は眼口を打って大勢もすこぶる辟易(へきえき)したが、やがてその風も鎮まって、無事に婿(むこ)の家へ行き着いた。
 轎はおろされて、介添えの女がすだれをかかげてかの新婦を連れ出すと、思いきや轎の内には又ひとりの女が坐っていた。それは年頃も顔かたちも風俗も、新婦と寸分ちがわない女で、みずから轎を出て来て、新婦と肩をならべて立った。それには人びとも驚かされたが、女は二人ながら口をそろえて、自分が今夜の花嫁であるという。その声音(こわね)までが同じであるので、婿の家も供の者も、どちらが真者(ほんもの)であるか偽者(にせもの)であるかを鑑別することが出来なくなった。さりとて今夜の婚儀を中止するわけにも行かなかったと見えて、ともかくも婿ひとりに※(よめ)ふたりという不思議婚礼を済ませて、奉公人どもはめいめいの寝床へ退がった。
 舅(しゅうと)も自分の室(へや)へはいって枕に就いた。
 それから間もなく、新夫婦の寝間からけたたましい叫び声が洩れきこえたので、舅は勿論、家内一同がおどろいて駈け付けると、婿は寝床の外に倒れ、ひとりの※は床の上に倒れ、あたりにはなま血が淋漓(りんり)としてしたたっているので、人びとは又もや驚かされた。
 それにしても他のひとりの※はどうしたかと見まわすと、梁(はり)の上に一羽の大きい怪鳥(けちょう)が止まっていた。鳥は灰黒色の羽(はね)を持っていて、口喙(くちばし)は鈎(かぎ)のように曲がっていた。殊に目立つのはその大きい爪で、さながら雪のように白く光っていた。ひとりの女の正体がこれであるのは誰にも想像されることであるから、大勢は騒ぎ立てて捕えようとしたが、短い武器では高い梁の上までとどかないので、さらに弓矢や長い矛(ほこ)を持ち出して追い立てると、怪鳥は青い燐(おにび)のような眼をひからせ、大きい翅(つばさ)をはたはたと鳴らして飛びめぐった末に、門を破って逃げ去った。
 そこで、倒れている婿と※とを介抱して、事の子細を問いただすと、婿は血の流れる眼をおさえながら言った。
「寝間へはいったものの、※ふたりではどうすることも出来ないので、しばらく黙ってむかい合っているうちに、左側にいた女がたちまちに袖をあげてわたしの顔を払ったかと思うと、両の眼玉は抉(く)り取られてしまった。その痛みの劇(はげ)しさに悶絶して、その後のことはなんにも知らない」
 ※はまた言った。
「わたしは婿殿の悲鳴におどろいて、どうしたのかと思って覗こうとすると、その顔を不意に払われて倒れてしまいました」
 彼女も両眼を抉り取られているのであった。それでも二人とも命に別条がなかったのが嘆きのうちの喜びで、婿も※も厚い手当てを加えられて数月の後に健康の人となった。


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