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九代目団十郎の首 - 高村 光太郎 ( たかむら こうたろう )

  • 文化人 『市川団十郎 シート』未使用 NH
  • ※消印あり※ 市川 団十郎  8銭???  九代目?
  • ◇初版本 『謎の団十郎』 南原幹雄著 ランクA◇H
  • o暦o明治「勧進帳正本」浮世絵/錦絵/歌舞伎/9代目市川団十郎
  • 時代物歌舞伎役者絵 初代 歌川国貞 画、「市川団十郎」、1枚
  • 文化人シリーズ市川 団十郎 横2枚(未使用・印刷庁製造銘付)
  • 【テレカ】市川海老蔵 市川団十郎 歌舞伎 三井生命▽NO-C9543
  • ●歌舞伎ブロマイド ●10世海老蔵(12世団十郎) 勧進帳 弁慶
  • 明治期、豊原国周 画、「市川団十郎・尾上菊五郎」、3枚綴
  • 十一世市川団十郎(十一世市川團十郎)石井雅子写真集
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 九代目市川団十郎明治三十六年九月、六十六歳で死んだ。丁度幕末からかけて明治興隆期の文明開化時代通過し、国運第二の発展期たる日露戦争直前に生を終ったわけである。彼は俳優という職業柄、明治文化総和をその肉体で示していた。もうあんな顔は無い。之がほんとのところである。明治文化という事からいえば、西園寺公の様な方にも同じ事がいえるけれど、肉体素材とせらるる方でない上に、現代教養があまねく深くその風※(ふうぼう)に浸潤しているので、早く世を去って現代の風にあたる事なく終った団十郎よりは複雑である。団十郎はこの点純粋明治の顔を持っていて、女でいえば洗髪のおつまのような其の世代の標式といえるのである。五代菊五郎についても素より団十郎と同じ事が言えるわけであるが、菊五郎の方は余りに多く俳優であり過ぎて、その現われ方がむしろ旧幕の延長として意味があり、当代の文化一般肉体化していたような趣のある包摂的な団十郎に比べるといささか世代の標式とはなし難い。
 私は今、かねての念願を果そうとして団十郎の首を彫刻している。私は少年から青年の頃にかけて団十郎舞台に入りびたっていた。私の脳裡(のうり)には夙(はや)くすでに此の巨人の像が根を生やした様に大きく場を取ってしまっていた。此の映像の大塊を昇華せしめるには、どうしても一度之を現実彫刻転移しなければならない。私は今此の架空の構築に身をうちこんでいるけれど、まだ満足するに至らない。私のもまだ駄目だが、世上に幾つかある団十郎像という記念像もみな物になっていない。浅草公園の「暫」はまるで抜け殻のように硬ばって居り、歌舞伎座にある胸像は似ても似つかぬ腑ぬけの他人であり、昭和十一年の文展で見たものは、浅はかな、力み返った、およそ団十郎とは遠い芸術感のものであった。其他演劇博物館にある石膏(せっこう)の首は幼穉(ようち)で話にならない。ラグーザの作というのはまだ見ないでいる。団十郎は決して力まない。力まないで大きい。大根といわれた若年に近い頃の写真を見ると間抜けなくらいおっとりしている。その間ぬけさがたちまち溌剌(はつらつ)と生きて来て晩年の偉大を成している。一切の秀れた技巧を包蔵している大味である。神経の極度にゆき届いた無神経である。彼の第一特色はその大きさにある。いかにも国運興隆の大きさである。彼の実際の身の丈けは今の吉右衛門よりも小さい。五代菊五郎と並んだ写真では菊五郎の方がわずかに背が高い。その短躯(たんく)が舞台をはみ出す程大きいのである。彼は肥っても居ず痩(や)せても居なかった。彼の大きさは素質から来ている。深みから来ている。血統から、荒事師の祖先から来ている。絶体絶命の大きさなのである。
 団十郎の顔はぽかりと大きい。その道具立の一つ一つがゆったり出来ていて、此は隈取(くまど)られるために生みつけられた特別製の素材であった。其上に舞台上の修練によるあらゆる顔面筋の自由発達があった。すべてが分厚で、生きていて、円融無礙(えんゆうむげ)であった。
 団十郎の顔は全体には面長である。横から見ると、後頭よりも顔面の方が勝っている。正面から見るとやや鉢開きの形をしていて頬が何処までも長く、滝のようにつづいている。前額の高いのを除いてはこれといって目立つ急な突起は無い。顴骨(かんこつ)も出ていない。下顎(したあご)にも癖がない。その幅のある瓜実顔(うりざねがお)の両側に大きな耳朶(みみたぶ)が少し位置高く開いている。おだやかな眉弓の下にある両眼は、所謂(いわゆる)「目玉成田屋」ときく通り、驚くべき活殺自在運動を有(も)った二重瞼(ふたえまぶた)の巨眼であって、両眼は離れずにむしろ近寄っている。眼輪匝筋(がんりんそうきん)は豊かに肥え、上眼瞼(うわまぶた)は美しく盛り上って眼瞼軟骨発達を思わせる。眼瞼の遊離縁も分厚く、内眥(ないし)外眥(がいし)の釣合は上りもせず下りも為ない。そして涙湖、涙阜(るいふ)が異様な魅力を以て光っている。下眼瞼の下に厚い脂肪層が一度陰影を作りそれから直ぐ鼻翼の上の強いアクサンとなる。此の目玉に隈(くま)を入れて舞台で彼が見得切る時、らんらんと言おうかえんえんと言おうか、又城外の由良之助のように奥深くじっと見つめる時、それは世紀の奥を貫く眼だ。


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