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乞食学生 - 太宰 治 ( だざい おさむ )

  • 銀河乞食軍団(8冊)野田昌宏著・文庫本
  • 岩波文庫■王子と乞食■マーク・トウェーン■村岡花子/訳
  • 大佛次郎 時代小説自選集11 乞食大将・桜子 初版帯付き 
  • ☆さびしい乞食☆北杜夫☆初版本
  • 野田昌宏『銀河乞食軍団』1~5巻★傑作スペースオペラ★送料340~
  • 銀河乞食軍団黎明篇4 誕生!星海企業  鷹見一幸/野田昌宏
  • 大仏次郎時代小説全集第18巻 乞食大将 炎の柱ー若き日の信長
  • 銀河乞食軍団 全17巻+外伝4巻 全冊揃い おまけ付き 
  • ◆【大佛次郎時代小説全集(18)乞食大将】朝日新聞社
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大貧に、大正義、望むべからず       ――フランソワヴィヨン        第一回  一つの作品を、ひどく恥ずかしく思いながらも、この世の中に生きてゆく義務として、雑誌社に送ってしまった後の、作家の苦悶に就(つ)いては、聡明な諸君にも、あまり、おわかりになっていない筈(はず)である。その原稿在中の重い封筒を、うむと決意して、投函する。ポストの底に、ことり、と幽(かす)かな音がする。それっきりである。まずい作品であったのだ。表面は、どうにか気取って正直身振りを示しながらも、その底には卑屈な妥協の汚い虫が、うじゃうじゃ住んでいるのが自分にもよく判って、やりきれない作品であったのだ。それに、あの、甘ったれた、女の描写。わあと叫んで、そこらをくるくると走り狂いたいほど、恥ずかしい。下手(へた)くそなのだ。私には、まるで作家資格が無いのだ。無智なのだ。私には、深い思索が何も無い。ひらめく直感が何も無い。十九世紀の、巴里(パリ)の文人たちの間に、愚鈍作家を「天候居士(てんこうこじ)」と呼んで唾棄(だき)する習慣が在ったという。その気の毒な、愚かな作家は、私同様に、サロンに於て気のきいた会話が何一つ出来ず、ただ、ひたすらに、昨今の天候に就いてのみ語っている、という意味なのであろうが、いかさま、頭のわるい愚物の話題は、精一ぱいのところで、そんなものらしい。何も言えない。私の、たったいま投函したばかりの作品も、まず、そんなところだ。昨日雪降る。実に、どうにも、驚きました。どうにも、その、驚いたです。雨戸をあけたら、こう、その、まあ一種の、銀世界、とでも、等と汗を拭き拭き申し上げるのであるが、一種も二種もない、実に、愚劣な意見である。どもってばかりいて、颯爽(さっそう)たる断案が何一つ、出て来ない。私とて、恥を知る男子である。ままになる事なら、その下手くその作品を破り捨て、飄然(ひょうぜん)どこか山の中にでも雲隠れしたいものだ、と思うのである。けれども、小心卑屈の私には、それが出来ない。きょう、この作品雑誌社に送らなければ、私は編輯者(へんしゅうしゃ)に嘘をついたことになる。私は、きょうまでには必ずお送り致します、といやに明確にお約束してしまっているのである。編輯者は、私のこんな下手作品に対しても、わざわざペエジを空(あ)けて置いて、今か今かと、その到来を待ってくれているのである。私はそれを知っているので、いかに愚劣な作品と雖(いえど)も、みだりにそれを破棄することが出来ない。義務の遂行と言えば、聞えもいいが、そうではない。小心非力の私は、ただ唯、編輯者の腕力を恐れているのである。約束を破ったからには、私は、ぶん殴(なぐ)られても仕方が無いのだと思えば、生きた心地もせず、もはや芸術家としての誇りも何もふっ飛んで、目をつぶって、その醜態の作品投函してしまうのである。よほど意気地の無い男である。投函してしまえば、それっきりである。いかに悔いても、及ばない。原稿は、そのままするすると編輯者の机上に送り込まれ、それを素早く一読した編輯者を、だいいちばんに失望させ、とにかく印刷所へ送られる。印刷所では、鷹(たか)のような眼をした熟練工が、なんの表情も無く、さっさと拙稿の活字を拾う。あの眼が、こわい。なんて下手くそな文章だ。嘘字だらけじゃないか、と思っているに違いない。ああ、印刷所では、私の無智の作品は、使い走り小僧にまで、せせら笑われているのだ。ついに貴重な紙を、どっさり汚して印刷され、私の愚作は天が下かくれも無きものとして店頭にさらされる。批評家は之(これ)を読んで嘲笑し、読者は呆(あき)れる。愚作家その襤褸(らんる)の上に、更に一篇の醜作を附加し得た、というわけである。へまより出でて、へまに入るとは、まさに之(こ)の謂(い)いである。一つとしてよいところが無い。それを知っていながら、私は編輯者の腕力を恐れるあまりに、わななきつつ原稿在中の重い封筒を、うむと決意して、投函するのだ。ポストの底に、ことり、と幽かな音がする。それっきりである。その後の、悲惨な気持は、比類が無い。


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