五右衛門と新左 - 国枝 史郎 ( くにえだ しろう )
一
「大分世の中が静かになったな」
こう秀吉が徳善院へ云った。
「殿下のご威光でございます」
徳善院、ゴマを磨り出した。
「ところが俺は退屈でな」
「こまったものでございます」
「趣向は無いか、変った趣向は?」
「美人でもお集めになられては?」
「少々飽きたよ、実の所」
「それに淀殿がおわすので」顔色を見い見いニタリとした。
「うん淀か、可愛い奴さ」釣り込まれて秀吉もニタリとした。
後庭で鶴の声がした。
色づいた楓の病葉(わくらば)が、泉水の中へ散ったらしい。
素晴らしい上天気の秋日和であった。
「趣向は無いかな、変った趣向は?」
秀吉は駄々をこね出した。
「さあ」
と云ったが徳善院、たいして可い智慧も出ないらしい。
トホンとして坐わり込んでいる。
「ほい」
と秀吉は手を拍った。「あるぞあるぞ珍趣向が!」
「ぜひお聞かせを。なんでございますな?」
「茶ノ湯をやろう、大茶ノ湯を」
「なんだつまらない、そんな事か」心の中では毒吐いたが、どうして表面は大恭悦で、ポンと額まで叩いたものである。
「いかさま近来のご趣向で」
「場所は北野、百座の茶ノ湯」
「さすがは殿下、大がかりのことで」
合槌は打ったが徳善院、腹の中では舌を出した。「へへ腹でも下さないがいい」
「ふれを廻わせ! ふれを廻わせ!」
秀吉は例の性急であった。
「大供(おおども)が悪戯(わるさ)をやり出したわい。さあ忙(せわ)しいぞ忙しいぞ!」徳善院は退出した。
×
石田治部少輔、益田右衛門尉、この二人が奉行となった。
「さる程に両人承て人々をえらび、茶ノ湯を心掛けたる方へぞ触れられける。大名小名是を承はり給ひてこは珍敷々々面白きご興行かな、いかにとしてか殿下様へ、お茶をば申べき、望ても叶べき事ならず、かゝる御意こそ有難けれと、右近の馬場の東西南北に、おの/\屋敷割を請取て、数奇屋を立てられける」
こうその頃の文献にあるが、これはとんでもない嘘なのであった。みんなは迷惑をしたのであった。
「さて、和漢の珍器、古今の名匠の墨跡、家々の重宝共此時にあらずばいつを期すべきと、我も/\と底を点じて出されける」
これは何うやら本当らしい。
秀吉の御感を蒙って、高値お買上げの栄を得ようか、お目に止まったに付け込んで、献上して知行増しを受けようかと、そういうさもしい心から、飾り立て並べたものらしい。
「さる程に時移りて、已に明日にもなりしかば、秀吉公仰せられけるは、一日に百座の会なれば、天あけてはいかがかとて、寅の一天よりわたらせ給ふべきよし、仰出されけり。お相伴には、玄以法印、法橋紹巴をめされける」
これも将しく其の通りであった。
「大小名のかこひの前なる蝋燭は、たゞ万燈に異ならず、百座の会なれば、いかにも短座に見えにけり」
これにも相違は無かったらしい。
「かくて時刻も移りければ、やう/\百座成就し給ひて、還御をよびたまふ。秀吉公西をごらんありければ、すこし引き退きて萱の庵見えにけり」
「玄以玄以」と秀吉は呼んだ。「鳥渡風流だな。何者か?」
「一興ある茶湯者(すきしゃ)でございます。堺の住人とか申しますことで」
「おおそうか、寄って見よう」
「竹柱にして、真柴垣を外に少しかこひて、土間をいかにも/\美しく平(なら)させ、無双の蘆屋釜を自在にかけ、雲脚をばこしらへて、茶椀水差等をば、いかにも下直なる荒焼をぞもとめける。其外何にても新きを本意とせり。我身はあらき布かたびらを渋染にかへしたるをば着、ほそ繩を帯にして、云々」
これが庵の有様であり又亭主の風貌であった。
亭主は土に額をつけ、かしこまって謹しんでいた。
二
「作意の働き面白いな。手前を見たい。一服立てろ」
秀吉は端座した。
亭主、恭しく一揖し、雲脚を立てて参らせた。
「これは、よく気が付いた。百座の茶、湯で満腹だ。かるがると香煎を出したのは、言語道断云うばかりもない。……名は何んというな、其方(そち)の名は?」
「無徳道人石川五右衛門。京師の浪人にございます」
「おおそうか、見覚え置く」
で、秀吉は帰館した。
×
伏見城内奥御殿。――
秀吉は飽気に取られていた。
淀君は今にも泣き出しそうであった。
小供の秀頼は這い廻わっていた。
侍女達はウロウロまごついていた。
一体何事が起こったのであろう?
大閤殿下の衣裳の襟が小柄で縫われていたのであった。
驚き恐れるのは当然であった。
「ところが俺は退屈でな」
「こまったものでございます」
「趣向は無いか、変った趣向は?」
「美人でもお集めになられては?」
「少々飽きたよ、実の所」
「それに淀殿がおわすので」顔色を見い見いニタリとした。
「うん淀か、可愛い奴さ」釣り込まれて秀吉もニタリとした。
後庭で鶴の声がした。
色づいた楓の病葉(わくらば)が、泉水の中へ散ったらしい。
素晴らしい上天気の秋日和であった。
「趣向は無いかな、変った趣向は?」
秀吉は駄々をこね出した。
「さあ」
と云ったが徳善院、たいして可い智慧も出ないらしい。
トホンとして坐わり込んでいる。
「ほい」
と秀吉は手を拍った。「あるぞあるぞ珍趣向が!」
「ぜひお聞かせを。なんでございますな?」
「茶ノ湯をやろう、大茶ノ湯を」
「なんだつまらない、そんな事か」心の中では毒吐いたが、どうして表面は大恭悦で、ポンと額まで叩いたものである。
「いかさま近来のご趣向で」
「場所は北野、百座の茶ノ湯」
「さすがは殿下、大がかりのことで」
合槌は打ったが徳善院、腹の中では舌を出した。「へへ腹でも下さないがいい」
「ふれを廻わせ! ふれを廻わせ!」
秀吉は例の性急であった。
「大供(おおども)が悪戯(わるさ)をやり出したわい。さあ忙(せわ)しいぞ忙しいぞ!」徳善院は退出した。
×
石田治部少輔、益田右衛門尉、この二人が奉行となった。
「さる程に両人承て人々をえらび、茶ノ湯を心掛けたる方へぞ触れられける。大名小名是を承はり給ひてこは珍敷々々面白きご興行かな、いかにとしてか殿下様へ、お茶をば申べき、望ても叶べき事ならず、かゝる御意こそ有難けれと、右近の馬場の東西南北に、おの/\屋敷割を請取て、数奇屋を立てられける」
こうその頃の文献にあるが、これはとんでもない嘘なのであった。みんなは迷惑をしたのであった。
「さて、和漢の珍器、古今の名匠の墨跡、家々の重宝共此時にあらずばいつを期すべきと、我も/\と底を点じて出されける」
これは何うやら本当らしい。
秀吉の御感を蒙って、高値お買上げの栄を得ようか、お目に止まったに付け込んで、献上して知行増しを受けようかと、そういうさもしい心から、飾り立て並べたものらしい。
「さる程に時移りて、已に明日にもなりしかば、秀吉公仰せられけるは、一日に百座の会なれば、天あけてはいかがかとて、寅の一天よりわたらせ給ふべきよし、仰出されけり。お相伴には、玄以法印、法橋紹巴をめされける」
これも将しく其の通りであった。
「大小名のかこひの前なる蝋燭は、たゞ万燈に異ならず、百座の会なれば、いかにも短座に見えにけり」
これにも相違は無かったらしい。
「かくて時刻も移りければ、やう/\百座成就し給ひて、還御をよびたまふ。秀吉公西をごらんありければ、すこし引き退きて萱の庵見えにけり」
「玄以玄以」と秀吉は呼んだ。「鳥渡風流だな。何者か?」
「一興ある茶湯者(すきしゃ)でございます。堺の住人とか申しますことで」
「おおそうか、寄って見よう」
「竹柱にして、真柴垣を外に少しかこひて、土間をいかにも/\美しく平(なら)させ、無双の蘆屋釜を自在にかけ、雲脚をばこしらへて、茶椀水差等をば、いかにも下直なる荒焼をぞもとめける。其外何にても新きを本意とせり。我身はあらき布かたびらを渋染にかへしたるをば着、ほそ繩を帯にして、云々」
これが庵の有様であり又亭主の風貌であった。
亭主は土に額をつけ、かしこまって謹しんでいた。
二
「作意の働き面白いな。手前を見たい。一服立てろ」
秀吉は端座した。
亭主、恭しく一揖し、雲脚を立てて参らせた。
「これは、よく気が付いた。百座の茶、湯で満腹だ。かるがると香煎を出したのは、言語道断云うばかりもない。……名は何んというな、其方(そち)の名は?」
「無徳道人石川五右衛門。京師の浪人にございます」
「おおそうか、見覚え置く」
で、秀吉は帰館した。
×
伏見城内奥御殿。――
秀吉は飽気に取られていた。
淀君は今にも泣き出しそうであった。
小供の秀頼は這い廻わっていた。
侍女達はウロウロまごついていた。
一体何事が起こったのであろう?
大閤殿下の衣裳の襟が小柄で縫われていたのであった。
驚き恐れるのは当然であった。
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五右衛門と新左 (ごえもんとしんざ) のリンク元
- http://atpedia.jp/word/%E6%8A%9C%E5%88%80
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