京阪聞見録 - 木下 杢太郎 ( きのした もくたろう )
予も亦明晩立たうと思ふ。今は名古屋に往く人を見送る爲めに新橋に來てゐるのだ。待合室は發車を待つ人の不安な情調と煙草の烟とに滿たされて居る。
商標公報といふ雜誌の綴を取り上げて見る。此(ここ)に予は一種の實用的な平民藝術を味ふ事が出來て大に面白かつた。殺鼠劑の商標に猫が手※(ハンカチ)で涙を拭つて居る圖は見覺えのあるものであるが、PARK 公園などと云ふ石鹸は餘程名に困つた物と見える。それでも二つの概念を心理學的に乃至藝術的に聯絡させてゆくと、俳句などとは違つたまた一種の興味あるのを知るに至る。其他化粧品に菖蒲と翡翠(ひすゐ)との組合せがある。怪しい洋人の移寫したやうな字で「サムライ印」とかいふ騎馬武者の木綿織物の商標は、予をして漫ろに横濱のサムライ商會の店頭の裝飾を想起せしめた。是れ亦確かに西洋人に映つた日本趣味の反射であらう。「櫻山」と云ふ清酒がある。「吉野」といふのがある。かう云ふのはよく今迄他の人が附けずに置いたものだと感心する。道中姿の華魁(おいらん)の胸から腰にかけて「正宗」とやつたのは露骨であるが奇拔である。Bacchus Venus と雙方を神性にする西洋の思想に對照して考へると更に一段と面白い。鶫麹漬といふのは何と讀むのかしらむ。電車の全形を圖案に仕組むなどは素人は大膽なものだ。
天明頃の「江戸町中喰物重寶記」といふ本を見た事がある。その中の屋號(やじるし)や紋所や簡單な縁(ふち)を附けた廣告を思ひ出す。當時有名だつたといふおまん鮨などの廣告を見ると一種懷しい妙な心持になる。神社佛閣に張る千社札を三卷の帖に集めた好事家の苦心に驚かされた事があつたが「日本廣告畫史」などを完成するやうなのん氣な時代はいつ來る事やら。さう云へば立派な浮世繪史さへまだ碌々に出來て居ないでは無いか。(三月二十九日神戸にて。)
昨夜神戸に入る前に日中京都で暮した。けれども今何も目に殘つて居るものとては無い。あれば唯河原の布晒し位のものだ。庚申(かうしん)橋とかいふ橋の下に大小紅紫いろいろの友禪の半襟を綱に弔るして居たのが、如何にも春らしく京都らしく好い氣持であつた。も一つは黒田清輝さん流のコバルト色の著物の男が四斗樽へ一ぱい色々の切(きれ)を入れて、それをこちこちと棒でかき※して居たのを見た。背景に緑を斑入(ふい)れにして灰色の河原の石の上に、あちらこちらに干されたる斑らに鮮かな色の布。こんな景色は澤山見られた。然し京都では、たとへば一人の人が河原に仕事をしてゐて、五六の人が惘然(ばうぜん)とそれを眺め入つて居る所も、油繪のやうには見えないで、却つて古い縁起ものの繪卷物の一部を仕切つたやうに見えるのである。京極の方から迷ひ込んで何とかいふ長い市場の通りを歩いたが、その兩側の家の、たとへば蒲鉾屋の淡紅淡緑、縞入りの蒲鉾、魚屋の手繰(てぐ)りものの小鯛、黒鯛、鰺、魴※(はうぼう)の類はいかにも綺麗に並んで居るが、然し決してカン※スとテレビンで取扱ふ事の出來るものでは無い。やはり祐信、春信等の趣味である。
だから三條四條邊の町でよく見られる骨董店の英山、歌麿の類は、今の東京で見るより、こちらで見た方がいかにも當然で、居る可き所に居るやうに見えるのである。
燈が點いてから三條から四條へ出る河沿の通りを歩いて見た。「未墾地」のネシユダノフがロココ趣味の老夫婦が家に入る時の心より更に不思議な情調に捉へられた。もう柳の間から水に映る燈が見られた。
いろいろの人を訪ねたが誰にも會ふことが出來なかつた。其晩神戸に入つた。(三月二十九日神戸にて。)
こつちへ來る前にHYと君の居る桶屋さんの家を訪ねたが生憎お留守で殘念であつた。その前にもひとりの人と三人で中澤弘光氏の工房を尋ねて、それから君の處へ行つたのである。
京都見物の前に中澤さんの所で「京都の豫感」を、實は味はうと思つたのだが、生憎京都のスケツチはみんな板彫の方に※つて居たので見る事が出來なかつた。僕等は決して自然の景情を絶對的な自分の眼といふもので見る事が出來ないのだ。餘程其時代を支配してゐる大家に便つて居るのだ。たとへば春さき灰緑に芽ぐんで來る佃(つくだ)島の河沿の河原の草などを見る時分には、どうしても黒田さんの樣風(マニエエル)を想ひ出さずには居られない。東京の自然界で黒田さんと廣重との配調(アランジマン)を味ふのを、京都で祐信と中澤にしようと思つたのだが、中澤さん情調を吹きかけられることの出來なかつたのは遺憾であつた。
其代り氏の温泉スケツチの類集(セリイ)は見る事が出來た。温泉といふものは官能的にも固(もと)より愉快なものだが、更に繪畫の標準に換算しても亦面白いものでなければならぬ。白い裸體と紫色に澄んだ泉の表面とを主調とした色彩畫派的(コロリスチツク)の色彩諧調は思ひ出した丈でも食欲をそそる。
商標公報といふ雜誌の綴を取り上げて見る。此(ここ)に予は一種の實用的な平民藝術を味ふ事が出來て大に面白かつた。殺鼠劑の商標に猫が手※(ハンカチ)で涙を拭つて居る圖は見覺えのあるものであるが、PARK 公園などと云ふ石鹸は餘程名に困つた物と見える。それでも二つの概念を心理學的に乃至藝術的に聯絡させてゆくと、俳句などとは違つたまた一種の興味あるのを知るに至る。其他化粧品に菖蒲と翡翠(ひすゐ)との組合せがある。怪しい洋人の移寫したやうな字で「サムライ印」とかいふ騎馬武者の木綿織物の商標は、予をして漫ろに横濱のサムライ商會の店頭の裝飾を想起せしめた。是れ亦確かに西洋人に映つた日本趣味の反射であらう。「櫻山」と云ふ清酒がある。「吉野」といふのがある。かう云ふのはよく今迄他の人が附けずに置いたものだと感心する。道中姿の華魁(おいらん)の胸から腰にかけて「正宗」とやつたのは露骨であるが奇拔である。Bacchus Venus と雙方を神性にする西洋の思想に對照して考へると更に一段と面白い。鶫麹漬といふのは何と讀むのかしらむ。電車の全形を圖案に仕組むなどは素人は大膽なものだ。
天明頃の「江戸町中喰物重寶記」といふ本を見た事がある。その中の屋號(やじるし)や紋所や簡單な縁(ふち)を附けた廣告を思ひ出す。當時有名だつたといふおまん鮨などの廣告を見ると一種懷しい妙な心持になる。神社佛閣に張る千社札を三卷の帖に集めた好事家の苦心に驚かされた事があつたが「日本廣告畫史」などを完成するやうなのん氣な時代はいつ來る事やら。さう云へば立派な浮世繪史さへまだ碌々に出來て居ないでは無いか。(三月二十九日神戸にて。)
昨夜神戸に入る前に日中京都で暮した。けれども今何も目に殘つて居るものとては無い。あれば唯河原の布晒し位のものだ。庚申(かうしん)橋とかいふ橋の下に大小紅紫いろいろの友禪の半襟を綱に弔るして居たのが、如何にも春らしく京都らしく好い氣持であつた。も一つは黒田清輝さん流のコバルト色の著物の男が四斗樽へ一ぱい色々の切(きれ)を入れて、それをこちこちと棒でかき※して居たのを見た。背景に緑を斑入(ふい)れにして灰色の河原の石の上に、あちらこちらに干されたる斑らに鮮かな色の布。こんな景色は澤山見られた。然し京都では、たとへば一人の人が河原に仕事をしてゐて、五六の人が惘然(ばうぜん)とそれを眺め入つて居る所も、油繪のやうには見えないで、却つて古い縁起ものの繪卷物の一部を仕切つたやうに見えるのである。京極の方から迷ひ込んで何とかいふ長い市場の通りを歩いたが、その兩側の家の、たとへば蒲鉾屋の淡紅淡緑、縞入りの蒲鉾、魚屋の手繰(てぐ)りものの小鯛、黒鯛、鰺、魴※(はうぼう)の類はいかにも綺麗に並んで居るが、然し決してカン※スとテレビンで取扱ふ事の出來るものでは無い。やはり祐信、春信等の趣味である。
だから三條四條邊の町でよく見られる骨董店の英山、歌麿の類は、今の東京で見るより、こちらで見た方がいかにも當然で、居る可き所に居るやうに見えるのである。
燈が點いてから三條から四條へ出る河沿の通りを歩いて見た。「未墾地」のネシユダノフがロココ趣味の老夫婦が家に入る時の心より更に不思議な情調に捉へられた。もう柳の間から水に映る燈が見られた。
いろいろの人を訪ねたが誰にも會ふことが出來なかつた。其晩神戸に入つた。(三月二十九日神戸にて。)
こつちへ來る前にHYと君の居る桶屋さんの家を訪ねたが生憎お留守で殘念であつた。その前にもひとりの人と三人で中澤弘光氏の工房を尋ねて、それから君の處へ行つたのである。
京都見物の前に中澤さんの所で「京都の豫感」を、實は味はうと思つたのだが、生憎京都のスケツチはみんな板彫の方に※つて居たので見る事が出來なかつた。僕等は決して自然の景情を絶對的な自分の眼といふもので見る事が出來ないのだ。餘程其時代を支配してゐる大家に便つて居るのだ。たとへば春さき灰緑に芽ぐんで來る佃(つくだ)島の河沿の河原の草などを見る時分には、どうしても黒田さんの樣風(マニエエル)を想ひ出さずには居られない。東京の自然界で黒田さんと廣重との配調(アランジマン)を味ふのを、京都で祐信と中澤にしようと思つたのだが、中澤さん情調を吹きかけられることの出來なかつたのは遺憾であつた。
其代り氏の温泉スケツチの類集(セリイ)は見る事が出來た。温泉といふものは官能的にも固(もと)より愉快なものだが、更に繪畫の標準に換算しても亦面白いものでなければならぬ。白い裸體と紫色に澄んだ泉の表面とを主調とした色彩畫派的(コロリスチツク)の色彩諧調は思ひ出した丈でも食欲をそそる。
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京阪聞見録 (けいはんぶんけんろく) のリンク元
- http://atpedia.jp/word/%E7%A5%9E%E6%88%B8%E5%B8%82
- [[ezweb]] 木下優樹菜の官能小説
- http://green.search.goo.ne.jp/search?OE=UTF-8&STYPE=web&MT=%E4%BA%AC%E9%83%BD%E7%94%9F%E6%86%8E&IE=UTF-8&FR=30&from=next
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木下優樹菜生年月日:1987年12月04日(22歳)身長:168体重:54B:88W:58H:86カップ:DWikipedia:関連URL:http//ja.wikipedia.org/wiki -
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転校生がC組にきてるらしいぜ」中村省吾。こいつはケンカするけどやっぱなかいいやつアリス「へえ、あずのところじゃん」中村「ああ。なんか女の子で木下・・・なんとかってやつ」アリス「もしかして木下愛梨?」中村「それ -
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南斉 - ひみつ基地のひみつ - ひみつ基地のひみつ
本名は南斉博隆(なんざいひろたか)。帝都計画建設公社勤務。まちづくり担当。1976年生まれ。血液型はA型。早稲田大学卒。よく木下をいじって遊ぶ。2007年5月に結婚した。嫁の美路ともども、木下と山に登ったりして遊んでいる。
