人口論 00 訳序/凡例/解説/序言/前書 - マルサス トマス・ロバート ( マルサス トマス・ロバート )
人口論
AN ESSAY ON THE PRINCIPLE OF POPULATION
訳序/凡例/解説/序言/前書
トマス・ロバト・マルサス Thomas Robert Malthus
吉田秀夫訳
訳序
マルサス『人口論』の第一版と第二版との間に大きな差異があることは、どの本にも書いてあり誰でも知っている。しかしその第二版以後がどうかということになると、余りはっきりしていないようである。しかし実際は、『人口論』はマルサスの生きている間に六版を重ねており、その各々にはいずれも訂正または増補が行われているのであって、同一の版本は一つもないのである。もちろん第二版の訂正増補が最大であるが、これに次いでは第三版及び第五版のそれである。そして第四版及び第六版はその各々の前の版の再刻と普通には称せられているが、それでさえ実は修正が加えられているのである。
これらの訂正ないし増補の跡を辿ることは、単にペダンティックな趣味のためであるならば、実に下らないことである。しかしながら実は、マルサスの『人口論』は、経済学に関する理論的著述であるよりはむしろ階級的利益の代弁書である。そしてこのことは、代弁せらるべき利益の情勢の変化につれて代弁理論が刻々と前後撞着的に変化してゆくことに最もよく露呈されるのである。この意味で、『人口論』こそは、そのある版本だけを読了しそれだけで理解の行く本ではなく、ぜひともその各版本を比較読了しなければならぬのである。
しかしながら、それだからと云って、六種の版本について格別に六種の訳本を出すことは無用の業である。したがって私は、ただ一つの訳本でしかも前後六版の変化が辿れるような飜訳をしてみたいと、前から考えていた。しかし各版の文句を噛み合せるという形(私がマルサスの『経済学原理』の岩波文庫版で試みた形)ではこれは到底行い難い。けだし各版の差異が大である上に、本が六種にも及ぶので、無理にこれを実行してみたところで煩わしくて読めるものではないからである。
そこで今囘再建春秋社によって機会が与えられたので、とにかく本文については一応第六版を基礎とし、これになるべく読む邪魔にならぬような形で細字で訳者註を加えて、各版の差異を現すこととした。読み方については別記『凡例』を参照せられたく、また『人口論』の階級的本質その他については『解説』を参照せられたい。
最後に一言すれば、私はかつてこの試みを少しやりかけたのであるが、それは戦争のために抛棄せざるを得なくなった。従って今囘はこれを改めてはじめからやり直したのであるが、それにもかかわらず当時の試みに関する御配慮につき堀經夫博士にここに謝意を表したい。また今日の試みに当っては美濃口時次郎教授及び東京商大図書館の御配慮によって希覯図書を接見するの便宜を与えられた。併せて感謝の意を表する。なお春秋社の瀬藤五郎及び鷲尾貢の両氏、並びに原稿整理その他各般の事務につき多大の便宜と助力とを与えられた高橋元治郎氏及び高橋一子君にも厚く謝意を表したい。
一九四八年六月
大久保にて
訳者
凡例
一、本訳書はマルサス『人口論』の第六版を全訳し、これに加えて、第一―第五版にこれと異る記述がある場合、その他関連的記述のある場合、その重要なものを対照附記したものである。
二、第六版の本文の全文は大きな文字で印刷し、その他の部分は訳註として小さな文字で印刷されている。
三、従って、第六版を通読しようと思う人は、訳註を飛ばして、大きな文字で印刷されているところだけを通読されたい。
四、第一―第六版のいずれをとっても同一の版本は一つもない。しかしその差異の全部を表わすことは、いたずらに煩わしくなるだけであるから、重要と思われるもののみを表すこととした。
五、なお各版の出版年次は次の通りである。
第一版――一七九八年
第二版――一八〇三年
第三版――一八〇六年
第四版――一八〇七年
第五版――一八一七年
第六版――一八二六年
右の各版相互の関係については、詳しくは巻頭の『解説』を参照せられたい。
マルサス『人口論』解説
一
トマス・ロバト・マルサスの『人口論』(Thomas Robert Malthus, An Essay on the Principle of Population.)が匿名の下にはじめて世に現れたのは、一七九八年である。
それはフランス大革命とそれに続くナポレオン戦争の時代であった。そして『人口論』はまさしく一つのフランス革命の子であると云うことが出来る。しかしそれは革命の側に立ってこれを鼓舞する書ではなく、革命の情熱に冷水を浴びせる書であった。
由来フランスは、一七八九年の大革命に至るまでは、絶対王制によって統治されていた。しかし実際上の権力は貴族及び僧侶の手にあった。これらの権力者は、貨幣を代償として、種々の特権を大貨幣地主に売渡していた。これらの諸階級は、商人資本及び高利貸資本による封建的農業関係の分解によって生じた農民の貧困や、形成されつつある近代都市に溢れている汚辱的貧困と対照的に、極度の奢侈生活を営んでいた。殊に豪奢の競争において大貨幣地主との助力結合を得て終(つい)に封建貴族を威圧するに至ったところの国王の宮廷における奢侈は、言語に絶するものがあった。ために公債は激増し租税は加重された。しかも対外的には、アメリカにおける植民地は失われ、そこにおける艦隊は無に帰し、またドイツにおいては屈辱的大敗をなめなければならなかった。このことはまたも公債租税の累進に著しい拍車をかけ、フランスの財政は破産に瀕した。かくて特権を享受し得なかった所の小生産者、農民、中小商人資本家は、国王に対し叛旗を飜(ひるがえ)して立った。一七八九年に革命が勃発するや、バスティユは開かれ土地は地主から奪われた。九二年には権力は小資本家及びパリの労働者の手におち、王制は廃止され、九三年には革命はその絶頂に達したのである。
実にこの革命は封建制度の晩鐘であり資本制制度の暁鐘であった。それは英国にも大きな影響を与えずにはおかなかった。けだし英国は既に数度の革命によって一応立憲的政治形態をとるに至っていたとはいえ、しかもそこには沈淪の状態にある無数の破滅せる農民や小生産者や労働貧民が溢れていたからである。彼らはフランスの『国民』がその貧困の状態を打破せんがために、その貧困の原因と考えられるいわゆる『デスポティスム』に対して立ち上ったのを見た。そして彼ら自身また立って、自己の貧困を打開せんがために、現存する社会制度特に政治制度を打破せんとしたのである。すなわちそれは一方においては、実践的に、いわゆる『通信協会』の運動を、イングランド、スコットランド、及びアイルランドの全英国にわたって、燎原の火の如くに進展せしめると共に、また他方においては、理論的に、リチャアド・プライスのフランス革命謳歌に端を発するエドモンド・バアク対ラディカルズの論争となって現れた。ラディカルズにして論争に参加し革命を讃美し英国の状態を批判したものは、プライスを別としても、メアリ・ウォルストウンクラフト、ジョウジフ・プリイストリ、ジェイムズ・マッキントッシュ、トマス・ペイン、ウィリアム・ゴドウィンをはじめ数十人に上り1)、他方これに反対せるものは、バアクを別としても、ジョン・ホロウェイ、エドワド・セイア、ウィリアム・コックス等多数に上った2)。更にまた『通信協会』も、トマス・ハアディ、トマス・ホルクロフト、ホオン・トゥック、トマス・ペイン等によって代表される『ロンドン通信協会』を中心として、その影響は急速に、全英の小生産者、小資本家、労働者の階級の間に拡がって行った。
これらの訂正ないし増補の跡を辿ることは、単にペダンティックな趣味のためであるならば、実に下らないことである。しかしながら実は、マルサスの『人口論』は、経済学に関する理論的著述であるよりはむしろ階級的利益の代弁書である。そしてこのことは、代弁せらるべき利益の情勢の変化につれて代弁理論が刻々と前後撞着的に変化してゆくことに最もよく露呈されるのである。この意味で、『人口論』こそは、そのある版本だけを読了しそれだけで理解の行く本ではなく、ぜひともその各版本を比較読了しなければならぬのである。
しかしながら、それだからと云って、六種の版本について格別に六種の訳本を出すことは無用の業である。したがって私は、ただ一つの訳本でしかも前後六版の変化が辿れるような飜訳をしてみたいと、前から考えていた。しかし各版の文句を噛み合せるという形(私がマルサスの『経済学原理』の岩波文庫版で試みた形)ではこれは到底行い難い。けだし各版の差異が大である上に、本が六種にも及ぶので、無理にこれを実行してみたところで煩わしくて読めるものではないからである。
そこで今囘再建春秋社によって機会が与えられたので、とにかく本文については一応第六版を基礎とし、これになるべく読む邪魔にならぬような形で細字で訳者註を加えて、各版の差異を現すこととした。読み方については別記『凡例』を参照せられたく、また『人口論』の階級的本質その他については『解説』を参照せられたい。
最後に一言すれば、私はかつてこの試みを少しやりかけたのであるが、それは戦争のために抛棄せざるを得なくなった。従って今囘はこれを改めてはじめからやり直したのであるが、それにもかかわらず当時の試みに関する御配慮につき堀經夫博士にここに謝意を表したい。また今日の試みに当っては美濃口時次郎教授及び東京商大図書館の御配慮によって希覯図書を接見するの便宜を与えられた。併せて感謝の意を表する。なお春秋社の瀬藤五郎及び鷲尾貢の両氏、並びに原稿整理その他各般の事務につき多大の便宜と助力とを与えられた高橋元治郎氏及び高橋一子君にも厚く謝意を表したい。
一九四八年六月
大久保にて
訳者
凡例
一、本訳書はマルサス『人口論』の第六版を全訳し、これに加えて、第一―第五版にこれと異る記述がある場合、その他関連的記述のある場合、その重要なものを対照附記したものである。
二、第六版の本文の全文は大きな文字で印刷し、その他の部分は訳註として小さな文字で印刷されている。
三、従って、第六版を通読しようと思う人は、訳註を飛ばして、大きな文字で印刷されているところだけを通読されたい。
四、第一―第六版のいずれをとっても同一の版本は一つもない。しかしその差異の全部を表わすことは、いたずらに煩わしくなるだけであるから、重要と思われるもののみを表すこととした。
五、なお各版の出版年次は次の通りである。
第一版――一七九八年
第二版――一八〇三年
第三版――一八〇六年
第四版――一八〇七年
第五版――一八一七年
第六版――一八二六年
右の各版相互の関係については、詳しくは巻頭の『解説』を参照せられたい。
マルサス『人口論』解説
一
トマス・ロバト・マルサスの『人口論』(Thomas Robert Malthus, An Essay on the Principle of Population.)が匿名の下にはじめて世に現れたのは、一七九八年である。
それはフランス大革命とそれに続くナポレオン戦争の時代であった。そして『人口論』はまさしく一つのフランス革命の子であると云うことが出来る。しかしそれは革命の側に立ってこれを鼓舞する書ではなく、革命の情熱に冷水を浴びせる書であった。
由来フランスは、一七八九年の大革命に至るまでは、絶対王制によって統治されていた。しかし実際上の権力は貴族及び僧侶の手にあった。これらの権力者は、貨幣を代償として、種々の特権を大貨幣地主に売渡していた。これらの諸階級は、商人資本及び高利貸資本による封建的農業関係の分解によって生じた農民の貧困や、形成されつつある近代都市に溢れている汚辱的貧困と対照的に、極度の奢侈生活を営んでいた。殊に豪奢の競争において大貨幣地主との助力結合を得て終(つい)に封建貴族を威圧するに至ったところの国王の宮廷における奢侈は、言語に絶するものがあった。ために公債は激増し租税は加重された。しかも対外的には、アメリカにおける植民地は失われ、そこにおける艦隊は無に帰し、またドイツにおいては屈辱的大敗をなめなければならなかった。このことはまたも公債租税の累進に著しい拍車をかけ、フランスの財政は破産に瀕した。かくて特権を享受し得なかった所の小生産者、農民、中小商人資本家は、国王に対し叛旗を飜(ひるがえ)して立った。一七八九年に革命が勃発するや、バスティユは開かれ土地は地主から奪われた。九二年には権力は小資本家及びパリの労働者の手におち、王制は廃止され、九三年には革命はその絶頂に達したのである。
実にこの革命は封建制度の晩鐘であり資本制制度の暁鐘であった。それは英国にも大きな影響を与えずにはおかなかった。けだし英国は既に数度の革命によって一応立憲的政治形態をとるに至っていたとはいえ、しかもそこには沈淪の状態にある無数の破滅せる農民や小生産者や労働貧民が溢れていたからである。彼らはフランスの『国民』がその貧困の状態を打破せんがために、その貧困の原因と考えられるいわゆる『デスポティスム』に対して立ち上ったのを見た。そして彼ら自身また立って、自己の貧困を打開せんがために、現存する社会制度特に政治制度を打破せんとしたのである。すなわちそれは一方においては、実践的に、いわゆる『通信協会』の運動を、イングランド、スコットランド、及びアイルランドの全英国にわたって、燎原の火の如くに進展せしめると共に、また他方においては、理論的に、リチャアド・プライスのフランス革命謳歌に端を発するエドモンド・バアク対ラディカルズの論争となって現れた。ラディカルズにして論争に参加し革命を讃美し英国の状態を批判したものは、プライスを別としても、メアリ・ウォルストウンクラフト、ジョウジフ・プリイストリ、ジェイムズ・マッキントッシュ、トマス・ペイン、ウィリアム・ゴドウィンをはじめ数十人に上り1)、他方これに反対せるものは、バアクを別としても、ジョン・ホロウェイ、エドワド・セイア、ウィリアム・コックス等多数に上った2)。更にまた『通信協会』も、トマス・ハアディ、トマス・ホルクロフト、ホオン・トゥック、トマス・ペイン等によって代表される『ロンドン通信協会』を中心として、その影響は急速に、全英の小生産者、小資本家、労働者の階級の間に拡がって行った。
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