人外魔境 08 遊魂境 関連リンク

小栗 虫太郎 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

人外魔境 08 遊魂境 - 小栗 虫太郎 ( おぐり むしたろう )

  • 小栗虫太郎「人外魔境」有尾人畸獣秘境怪奇冒険幻想譯★海外OK
  • 横田順弥 文庫3冊◆火星人類の逆襲,人外魔境の秘密 他
  • ★小栗虫太郎『人外魔境』桃源社★昭和の奇書
  • 「人外魔境」小栗虫太郎手塚治虫桑田次郎水木しげる横山光輝怪奇
  • 日本探偵小説全集「小栗虫太郎集」怪猟奇エログロ新青年人外魔境
  • 即決!★小栗虫太郎★【人外魔境】★桃源社
  • 「人外魔境」小栗虫太郎手塚治虫桑田次郎水木しげる横山光輝怪奇
  • # 人外魔境 小栗蟲太郎 桃源社
  • 小栗虫太郎「人外魔境」
  • 巨大マーケット「1000万人外国人向け市場」★顧客獲得戦略
次のページ
人外魔境 遊魂境    死体、橇を駆る※  いよいよ本篇から、魔境記も大ものばかりになってくる。まず、その手初めが“Ser-mik-suah(セル・ミク・シュア)”グリーンランド中部高原北緯七十五度あたり、氷河と峻険と猛風雪と酷寒、広茫(こうぼう)数百の氷河を擁する未踏地中のそのまた奥。そこに、字義どおりの冥路(よみじ)の国ありという、“Ser-mik-suah(セル・ミク・シュア)”は極光下の神秘だ。では一体、その「|冥路の国(セル・ミク・シュア)」とはどういうところか。
 まず、誰しも思うのは伝説の地だということ。グリーンランド内部は、八千フィートないし一万フィート高さのわたり、大高原をなしている。そして、それを覆う千古の氷雪と、大氷河の囲繞(いにょう)。とうてい五百マイルの旅をして核心を衝くなどということは、生身(なまみ)の人間のやれることではない。だから、そこに冥路の国がある、死んだ魂があつまる死霊の国がある――とエスキモー土人が盲信を抱(いだ)くようになる。
 と、これがマアいちばん妥当なところで……たぶん皆さんもそうお考えであろうと思われる。また、「|冥路の国(セル・ミク・シュア)」について多少の知識のある方は、一歩進んだものとして次のようなことも言うだろう。
 馬来(マライ)の狂狼症(アモック)をジャングルの妖とすれば、「|冥路の国(セル・ミク・シュア)」の招きは氷の神秘であろう。それに打たれた土人狂気のようになり、家族をわすれおのが生命をも顧(かえり)みず、日ごろ怖れている氷嶺の奥ふかくへと、橇(そり)をまっしぐらに走らせてゆく。まばゆい曼珠沙華(まんじゅしゃげ)のような極光(オーロラ)の倒影。吹雪、青の光をふきだす千仭(せんじん)の氷罅(クレヴァス)。――いたるところに口を開く氷の墓の遥かへと、そのエスキモーは生きながら呑(の)まれてゆく。
 と、いうように氷の神秘解釈する。それだけでも、「|冥路の国(セル・ミク・シュア)」は興味|津々(しんしん)たるものなのに、一度折竹の口開かんか、そういう驚異さえも吹けば飛ぶ塵のように感じられる。それほど……とは何であろう※ 曰く想像もおよばず筆舌に尽せず……ここが真の魔境中の魔境たる所以(ゆえん)を、これからお馴染(なじみ)ふかい折竹の声で喋(しゃべ)らせよう。
「なるほど、君も『|冥路の国(セル・ミク・シュア)』について、ちっとは知っているね。だが一つだけ、君がいま言ったなかに間違いがあるよ。というのは、『|冥路の国(セル・ミク・シュア)』の招きでエスキモーが橇(そり)を走らせる。まるで、とっ憑(つ)かれたようになって、夢中でゆく。というなかに、一つだけある」
「へええ、というと何だね」
「つまり、生きた人間ではないからだ。その、橇をはしらせるエスキモーは、死んだやつなんだ」
「そうだろうよ」と、私はひとり合点をして、頷(うなず)いた。ついに、折竹も語るに落ちたか、魔境中の魔境などと偉そうなことをいうが、やはり結句は、死霊あつまるというエスキモー迷信|譚(たん)。よしよし日ごろやっつけられる腹癒(はらい)せに今日こそ虐(いじ)めてやれと、私は意地のわるい考えをした。
「なるほど、死んだ人間が橇をはしらせる。じゃそれは、魂なんてものじゃない、本物の死体なんだね」
 と参ったかとばかりに言うと、意外なことに、
「そうだ」と折竹が平然というのである。
死体が橇を駆(か)る。ふわふわと魂がはしらせる幻の橇なんて、そりゃ君みたいな馬鹿文士の書くことだ。あくまで、冷たくなったエスキモー人の死体。どうだ」
 私は、しばしは唖然(あぜん)たる思い。すると、折竹がくすくすッと笑いながら、懐(ふところ)から洋書のようなものを取りだした。みると「|グリーンランズの氷河界(ユーベル・グレーランズ・グレッチェルウェルト)」という標題。一八七〇年にグリーンランド東北岸、マリー・ファルデマー岬に上陸したドイツ隊の記録だ。それを、折竹がパラパラっとめくり、太い腕とともにぐいと突きだしたページには、

 翌五月十六日、依然天候は険悪、吹雪はますます激しい。天幕(テント)内の温度零下五十二度。嚢内からはく呼吸(いき)は毛皮に凍結し、天幕(テント)のなかは一尺ばかりの雪山だ。すると突然エスキモーの“E-Tooka-Shoo(エ・ツーカ・シュー)”が死んだような状態になった。脈は細く、ほとんど聴きとれない。体温三十二度。まさに死温。
「死んだよ」と、私がもう一人エスキモーの“AL-Ning-Wa(アル・ニン・ワ)”にふり向いて、
「だが、どうして急にこんな状態になったか、わからん。さっきまで、ピンシャンしてた奴が、急にこうなっちまった
 と、その時だ。いきなり、死んだはずのエ・ツーカ・シューが、むっくと起きあがった。蘇えったか、と、支えようとする私をアル・ニン・ワは押しとどめ、
「死んでいるだよ。動いているだが、エ・ツーカ・シューは死んでいるだ」という。私が、なにを言うかと屹(き)ッとみる目差(まなざ)しを、その老エスキモー受けつけぬように静かに、
「論より証拠というだて、ちょっと手を握ってみなせえ、脈はあるだかね。おいら、生きてる人間みてえに、暖かになったかね」
 なるほど先刻(さっき)と、彼のいうとおり少しも変っていない。


次のページ

小栗 虫太郎 (おぐり むしたろう) 以外のオススメ作品

人外魔境 08 遊魂境 のリンク元

「人外魔境 08 遊魂境-小栗 虫太郎」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN