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人民戦線への一歩 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • ☆『人民戦線』昭和22年6.7月号人民戦線社
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 うちを出て、もよりの省線の駅までゆく途中の焼跡にも、この頃はいろいろの露店が出はじめた。葭簀(よしず)ばりの屋台も、いくつかある。
 きのう、霜どけのぬかるみを歩いてその通りをゆくと、ちょうど八百やが露店を出していた。人参、葱、大根が並んでいる。鉢巻した売りてが、大きい一本大根をぶら下げて、あっちからこっちへと積みかえながら、
「さア、この大根だと、一本十六円」
 そう呼んでいる。何人かの男女が、八百やの前に佇んでいた。が、誰も彼も黙然として野菜を見下し、その声をきいているのであった。
 少し行くと、魚やが出ていた。この辺に、こんなどっさり品数を並べた魚やは、珍しい。好奇心に誘われて、人垣の間から首をのぞけてみたらば、鮪百匁五十五円と書いた札が先ず目についた。そこでも、たかっている人のどっさりの中で、実際そのとき買っているという女も男も見当らなかった。やっぱり、口かず少く、百匁五十五円のマグロ、一山十五円のカキの皿を眺めおろしているのであった。
 そこ、ここにこうして市場まがいのものが出はじめた。そして、街頭は、人出が繁いのであるが、さて、今日地道な生活の人々はもう値段かまわぬ買物をして暮す気分ではなくなった。戦時利得税をいずれ払わなくてはならず、しかも、大財閥に対してのように、政府様々の法式を考案して、とり上げた金をまた元に戻してよこしてくれる当もない。戦時成金ばかりが、昨今、使ってしまえという性質の金銭をちらしているのである。
 つい先頃、一月十日までの供出米は、予定の二割ばかりしかないという報道があった。殆ど時を同じくして、農林大臣は、米の専売案を語り、農林省の下級官吏たちは大会をもって、食糧人民管理を主張した。この対照は、新聞をよんだすべての人々に、深い関心をよびさましたと思う。農林省につとめていれば、食糧関係のあらゆる行政の網が分っていたのは当然であろう。その道の専門家が揃って、人民管理をよしとするからには、疑いもなく農会営団その他機構に、満足されない何か存在しているからである。どんな長閑(のどか)なこころも、日本現実の中で「横流し」という術語を知らないものはなくなっているのである。
 新聞などを見ても、食糧人民管理への関心は高まって来ていて、一般の方向は、そちらに傾いているように見える。つい、二三日前、この気勢に一つの刺戟を与えるような実例があった。東京板橋の区民が、食糧管理委員会組織し、板橋造兵廠内に隠匿されてあった食糧発見、それを区民に特別分配した。新聞は、群集した区民に向って、気前よく米、麦、大豆乾パン類を分配している光景スナップを掲載した。
 それはこの一月二十一日ごろのことであったと思うが、二十四日の新聞には、農林省で、米の強制供出案をもっていることと、警視庁が「板橋事件」重視しているということと、一層強くなっている食糧人民管理の潮先とが、並んで一枚の紙面を埋めているのである。宮城地方では、農民が「隠匿油罐を踏み台」にして政府主食強制買上に反対の気勢を上げた。農民の、分厚い肩が重なって、話をきいている写真が、のっている。
 昨今の日本では、数日うちに、事態がどしどしと推移してゆく。私たちも、それに馴れて来ている。しかし、この板橋での出来ごとや強制買上げ案、警視庁意見の公表の調子などの間には、私たち人民が、ふむ、こんな風か、と読みすごしてはならない、極め微妙、深刻な、何かの底流が潜んでいるのではなかろうか。
 私たち日本人民は、やっとこのごろ、自分たち人民としての自信と主動性とを理解して来たような段階にある。漸く、永年強いられて来た欺瞞に盲従する習慣から脱して、少しずつ、人民生存人民の知慧、判断行動で守り、平和安定日常にもたらそうとして動きはじめたところである。経済政治文化の全面にわたって人民としての要求を貫徹し、日本民主化を徹底させるための人民戦線民主戦線ということが、私たちの現実的で発展性ある方法として、身近いものとなりつつある。人民は、自分の全生活について自分たちで判断・配慮し、分別してゆくことが、とりも直さず民主政治実体であることを学びつつあるのである。
 この頃の毎日は、そういう意味で、日本の私たちにとって全く歴史的な日々となって来た。それだからこそ、一日一日のうちに起るいくつもの事象について、私たちは極め注意ぶかくなくてはならない。聰明に現実的に、自分たちの新しき構想の完成に努力しなければならないのである。
 こういう心もちからいうと、どうしても、私たちは「板橋事件強制供出その他一つらなりの食糧問題解決への場面で起った現象をももうすこし細かに観察し、学ぶべきことがあると感じる。
 第一農林省は現に自分の懐の中に、官吏たちの団体行動をはらんでおり、それは食糧人民管理を叫んでいるのに、本気で、農民に、強制手段で向う心算であろうか。
 健全常識は、この疑問に対して「まさか」と答える。まさか、政府強制して買上げたからといって、おいそれと出て来る今年の米でないことは十分わかっているだろう。もし、そうだとするならば、第二の問が生れて来る。出来にくい相談と分っているものを唯さえ、無策無策で信頼を失っている今日政府が、念入りに何故、農民に向って新しく出しかけるのであろうか。
 わたしたちが、一人民として、大いに洞察しなければならない社会的なモメントはここの点にかかっている。一見、愚劣と思われ、誰しも反対すると思われる方策を、政府が強権によって発動させる、という、その技術上の意味を、わたしたち人民は見抜く必要があるのではなかろうか。
 宮城のみならず、おそらく、日本じゅうのあらゆる農村で、強制供出案は、うけいれられまい。このごろの農村で、農民組合その他農民の自主的な団体のないところは少かろう。
 この二つの条件は、日本じゅうの村々で、農民たちがこの問題中心として集り、相談し、協議し、決定して、一つの一致した結論を導き出すだろうということを予想させる。


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