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人魂火 - 長谷川 時雨 ( はせがわ しぐれ )

  • 初版「芸人魂」マルセ太郎 講談社
  • 浮世絵木版画/本物 国貞Ⅱ役者3枚続「狐忠信」人魂*状態良し
  • ■カンコンキンシアター20・軍人魂■牛丼太郎骨皮筋衛門関根勤■
 これは私(あたくし)の父が、幼いころの気味の悪(わ)るかったことという、談話(はなし)のおりにききましたことです。場処は通油町(とおりあぶらちょう)でした。祖母が目をかけてやっていた、母子(おやこ)二人|世帯(じょたい)の者が、祖母の家(うち)の塀外(へいそと)に住んでいた、その息子の方(ほう)のことです。母親という人は後家で通して来たので、名代(なだい)の気丈なものだったそうですが、ある夜、もうかれこれ更(ふ)けて、夏の夜でしたが、涼み台もしまおうという時分に、その後家の家(うち)の軒前(のきさき)へ人魂(ひとだま)がたしかに見えたと、近所の者が騒ぎだしたのです。私の父も見たともうしました。するとその母親が、息子が留守だと思って馬鹿にすると、大変|家(うち)のなかから怒ったそうで御座(ござ)いました。それでその折は過(すぎ)てしまったのでしたが、翌朝になると祖母の処(ところ)へ、その母親が顔色をかえてきて言うには、昨夜(ゆうべ)あれから間もなく、外で大変な風の音がしたと思うと、仏壇位牌(いはい)もなにもかも、みんな倒れました、それがいちどきにでしたから気になって、夜の明けるのを待兼(まちかね)てそこらを見ますと、息子の大切にしていた鉢植(はちうえ)――盆栽ものが、みんな倒(たおれ)ている。そればかりならまだしも、大きな音がして戸へもののぶつかった窓から、仏壇へゆく途(みち)のものは、なにもかもみんな倒れているというので、母親息子の帰(もど)らないのを、大変気にして祖母のところへ来たのですが、息子はいつも夜どまりをしつけているので、まさかとは頼みにもしていたのですが、ところが直(すぐ)近所の料理店(りょうりや)へ、例(いつ)も来る豆腐売りがぼんやりと荷物ももたずに来て、実は昨夜(ゆうべ)、御近所の何(なに)さんに浜町河岸(はまちょうがし)で、私が夜網(よあみ)にゆく道で逢ったところが、なんでも一所(いっしょ)にゆくというので出かけて、だんだん夜が更(ふ)けてから、ふと気がつくと、今までそこに立って網をもっていた何(なに)さんの姿がなくなっている。どうした事かと一生懸命に呼びもしたり、探ねあかしたが、かいくれ行方がしれぬので、まったく死んだのか、それとも自分がどうかしているのかと思って、お宅まで問合(といあわ)せに来たと語ったのから、大騒ぎになったともうします。全く水に落(おち)て死んだので、その日死体があがったと言います。父が見に行きました時、下むきになっていましたが、丁字髷(ちようじまげ)は乱れて、小肥(こぶと)りの肩から、守袋(まもりぶくろ)の銀ぐさりをかけていたということで御座(ござ)います。



底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫筑摩書房
   2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
   1909(明治42)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2007年11月20日作成
青空文庫作成ファイル
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