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什器破壊業事件 - 海野 十三 ( うんの じゅうざ )

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   女探偵(おんなたんてい)の悒鬱(ゆううつ) 「離魂(りこん)の妻(つま)」事件で、検事六条子爵がさしのばしたあやしき情念燃ゆる手を、ともかくもきっぱりとふりきって帰京した風間光枝(かざまみつえ)だったけれど、さて元の孤独に立ちかえってみると、なんとはなく急に自分身体が汗くさく感ぜられて、侘(わび)しかった。 「つよく生きることは、なんという苦しいことであろうか?」  彼女は、日頃のつよさに似ず、どういうものかあれ以来急に気が弱くなってしまった。たったあれくらいのことで、急に気が弱くなってしまうというのも、所詮(しょせん)それは女に生れついたゆえであろうが、さりとは口惜(くちお)しいことであると、深夜ひそかに鏡の前で、つやつやした吾れと吾が腕をぎゅっとつねってみる光枝だった。
 彼女急性悒鬱症(きゅうせいゆううつしょう)については、彼女の属する星野私立探偵所内でも、敏感(びんかん)な一同の話題にのぼらないわけはなかった。だが、余計な口を光枝に対してきこうものなら、たいへんなことになることが予(かね)て分っていたから、誰も彼も、一応知らぬ半兵衛(はんべえ)を極(き)めこんでいたことである。
 ところが、或る日――星野老所長は、風間光枝を自室へ呼んで、
「君はなにかい、帆村荘六(ほむらそうろく)という青年探偵のことを聞いたことがないかね」
 と、だしぬけの質問だった。
 帆村荘六――といえば、理学士という妙な畑から出て来た人物だ。それくらいのことなら光枝も知っているが、他はあまり深く知らない。そのことをいうと、老所長は、
「あの帆村荘六という奴は、わしと同郷(どうきょう)でな、ちょっと或る縁故(えんこ)でつながっている者だが、すこし変り者だ。その帆村から、若い女探偵の助力(じょりょく)を得たいことがあるから、誰か融通(ゆうずう)してくれといってきたんだ。どうだ、君ひとつ、行ってくれんか」
「はあ。どんな事件でございましょうか」
「いや、どんな事件か、わしはなんにも知らん。ただはっきり言えるのは、彼奴(あいつ)はなかなかのしっかり者で、婦人に対してもすこぶる潔癖(けっぺき)だから、その点は心配しないように」
 老所長の言葉は、なんだか六条子爵のことを言外(げんがい)に含めていっているようにも響(ひび)いた。
 とにかく風間光技は、日毎夜毎(ひごとよごと)の悒鬱を払うには丁度(ちょうど)いい機会だと思ったので、早速(さっそく)老所長の命令に従(したが)って、自分の力を借りたいという帆村荘六事務所へでかけたのだった。
 帆村の探偵事務所は、丸(まる)の内(うち)にあったが、今時(いまどき)流行(はや)らぬ煉瓦建(れんがだて)の陰気(いんき)くさい建物の中にあった。びしょびしょに濡(ぬ)れたような階段を二階にのぼると、そこに彼の事務所名札(なふだ)が下げてあった。彼女は、入口に立っていちょっと逡巡(しゅんじゅん)したが、意を決して扉を叩いた。すると中から、
「どうぞ、おはいりください。扉に錠(じょう)はかかっていませんから、あけておはいりください」
 と、若々しいはっきりした声が聞えた。風間光枝は、吾れにもなく、身体がひきしまるように感じて、扉を押した。すると、室内には、入ったすぐのところに大きな衝立(ついたて)があって、向うを遮(さえぎ)っていた。その衝立の向うから、ふたたび声がかかった。
「さあどうぞ。どうぞ、その椅子に掛けて、ちょっとお待ちください。ちょっといま手が放せないことをやっていますから、掛けてお待ちください」
「はあ、どうも。では失礼いたします」
 風間光枝は、挨拶(あいさつ)をかえして、入口を入った左の隅(すみ)のところにある応接椅子に腰を下ろした。その傍(わき)に、別な部屋へいくらしい扉があって、閉っていた。その扉のうえには、どこかの汽船会社カレンダーが「九月」の面(めん)をこっちに見せて、下っていた。
 光枝の腰を掛けているところからは、やはり衝立の奥が見えなかった。彼女はしばらくじっとしていた。衝立の向うで声をかけたのは帆村であろうが、彼は一体なにをしているのか、ことりとも物音をたてない。
 彼女は、すこし待ちくたびれて、眠気(ねむけ)を催(もよお)した。欠伸(あくび)が出て来たので、あわてて手を口に持っていったとき、突然思いがけなくも、彼女が腰をかけているすぐ傍(わき)の扉が、カレンダーごと、ごとんと奥へ開いた。そして一人長身紳士が、ぬっと立ち現れた。その手には写真印画紙(いんがし)らしいものを二三枚もっているが、いま水から上げたばかりと見えて水滴(すいてき)がぽたぽた床のうえに落ちた。
(奥から出てきたこの人は、一体誰だろう?)と、風間光枝は心の中に訝(いぶか)った。
「やあ、どうも。たいへん早く来てくだすってありがとう星野先生は、ちかごろずっと元気ですか
「はあ。さようでございます」
「それは結構です」といって、その長身紳士は光枝の前の椅子に腰を下ろして、じろじろこっちを見た。まだ光枝が名乗りもしないのに、紳士の方では、彼女のことを先刻(せんこく)知っているといったような態度を示しているのだ。どことなく薄気味(うすきみ)わるさが、彼女の背筋(せすじ)に匐(は)いあがってくる。
「失礼でございますが、貴方さまが帆村――帆村先生いらっしゃいますか」
「ははあ、僕が帆村です」と無造作(むぞうさ)に答えて、「風間さんの背丈は、皮草履(かわぞうり)をはいたままで一メートル五七、すると正味(しょうみ)は一メートル五四というところで、理想型だ」
「えっ、いつそんなことをお測(はか)りになりましたの」と、光枝は思わず愕(おどろ)きの声をあげた。


   科学探偵の腕


 帆村探偵は、一向平気な顔で、
「これは内緒(ないしょ)ですが、貴女も探偵だからいいますが、僕のところでは、訪問者が入口のところに立ったとき、自動的身長を測ることにしています。もちろん光電管(フォト・セル)をつかえば、わけのないことです。あの入口の上をごらんなさい。一・五七と、まるでレジスターのような数字が幻灯仕掛(げんとうじかけ)で出ているでしょうが
「えっ、まあそんなことが……」光枝がふりかえると、なるほど入口の上の壁紙(かべがみ)に、一・五七という数字がでている。
「こうすれば、消えます」なにをしたのか、帆村がそういうと、数字はぱっと消えた。まるで魔術を見ているような塩梅(あんばい)だった。なるほど帆村探偵という人は変っていると、光枝は感心した。


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