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伸び支度 - 島崎 藤村 ( しまざき とうそん )

  • ◇ 東方の門・巡禮 島崎藤村著 新潮社刊 2刷
  • 新潮文庫 島崎藤村 「破戒」S60・95刷
  • 島崎藤村集(一)(二) 8,9 現代文学大系 筑摩書房
  • 岩波文庫 『千曲川のスケッチ』島崎藤村
  • ◇夜明け前 第二部 島崎藤村著 藤村長篇小説叢書6 初版本
  • ○古本!!島崎藤村『生い立ちの記』/岩波文庫/昭18年初版!!
  • 島崎藤村集 〔現代日本文学全集 第16編〕 古本 昭和 2年刊
  • 明治大正文学全集 第24巻 島崎藤村 春陽堂版■初版・非売品
  • ☆★岩波文庫  藤村詩抄 (島崎藤村自選)
  •  日本文学全集4 【島崎藤村】
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 十四、五になる大概(たいがい)の家(いえ)の娘(むすめ)がそうであるように、袖子(そでこ)もその年頃(としごろ)になってみたら、人形(にんぎょう)のことなぞは次第(しだい)に忘(わす)れたようになった。  人形(にんぎょう)に着(き)せる着物(きもの)だ襦袢(じゅばん)だと言(い)って大騒(おおさわ)ぎした頃(ころ)の袖子(そでこ)は、いくつそのために小(ちい)さな着物(きもの)を造(つく)り、いくつ小(ちい)さな頭巾(ずきん)なぞを造(つく)って、それを幼(おさな)い日(ひ)の楽(たの)しみとしてきたか知(し)れない。町(まち)の玩具屋(おもちゃや)から安物(やすもの)を買(か)って来(き)てすぐに首(くび)のとれたもの、顔(かお)が汚(よご)れ鼻(はな)が欠(か)けするうちにオバケのように気味悪(きみわる)くなって捨(す)ててしまったもの――袖子(そでこ)の古(ふる)い人形(にんぎょう)にもいろいろあった。その中(なか)でも、父(とう)さんに連(つ)れられて震災前(しんさいまえ)の丸善(まるぜん)へ行(い)った時(とき)に買(か)って貰(もら)って来(き)た人形(にんぎょう)は、一番(いちばん)長(なが)くあった。あれは独逸(ドイツ)の方(ほう)から新荷(しんに)が着(つ)いたばかりだという種々(いろいろ)な玩具(おもちゃ)と一緒(いっしょ)に、あの丸善(まるぜん)の二|階(かい)に並(なら)べてあったもので、異国(いこく)の子供(こども)の風俗(なり)ながらに愛(あい)らしく、格安(かくやす)で、しかも丈夫(じょうぶ)に出来(でき)ていた。茶色(ちゃいろ)な髪(かみ)をかぶったような男(おとこ)の児(こ)の人形(にんぎょう)で、それを寝(ね)かせば眼(め)をつぶり、起(お)こせばぱっちりと可愛(かわい)い眼(め)を見開(みひら)いた。袖子(そでこ)があの人形(にんぎょう)に話(はな)しかけるのは、生(い)きている子供(こども)に話(はな)しかけるのとほとんど変(か)わりがないくらいであった。それほどに好(す)きで、抱(だ)き、擁(かか)え、撫(な)で、持(も)ち歩(ある)き、毎日(まいにち)のように着物(きもの)を着(き)せ直(なお)しなどして、あの人形(にんぎょう)のためには小(ちい)さな蒲団(ふとん)や小(ちい)さな枕(まくら)までも造(つく)った。袖子(そでこ)が風邪(かぜ)でも引(ひ)いて学校(がっこう)を休(やす)むような日(ひ)には、彼女(かのじょ)の枕(まくら)もとに足(あし)を投(な)げ出(だ)し、いつでも笑(わら)ったような顔(かお)をしながらお伽話(とぎばなし)の相手(あいて)になっていたのも、あの人形(にんぎょう)だった。
「袖子(そでこ)さん、お遊(あそ)びなさいな。」
と言(い)って、一頃(ひところ)はよく彼女(かのじょ)のところへ遊(あそ)びに通(かよ)って来(き)た近所(きんじょ)の小娘(こむすめ)もある。光子(みつこ)さんといって、幼稚園(ようちえん)へでもあがろうという年頃(としごろ)の小娘(こむすめ)のように、額(ひたい)のところへ髪(かみ)を切(き)りさげている児(こ)だ。袖子(そでこ)の方(ほう)でもよくその光子(みつこ)さんを見(み)に行(い)って、暇(ひま)さえあれば一緒(いっしょ)に折(お)り紙(がみ)を畳(たた)んだり、お手玉(てだま)をついたりして遊(あそ)んだものだ。そういう時(とき)の二人(ふたり)の相手(あいて)は、いつでもあの人形(にんぎょう)だった。そんなに抱愛(ほうあい)の的(まと)であったものが、次第(しだい)に袖子(そでこ)から忘(わす)れられたようになっていった。そればかりでなく、袖子(そでこ)が人形(にんぎょう)のことなぞを以前(いぜん)のように大騒(おおさわ)ぎしなくなった頃(ころ)には、光子(みつこ)さんともそう遊(あそ)ばなくなった。
 しかし、袖子(そでこ)はまだ漸(ようや)く高等小学(こうとうしょうがく)の一|学年(がくねん)を終(お)わるか終(お)わらないぐらいの年頃(としごろ)であった。彼女(かのじょ)とても何(なに)かなしにはいられなかった。子供(こども)の好(す)きな袖子(そでこ)は、いつの間(ま)にか近所(きんじょ)の家(いえ)から別(べつ)の子供(こども)を抱(だ)いて来(き)て、自分(じぶん)の部屋(へや)で遊(あそ)ばせるようになった。数(かぞ)え歳(どし)の二つにしかならない男(おとこ)の児(こ)であるが、あのきかない気(き)の光子(みつこ)さんに比(くら)べたら、これはまた何(なん)というおとなしいものだろう。金之助(きんのすけ)さんという名前(なまえ)からして男(おとこ)の子(こ)らしく、下(しも)ぶくれのしたその顔(かお)に笑(え)みの浮(う)かぶ時(とき)は、小(ちい)さな靨(えくぼ)があらわれて、愛(あい)らしかった。それに、この子(こ)の好(よ)いことには、袖子(そでこ)の言(い)うなりになった。どうしてあの少(すこ)しもじっとしていないで、どうかすると袖子(そでこ)の手(て)におえないことが多(おお)かった光子(みつこ)さんを遊(あそ)ばせるとは大違(おおちが)いだ。袖子(そでこ)は人形(にんぎょう)を抱(だ)くように金之助(きんのすけ)さんを抱(だ)いて、どこへでも好(す)きなところへ連(つ)れて行(ゆ)くことが出来(でき)た。自分(じぶん)の側(そば)に置(お)いて遊(あそ)ばせたければ、それも出来(でき)た。
 この金之助(きんのすけ)さんは正月生(しょうがつう)まれの二つでも、まだいくらも人(ひと)の言葉(ことば)を知(し)らない。蕾(つぼみ)のようなその脣(くちびる)からは「うまうま」ぐらいしか泄(も)れて来(こ)ない。母親(ははおや)以外(いがい)の親(した)しいものを呼(よ)ぶにも、「ちゃあちゃん」としかまだ言(い)い得(え)なかった。こんな幼(おさな)い子供(こども)が袖子(そでこ)の家(いえ)へ連(つ)れられて来(き)てみると、袖子(そでこ)の父(とう)さんがいる、二人(ふたり)ある兄(にい)さん達(たち)もいる、しかし金之助(きんのすけ)さんはそういう人達(ひとたち)までも「ちゃあちゃん」と言(い)って呼(よ)ぶわけではなかった。やはりこの幼(おさな)い子供(こども)の呼(よ)びかける言葉(ことば)は親(した)しいものに限(かぎ)られていた。もともと金之助(きんのすけ)さんを袖子(そでこ)の家(いえ)へ、初(はじ)めて抱(だ)いて来(き)て見(み)せたのは下女(げじょ)のお初(はつ)で、お初(はつ)の子煩悩(こぼんのう)ときたら、袖子(そでこ)に劣(おと)らなかった。
「ちゃあちゃん。」
 それが茶(ちゃ)の間(ま)へ袖子(そでこ)を探(さが)しに行(ゆ)く時(とき)の子供(こども)の声(こえ)だ。
「ちゃあちゃん。」
 それがまた台所(だいどころ)で働(はたら)いているお初(はつ)を探(さが)す時(とき)の子供(こども)の声(こえ)でもあるのだ。金之助(きんのすけ)さんは、まだよちよちしたおぼつかない足許(あしもと)で、茶(ちゃ)の間(ま)と台所(だいどころ)の間(あいだ)を往(い)ったり来(き)たりして、袖子(そでこ)やお初(はつ)の肩(かた)につかまったり、二人(ふたり)の裾(すそ)にまといついたりして戯(たわむ)れた。
 三|月(がつ)の雪(ゆき)が綿(わた)のように町(まち)へ来(き)て、一晩(ひとばん)のうちに見事(みごと)に溶(と)けてゆく頃(ころ)には、袖子(そでこ)の家(いえ)ではもう光子(みつこ)さんを呼(よ)ぶ声(こえ)が起(お)こらなかった。それが「金之助(きんのすけ)さん、金之助(きんのすけ)さん」に変(か)わった。
「袖子(そでこ)さん、どうしてお遊(あそ)びにならないんですか。わたしをお忘(わす)れになったんですか。」
 近所(きんじょ)の家(いえ)の二|階(かい)の窓(まど)から、光子(みつこ)さんの声(こえ)が聞(き)こえていた。そのませた、小娘(こむすめ)らしい声(こえ)は、春先(はるさき)の町(まち)の空気(くうき)に高(たか)く響(ひび)けて聞(き)こえていた。ちょうど袖子(そでこ)はある高等女学校(こうとうじょがっこう)への受験(じゅけん)の準備(じゅんび)にいそがしい頃(ころ)で、遅(おそ)くなって今(いま)までの学校(がっこう)から帰(かえ)って来(き)た時(とき)に、その光子(みつこ)さんの声(こえ)を聞(き)いた。彼女(かのじょ)は別(べつ)に悪(わる)い顔(かお)もせず、ただそれを聞(き)き流(なが)したままで家(いえ)へ戻(もど)ってみると、茶(ちゃ)の間(ま)の障子(しょうじ)のわきにはお初(はつ)が針仕事(はりしごと)しながら金之助(きんのすけ)さんを遊(あそ)ばせていた。
 どうしたはずみからか、その日(ひ)、袖子(そでこ)は金之助(きんのすけ)さんを怒(おこ)らしてしまった。子供(こども)は袖子(そでこ)の方(ほう)へ来(こ)ないで、お初(はつ)の方(ほう)へばかり行(い)った。
「ちゃあちゃん。」
「はあい――金之助(きんのすけ)さん。」
 お初(はつ)と子供(こども)は、袖子(そでこ)の前(まえ)で、こんな言葉(ことば)をかわしていた。子供(こども)から呼(よ)びかけられるたびに、お初(はつ)は「まあ、可愛(かわい)い」という様子(ようす)をして、同(おな)じことを何度(なんど)も何度(なんど)も繰(く)り返(かえ)した。


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