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俊寛 - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

  • 【アクリル画・コラージュ】 久保俊寛 「酔っぱらい」 1998年
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芥川龍之介 (しゅんかん)云いけるは……神明(しんめい)外(ほか)になし。唯(ただ)我等が一念なり。……唯仏法修行(しゅぎょう)して、今度(こんど)生死(しょうし)を出で給うべし。源平盛衰記(げんぺいせいすいき)
俊寛)いとど思いの深くなれば、かくぞ思いつづけける。「見せばやな我を思わぬ友もがな磯のとまやの柴(しば)の庵(いおり)を。」同上


        一

 俊寛様の話ですか? 俊寛様の話くらい、世間に間違って伝えられた事は、まずほかにはありますまい。いや、俊寛様の話ばかりではありません。このわたし、――有王(ありおう)自身の事さえ、飛(とん)でもない嘘が伝わっているのです。現についこの間も、ある琵琶法師(びわほうし)が語ったのを聞けば、俊寛様は御歎きの余り、岩に頭を打ちつけて、狂(くる)い死(じに)をなすってしまうし、わたしはその御死骸(おなきがら)を肩に、身を投げて死んでしまったなどと、云っているではありませんか? またもう一人琵琶法師は、俊寛様はあの島の女と、夫婦の談(かた)らいをなすった上、子供も大勢御出来になり、都にいらしった時よりも、楽しい生涯(しょうがい)を御送りになったとか、まことしやかに語っていました。前の琵琶法師の語った事が、跡方(あとかた)もない嘘だと云う事は、この有王が生きているのでも、おわかりになるかと思いますが、後の琵琶法師の語った事も、やはり好(い)い加減の出たらめなのです
 一体琵琶法師などと云うものは、どれもこれも我(われ)は顔(がお)に、嘘ばかりついているものなのです。が、その嘘のうまい事は、わたしでも褒(ほ)めずにはいられません。わたしはあの笹葺(ささぶき)の小屋に、俊寛様が子供たちと、御戯(おたわむ)れになる所を聞けば、思わず微笑を浮べましたし、またあの浪音の高い月夜に、狂い死をなさる所を聞けば、つい涙さえ落しました。たとい嘘とは云うものの、ああ云う琵琶法師(びわほうし)の語った嘘は、きっと琥珀(こはく)の中の虫のように、末代までも伝わるでしょう。して見ればそう云う嘘があるだけ、わたしでも今の内ありのままに、俊寛様の事を御話しないと、琵琶法師の嘘はいつのまにか、ほんとうに変ってしまうかも知れない――と、こうあなたはおっしゃるのですか? なるほどそれもごもっともです。ではちょうど夜長を幸い、わたしがはるばる鬼界(きかい)が島(しま)へ、俊寛様を御尋ね申した、その時の事を御話しましょう。しかしわたしは琵琶法師のように、上手にはとても話されません。ただわたしの話の取り柄(え)は、この有王が目(ま)のあたりに見た、飾りのない真実と云う事だけです。ではどうかしばらくの間(あいだ)、御退屈でも御聞き下さい。

        二

 わたしが鬼界が島に渡ったのは、治承(じしょう)三年五月の末、ある曇った午(ひる)過ぎです。これは琵琶法師も語る事ですが、その日もかれこれ暮れかけた時分、わたしはやっと俊寛(しゅんかん)様に、めぐり遇(あ)う事が出来ました。しかもその場所人気(ひとけ)のない海べ、――ただ灰色の浪(なみ)ばかりが、砂の上に寄せては倒れる、いかにも寂しい海べだったのです。
 俊寛様のその時の御姿は、――そうです。世間に伝わっているのは、「童(わらわ)かとすれば年老いてその貌(かお)にあらず、法師かと思えばまた髪は空(そら)ざまに生(お)い上(あが)りて白髪(はくはつ)多し。よろずの塵(ちり)や藻屑(もくず)のつきたれども打ち払わず。頸(くび)細くして腹大きに脹(は)れ、色黒うして足手細し。人にして人に非ず。」と云うのですが、これも大抵(たいてい)は作り事です。殊に頸(くび)が細かったの、腹が脹(は)れていたのと云うのは、地獄変(じごくへん)の画(え)からでも思いついたのでしょう。つまり鬼界が島と云う所から、餓鬼(がき)の形容を使ったのです。なるほどその時の俊寛様は、髪も延びて御出(おい)でになれば、色も日に焼けいらっしゃいましたが、そのほかは昔に変らない、――いや、変らないどころではありません。昔よりも一層(いっそう)丈夫そうな、頼もしい御姿(おすがた)だったのです。それが静かな潮風(しおかぜ)に、法衣(ころも)の裾を吹かせながら、浪打際(なみうちぎわ)を独り御出でになる、――見れば御手(おて)には何と云うのか、笹の枝に貫いた、小さい魚を下げていらっしゃいました。
僧都(そうず)の御房(ごぼう)! よく御無事でいらっしゃいました。わたしです! 有王(ありおう)です!」
 わたしは思わず駈け寄りながら、嬉しまぎれにこう叫びました。
「おお、有王か!」
 俊寛様は驚いたように、わたしの顔を御覧になりました。が、もうわたしはその時には、御主人の膝を抱(だ)いたまま、嬉し泣きに泣いていたのです。
「よく来たな。有王! おれはもう今生(こんじょう)では、お前にも会えぬと思っていた。」
 俊寛様もしばらくの間(あいだ)は、涙ぐんでいらっしゃるようでしたが、やがてわたしを御抱き起しになると、
「泣くな。泣くな。せめては今日(きょう)会っただけでも、仏菩薩(ぶつぼさつ)の御慈悲(ごじひ)と思うが好(よ)い。」と、親のように慰めて下さいました。
「はい、もう泣きは致しません。御房(ごぼう)は、――御房の御住居(おすまい)は、この界隈(かいわい)でございますか?」
住居か? 住居はあの山の陰(かげ)じゃ。」
 俊寛様は魚を下げた御手に、間近い磯山(いそやま)を御指しになりました。
住居と云っても、檜肌葺(ひわだぶ)きではないぞ。」
「はい、それは承知して居ります。何しろこんな離れ島でございますから、――」
 わたしはそう云いかけたなり、また涙に咽(むせ)びそうにしました。すると御主人は昔のように、優しい微笑を御見せになりながら、
「しかし居心(いごころ)は悪くない住居じゃ。


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