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俳句の精神 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

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  • ☆俳句雑誌『 俳句人 』昭和25年2月号(新俳句人連盟)★
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  • ☆俳句雑誌『俳句研究』昭和14年6月号(改造社)
  • ☆俳句雑誌『俳句研究』昭和13年1月号(改造社)
  • ☆俳句雑誌『 俳句 』昭和32年6月号(角川書店)★
  • ★『 俳句 』総合俳句誌昭和32年3月号(角川書店)★
  • ☆俳句雑誌『 俳句 』昭和年29年6月号★
  • ☆俳句雑誌『 俳句 』昭和32年新年号(角川書店)★
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     一 俳句の成立と必然性  五七五定型と、季題および切れ字の插入(そうにゅう)という制約によって規定された従来普通意味での俳句あるいは発句のいわゆる歴史的の起原沿革については、たぶんそういう方面に詳しい専門家が別項で述べ尽くされることと思うから、ここで自分などが素人(しろうと)くさい蛇足(だそく)を添える必要はないであろう。しかし自分以下に試みに随筆的に述べてみたいと思う自己流の俳句観のはしがきのような意味で、やはり自己流の俳句源流説を略記して一つには初心読者の参考に供し、また一つには先輩諸家の批評を仰ぎたいと思うのである。
 俳句の十七字詩形歴史的にさかのぼって行くと「俳諧(はいかい)の発句」を通して「連歌発句」に達し、そこで明白な一つの泉の源頭に行き着く。これは周知のことである。
 しかし、川の流れをさかのぼって深い谷間の岩の割れ目源泉発見した場合にいわゆる源泉探究はそれで終了したとしても、われわれはその泉の水が決して突然そこで無から創造されたものではなくて、さらに深く地下の闇(やみ)の中にその出所を追究することができるということを知っている。それと同じようにわれわれはまた俳句というものの中に流れている俳句精神といったようなものの源泉を、その詩型の底にもぐり込んで追究して行くと、その水脈のようなものは意外に広く遠い所に根を引いているのに気がつくであろう。たとえば万葉古事記の歌でも源氏枕草子(まくらのそうし)のような読み物でも、もしそのつもりで捜せばそれらの中にある俳句的要素とでも名づけられるようなものを拾い出すことは決してそれほど困難ではあるまいと思われる。
 ここで自分がかりに俳句的要素とかいう名前で呼んでいるものは何であるかというと、それは古来の日本人自然に対する特殊な見方と態度をさして言うのである。
 日本人の対自然観が外国人なかんずく西洋人などのそれと比較していかなる特徴をもっているかということについては最近に他の場所でやや詳しく述べたからここでは詳細の解説は省略するが、その要点をかいつまんで言ってみると次のようなものである。
 日本人西洋人のように自然人間とを別々に切り離して対立させるという言わば物質科学的の態度をとる代わりに、人間自然とをいっしょにしてそれを一つの全機的な有機体と見ようとする傾向を多分にもっているように見える。少し言葉を変えて言ってみれば、西洋人自然というものを道具品物かのように心えているのに対して、日本人自然自分に親しい兄弟かあるいはむしろ自分のからだの一部のように思っているとも言われる。また別の言い方をすれば西洋人自然征服しようとしているが、従来の日本人自然同化し、順応しようとして来たとも言われなくはない。きわめて卑近の一例を引いてみれば、庭園作り方でも一方では幾何学的の設計図によって草木花卉(そうもくかき)を配列するのに、他方では天然の山水の姿を身辺に招致しようとする。
 この自然観の相違が一方では科学発達させ、他方では俳句というきわめて特異な詩を発達させたとも言われなくはない。これは一見はなはだしく奇抜な対比のように聞こえるであろうが、しかし自分以下に述べんとする諸点を正当に理解される読者にとってはこうした一見奇怪な見方が決して奇怪でないことを了解されるであろうと思われる。
 日本人のこうした自然観がどうして成立したかという起原と理由については前に引用した他の場所でやや詳しく説明してあるから、ここではそれは略することとして、ここではこの日本人固有の自然観の特異性がいかなる形で俳句という詩形の中に現われて来るかを説明してみようと思う。
 従来俳句について客観主観ということが問題になることがしばしばあった。この句は純客観の句であるとか、あの句は主観の句であるとかいうような批判を耳にすることがある。便宜上こういう言葉を使って俳句分類をするのも別にたいした不都合はないかもしれないが、自分の考えているような日本人自然観を土台にする立場から見れば、こうした言葉はかなり無意味なものになって来る。なぜかと言えば人間自然とを切り離して対立させない限り、主と客との対立的の差別はなくなってしまうからである。
 一例として「荒海佐渡(さど)に横とう天の川」という句をとって考えてみる。西洋人流の科学的な態度から見た客観写生的描写だと思って見れば、これは実につまらない短い記載的なセンテンスである。最も有利な見方をしても結局一枚の水彩画内容の最も簡単なる説明書き以外の何物でもあり得ないであろう。それだのにこの句が多くの日本人にとって異常美しい「詩」でありうるのはいったいどういうわけであろうか。この句の表面にはあらわな主観はきわめて希薄である。「横とう」という言葉にわずかな主観のにおいを感ずるくらいである。それだのにわれわれはこの句によって限り無き情緒活動を喚起されるのは何ゆえであろうか。
 われわれにとっては「荒海」は単に航海教科書におけるごとき波高く舟行に危険なる海面ではない。四面に海をめぐらす大八州国(おおやしまのくに)に数千年住み着いた民族の遠い祖先からの数限りもない海の幸いと海の禍(わざわ)いとの記憶でいろどられた無始無終の絵巻物である。そうしてこの荒海は一面においてはわれわれの眼前に展開する客観荒海でもあると同時にまたわれわれの頭脳を通してあらゆる過去日本人の心にまで広がり連なる主観荒海でもあるのである。「大海(おおうみ)に島もあらなくに海原(うなばら)のたゆとう波に立てる白雲」という万葉の歌に現われた「大海」の水はまた爾来(じらい)千年の歳月を通してこの芭蕉翁の「荒海」とつながっているとも言われる。
 もちろん西洋にも荒海とほぼ同義の言葉はある。またその言葉が多数の西洋人にいろいろの連想を呼び出す力をもっていることも事実である。しかしそれらの連想はおそらく多くは現実的功利的のものであろう。またもしそれが夢幻的空想的であるとしても、日本人のそれのように濃厚に圧縮されたそうして全国民に共通で固有な民族記憶でいろどられたものではおそらくあり得ないであろうと思われる。
佐渡(さど)」でも「天の川」でも同様である。いったいに俳句季題と名づけられたあらゆる言葉がそうである。「春雨」「秋風」というような言葉は、日本人にとっては決して単なる気象学上の術語ではなくて、それぞれ莫大(ばくだい)な空間時間との間に広がる無限事象とそれにつながる人間肉体ならびに精神活動の種々相を極度に圧縮し、煎(せん)じ詰めたエッセンスである。またそれらの言葉を耳に聞き目に見ることによって、その中に圧縮された内容一度呼び出し、出現させる呪文(じゅもん)の役目をつとめるものである。そういう意味での「象徴」なのである。
 こういう不思議魔術がなかったとしたら俳句という十七字詩は畢竟(ひっきょう)ある無理解西洋人の言ったようにそれぞれ一つの絵の題目のようなものになってしまう。
 この魔術がどうして可能になったか、その理由はだいたい二つに分けて考えることができる。一つはすでに述べたとおり、日本人自然観の特異性によるのである。ひと口に言えば自然の風物にわれわれの主観生活化合させ吸着(アドソーブ)させて自然人間との化合物ないし膠質物(こうしつぶつ)を作るという可能性である。これがなかったらこの魔術無効である。しかしこれだけの理由ではまだ不十分である。もう一つの重大な理由と思われるのは日本古来の短い定型詩存在とその流行によってこの上述の魔術に対するわれわれの感受性が養われて来たことである。換言すればわれわれが、長い修業によって「象徴国の国語」に習熟して来たせいである。
 ステファンマラルメ仏国抒情詩(じょじょうし)をおぼらす「雄弁」を排斥した。彼は散文では現わされないものだけを詩の素材とすべきだと考えた。


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