俺の記 - 尾崎 放哉 ( おざき ほうさい )
俺には名前がない、但し人間が付けてくれたのは有るが、其れを云ふのは暫く差控へて置かう。
だが、何も恥かしいので云はぬと云ふわけでは毛頭ない。云ひにくいから云はないのだ。外になんにも理窟はない、冬になれば雪が降る、夜になれば暗くなる、腹が減つたら食ふのだ、一体、理窟と云ふ物も、あとから無理に拵へてクツ付けるので、なす事、する事、始めから一一理窟で割り出して来る物ではない。
余計な事は抜きとして、処で、俺は今年で丁度三つになつた。とは、人間なみに云つて見たので、俺の世界には歳も何も有つた物ではない。元日が大晦日だらうが、大晦日が元日ならうが、とんと、感じの無い方だ。
次は、俺の棲つてゐる処だが、御江戸日本橋のマン中と云ひたくても、実の処、其の隅ツ子の端ツコの、八百八町の埃や塵が抜け出す穴見たいな処だ。其の証拠には、俺が居る家の門の前を、毎朝、毎晩、雨が降つても雪が降つても、乃至、太陽に黒点が表はれやうとも、不相変のゴロ/\/\/\、百五十万人の糞を車に積んで、板橋とやら云ふ方へ引つぱつて行くのでもわかる。嘘だと思ふなら試に来て見給へ。で、この辺一体の地名は、慥か、向が岡、又、弥生が岡、一名向陵、乃至は武陵原頭なんかと、洒落れて云ふ人もある。其処に六軒、カラ/\した家が並んで立つてゐる。尤も、俺が始めて此処に来た時分は五軒しかなかつた。自治寮と云ふのが家の名ださうだ。自治の城とも云ふ人間もある様だが、其実、城処の騒か、家と云ふのも勿体ない位、何時見てもカラ/\してゐる奴で、湿り気は微塵もない、それで以て、汚い事、古い事、セントルイスの博覧会にこれを出したら、蓋し、金牌物だらうと云ふ話し。筑波|颪(おろし)が、少しでも※(しんにゆう)をかけて来ると、ミシ/\、ミシ/\と鳴り出す仕末、棺桶で無いから輪がはづれたとて、グニヤリと死人がころげ出す事もあるまいが、もし此家が壊れたら、飛び出す者は鼠一匹処の話ではない。現に、この自治寮に住つてゐる学生と云ふ人間が、其数約六百は居る。それに俺等の仲間で、此家に棲つてゐる連中が、丁度、五十位は有るから、合計六百五十位は居るだらう。俺等も人間とイツシヨに数へると、人間が怒るかも知れんが、チツとも怖くない。俺も今年で三歳子だ、金魚なら一匹十五六銭はする頃だ。甘いも酢いも、随分心得たつもりさ。
これから、愈※、俺の記となるのだが、扨、こー話しかけて見ると、何だかボーツとしてしまつて、遠方の方で生えかけの口鬚でも見る様に、どれが鬚だか眉毛だか、彷彿として霞の中だ。誠に、今昔の感に堪へん気持がして来る。が、まづ俺が最初此処にやつて来た、其折の頃からボツ/\とやらかさうか。なに、俺だつて、もと/\こんな処に居りはしなかつたので、矢張り店屋の軒で、ブラ/\と呑気に遊んで居たのだが、丁度、今から三年前さ、同じ仲間の奴とイツシヨに十計り、此家に持つて来られたのだ。運と云ふ奴は妙なものさね、どんな拍子で、ドー舞台が廻つて行くのだか、カイクレわけが解らない奴よ。未来と云ふ物は、思へば面白い、俺等の運命をどうにでも使つて見せる。
此の面白いと云ふのは、要するに、未来なるものゝ性質が解らんからだ。嗚呼未来乎、未来乎だ。総て、面白いとか、怖いとか云ふ奴は、其の対称物の性質不明の点に於て、尤も多く存在する様に思はれる。人間が好んで対外マツチを見るが如く、つまり、其結果の不明な意に、趣味を持つてやつてゐるのだ。又、人間は、幽霊と云ふ奴が怖いさうだが、これもつまりは、幽霊なるものゝ性質が、尾花で有るのか、杓子であるのか、乃至は、物干台の浴衣であるのか、其辺の消息に不明の点があるによつて、怖いに違ひない。
そんな事は、どーでもいゝとして、要するに、俺が此家へ持つて来られたと云ふのは、俺の記をして、素敵な彩色を織り出さしめた物であつた。思へば、過去三年の間、可笑しい事もあつたし、愉快な事も有つたし、或は悲しい事も、辛い事も有つた。
処で、我輩等の今の境遇はどーだと云ふと、愉快だと云ふ仲間も居るし、中には面白くないと云ふ仲間もある。しかし、俺は、愉快だとも、乃至、面白く無いとも思はんよ。何だと思ふつて、何とも思はんのさ。と云つたからつて意志が無いと思はれては困るね。面白い事と、悲しい事と、差引勘定|零(ぜろ)。此点に於て、何も思はん事となるのさ。一と二と三と加へて、一と二と三と引けば、差引勘定零。此処に於て、何も無い事となるのさ。花が咲いて、花が散つて、何も無い事となるのだ。と云つて、此の無と云ふのは、無には相違ないけれ共、絶対的の無ではない。無にして無にあらず、では有るのかと云ふと有るのでもない、何の事やら訳のわからぬ物だ。しかし、考へて見給へ、人間が此世に生れて来て、十歳で死なうが、二十歳で死なうが、乃至、百歳で死なうが、皆死んでしまふ。即、生と死、差引勘定零となるのだが、即ちこの零、即死なるものに於ては一だが、其の死に至る間のプロセスに至つては、実に、千変万化である。どんなプロセスでも、死に至ると零となるけれ共、其零となる所以のものを考へて見るのは、面白くない事ではない。否、人生の楽しむ可き処は、そのプロセスに有るのだ。プロセスの原で、人間は操られて居るのではないか。
余計な事は抜きとして、処で、俺は今年で丁度三つになつた。とは、人間なみに云つて見たので、俺の世界には歳も何も有つた物ではない。元日が大晦日だらうが、大晦日が元日ならうが、とんと、感じの無い方だ。
次は、俺の棲つてゐる処だが、御江戸日本橋のマン中と云ひたくても、実の処、其の隅ツ子の端ツコの、八百八町の埃や塵が抜け出す穴見たいな処だ。其の証拠には、俺が居る家の門の前を、毎朝、毎晩、雨が降つても雪が降つても、乃至、太陽に黒点が表はれやうとも、不相変のゴロ/\/\/\、百五十万人の糞を車に積んで、板橋とやら云ふ方へ引つぱつて行くのでもわかる。嘘だと思ふなら試に来て見給へ。で、この辺一体の地名は、慥か、向が岡、又、弥生が岡、一名向陵、乃至は武陵原頭なんかと、洒落れて云ふ人もある。其処に六軒、カラ/\した家が並んで立つてゐる。尤も、俺が始めて此処に来た時分は五軒しかなかつた。自治寮と云ふのが家の名ださうだ。自治の城とも云ふ人間もある様だが、其実、城処の騒か、家と云ふのも勿体ない位、何時見てもカラ/\してゐる奴で、湿り気は微塵もない、それで以て、汚い事、古い事、セントルイスの博覧会にこれを出したら、蓋し、金牌物だらうと云ふ話し。筑波|颪(おろし)が、少しでも※(しんにゆう)をかけて来ると、ミシ/\、ミシ/\と鳴り出す仕末、棺桶で無いから輪がはづれたとて、グニヤリと死人がころげ出す事もあるまいが、もし此家が壊れたら、飛び出す者は鼠一匹処の話ではない。現に、この自治寮に住つてゐる学生と云ふ人間が、其数約六百は居る。それに俺等の仲間で、此家に棲つてゐる連中が、丁度、五十位は有るから、合計六百五十位は居るだらう。俺等も人間とイツシヨに数へると、人間が怒るかも知れんが、チツとも怖くない。俺も今年で三歳子だ、金魚なら一匹十五六銭はする頃だ。甘いも酢いも、随分心得たつもりさ。
これから、愈※、俺の記となるのだが、扨、こー話しかけて見ると、何だかボーツとしてしまつて、遠方の方で生えかけの口鬚でも見る様に、どれが鬚だか眉毛だか、彷彿として霞の中だ。誠に、今昔の感に堪へん気持がして来る。が、まづ俺が最初此処にやつて来た、其折の頃からボツ/\とやらかさうか。なに、俺だつて、もと/\こんな処に居りはしなかつたので、矢張り店屋の軒で、ブラ/\と呑気に遊んで居たのだが、丁度、今から三年前さ、同じ仲間の奴とイツシヨに十計り、此家に持つて来られたのだ。運と云ふ奴は妙なものさね、どんな拍子で、ドー舞台が廻つて行くのだか、カイクレわけが解らない奴よ。未来と云ふ物は、思へば面白い、俺等の運命をどうにでも使つて見せる。
此の面白いと云ふのは、要するに、未来なるものゝ性質が解らんからだ。嗚呼未来乎、未来乎だ。総て、面白いとか、怖いとか云ふ奴は、其の対称物の性質不明の点に於て、尤も多く存在する様に思はれる。人間が好んで対外マツチを見るが如く、つまり、其結果の不明な意に、趣味を持つてやつてゐるのだ。又、人間は、幽霊と云ふ奴が怖いさうだが、これもつまりは、幽霊なるものゝ性質が、尾花で有るのか、杓子であるのか、乃至は、物干台の浴衣であるのか、其辺の消息に不明の点があるによつて、怖いに違ひない。
そんな事は、どーでもいゝとして、要するに、俺が此家へ持つて来られたと云ふのは、俺の記をして、素敵な彩色を織り出さしめた物であつた。思へば、過去三年の間、可笑しい事もあつたし、愉快な事も有つたし、或は悲しい事も、辛い事も有つた。
処で、我輩等の今の境遇はどーだと云ふと、愉快だと云ふ仲間も居るし、中には面白くないと云ふ仲間もある。しかし、俺は、愉快だとも、乃至、面白く無いとも思はんよ。何だと思ふつて、何とも思はんのさ。と云つたからつて意志が無いと思はれては困るね。面白い事と、悲しい事と、差引勘定|零(ぜろ)。此点に於て、何も思はん事となるのさ。一と二と三と加へて、一と二と三と引けば、差引勘定零。此処に於て、何も無い事となるのさ。花が咲いて、花が散つて、何も無い事となるのだ。と云つて、此の無と云ふのは、無には相違ないけれ共、絶対的の無ではない。無にして無にあらず、では有るのかと云ふと有るのでもない、何の事やら訳のわからぬ物だ。しかし、考へて見給へ、人間が此世に生れて来て、十歳で死なうが、二十歳で死なうが、乃至、百歳で死なうが、皆死んでしまふ。即、生と死、差引勘定零となるのだが、即ちこの零、即死なるものに於ては一だが、其の死に至る間のプロセスに至つては、実に、千変万化である。どんなプロセスでも、死に至ると零となるけれ共、其零となる所以のものを考へて見るのは、面白くない事ではない。否、人生の楽しむ可き処は、そのプロセスに有るのだ。プロセスの原で、人間は操られて居るのではないか。
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俺の記 (おれのき) のリンク元
- http://atpedia.jp/word/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%A0
- http://docomo.ne.jp/cp/as-rslt.cgi?pno=1&key=%83J%83C%83N%83%8c&sid=00
- http://docomo.ne.jp/cp/as-rslt.cgi?pno=1&key=%90H%95%b3+%8f%ac%90%e0&sid=00
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尾崎豊とは、日本のシンガーソングライターである。。10代の教祖といわれた。彼の書いた詞、言動は多くの尾崎フォロワーという名の中二病を生み出した。没後20年経ったが、その功績は健在であり、永遠
