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偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道 - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )

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  • *「アメリカ信仰」を捨てよ*石原慎太郎
  • 還りこぬ風 三浦綾子 愛と信仰の作家
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     一 祝言演劇万葉巻十六の「乞食者詠(ホカヒビトノウタ)」とある二首の長歌は、ほかひゞとの祝言(シウゲン)が、早く演劇化した証拠の、貴重な例と見られる。二首ながら、二つの生き物の、からだの癖(クセ)を述べたり、愁訴する様を歌うたりして居るが、其内容から見ても、又表題の四字から察しても、此歌には当然、身ぶりが伴うて居たと考へてよい。「詠」はうたと訓(ヨ)み慣(ナ)れて来たが、正確な用字例は、舞人の自ら諷誦(フウシヨウ)する詞章である。
此歌は、鹿・蟹の述懐歌らしいものになつて居るが、元は農業の、害物駆除の呪言(ジユゴン)から出て居る。即、田畠を荒す精霊代表として、鹿や蟹に、服従を誓はす形の呪言があり、鹿や蟹に扮した者の誓ふ、身ぶりや、覆奏詞(カヘリマヲシ)があつた。此副演出の部分が発達して、次第に、滑稽な詠、をこな身ぶりに、人を絶倒させるやうな演芸が、成立するまでに、変つたのだと思ふ。
其身ぶりを、人がしたか、人形がしたかは訣らない。併し、呪言の副演出の本体は、人体であるが、もどき役に廻る者は、地方によつて、違うて居た。人間であつた事も勿論あるが、ある国・ある家の神事に出る精霊役は、人形である事もあり、又鏡・瓢(ヒサゴ)などを顔とした、仮りの偶人である事もあつた。此だけの事は、考へてよい根拠が十分にある。
ほかひゞとは、細かに糺して見ると、くゞつとおなじ者でない処も見える。併し、此ほかひゞとの中に、沢山のくゞつも交つて居た事は考へてよい。私は、くゞつ・傀儡子(クワイライシ)同種説は、信ずる事が出来ないで居るが、くゞつの名に宛て字せられた、傀儡子生活と、何処までも、不思議に合うて居るのは、事実である。
くゞつの民の女が、人形を舞はした事は、平安朝の中期に文献がある。其盛んに見えたのは、真に突如として、室町の頃からであるが、以前にも、所々方々に、下級の神人(ジンニン)や、くゞつの手によつて行はれて居た。此団体が、摂津広田西宮から起つた様に見えるのは、恐らく、新式であつた為、都人士に歓ばれたからであらう。
西宮一社について見れば、祭り毎に、海のあなたから来り臨む神の形代(カタシロ)としての人形(ニンギヤウ)に、神の身ぶりを演じさせて居たのが、うかれびとの祝言に使はれた為に、門芸(カドゲイ)としての第一歩を、演芸の方に踏み入れる事になつたのだと思はれる。

     二 八幡神の伴神

祭礼人形(ニンギヤウ)を持ち出す社は、今でも諸地方にある。殊に、八幡系統の神社に著しい。八幡神は、疑ひもなく、奈良朝に流行した新来(イマキ)の神である。私は、日本の仏教家の陰陽道(オンミヤウダウ)が、将来した神ではないかと考へて居る。譬へば、すさのをの命を、牛頭(ゴヅ)天王と言うたり、武塔(ブタフ)天神と言うたりする様に、八幡神も、多分に陰陽道式のものを持つて居る。仏教式に合理化せられ、習合せられた新来神と言へさうだ。
其はとにかく、此神が、兇暴な神である様に見られたのは、八幡神自身が、兇暴と言ふよりも、西から上つて来る途中、其土地々々の、兇悪な土地神を征服して、此を部下にして行つた、其為だと思はれる。此征服結果は、最初は、部下にしたのだが、後には、若宮として、父子関係で示される様になつた。
かうして八幡神信仰が、宣伝せられて行く中に、地方々々の神々を含んで行つた。それ等の神々は、巨人の形をとつて、其土地八幡神信仰受け持つことになつた。八幡神側から言へば、臣従を誓はせる事によつて――父子の形はとつても――土地害悪を押へたのである。
部下は、人形(ニンギヤウ)の形をとつた。巨人(オホヒト)の像で示されたのである。譬へば、日向岩川八幡大人(オホビト)弥五郎の様なものが出来た。さうして、此が八幡神行列には必、伴神として加はつた。日本巨人(キヨジン)伝説には、此行列の印象から生れた、と考へられるものがある。証拠は段々とある。らしよなりずむに囚はれた人類学考古学の連衆は、無反省に、先住民族を持ち出すが、尠くとも、日本巨人伝説を考へるには、此行列の印象のある事を忘れてはならない。九州大人弥五郎と言ひ、中国で大太郎法師と言ひ、平家物語にはだいたら法師とある様に、此印象が、殆全国に亘つて、伝説化せられて居る。勿論其には、沼を作り、山を担いだなどゝある、一代前の巨人伝説が、結びついても居る。此二者が結合して、新しい巨人伝説出来た、と見るのがよろしいであらう。大太郎法師を高良(カウラ)明神とし、高良明神武内宿禰に仮托したのは、八幡神を、応神天皇に附会した為の誤解からである。それでも、脇座(ワキザ)の神としての印象だけは、採り入れて居る。
八幡神の伴神でも、まだ御子(ミコ)神としての考への出ない前のものが、即、才(サイ)の男(ヲ)である。伴神が二つに分れて、既に服従したものと、尚、服従の途中にあるものとに分れた。才の男に、からかひかける態のあるのは、あまのじやくと称する伝説上の怪物里神楽のひよつとこなどゝ同じやうに、尚服従の途中にある事を示して居るのである。巨人(オホビト)の方は、既に服従したものである。だから行列に於いて、前立となるのである。

     三 才の男・細男・青農

才の男は、せいのうとも発音したらしい。青農と書いたものがある。又、細男と書いて、せいのうと訓ませても居る。共に、此場合は、多く人形(ニンギヤウ)の事の様であるが、才の男の方は、人である事もあつた。平安朝の文献に、宮廷の御神楽(ミカグラ)に、人長(ニンヂヤウ)の舞ひの後、酒一巡して、才の男の態がある、と次第書きがある。


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