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先駆的な古典として バッハオーフェン『母権論』富野敬照氏訳 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

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  • ●平成23年度 国語教科書 2東書 古典028 古典 古文 
  • 東京書籍 【古典029】準拠 古典(漢文編)学習課題ノート
  • 古典文学 「三国志」 上・下 2冊 丹羽隼兵 守屋洋
  • 日記・花粉 ノヴァーリス著 現代思潮社 古典文庫35 1970年
  • 高等学校 古典 総合二 三訂版 昭和48年
  • 赤と黒 上巻のみ/スタンダール/光文社古典新訳文庫
  • 【文庫】 李陵・山月記  (新潮文庫)  中島敦@中国古典
  • 萬葉集一二三四 日本古典文学全集2~5 小学館
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先駆的な古典として ――バッハオーフェン『母権論』富野敬照氏訳――  昨今の複雑で又変動の激しい世相は、一方に真面目歴史研究への関心を刺戟しているが、若い婦人たちの間にも、益々多岐多難な女性の日生活についての自省とともに、人類の長い歴史の消長のなかで女はどのような社会的歩きかたをして来たものかという女性史についての探求心が旺になっているのは、現代日本の興味ある一つの現象であると思う。その方面に関心をもっている人々は、明らか自分たちの今日から明日へ現実的な生き方を念頭において研究をも試みているのであり、日本女性史一瞬にパッと閃いて、やがてより濃い闇に埋められた「青鞜時代」のロマンティック女性史への興味とは、おのずから本質がちがって来ている。
 今度古典的なバッハオーフェンの『母権論』の序文とエーリッヒ・フロンムという人のその批判とが合わせ翻訳されたことは、女性歴史家族歴史近代社会発生とその社会内における婦人現実関係を知ろうとする読書人にとって、疑いなく一つの価値ある文献を加えられたことである。
 訳者富野敬照氏は日本上代歴史との連関においても『母権論』の古典的文献的価値を認めて居られる。モルガンの「古代社会」や家族私有財産及び国家起源に関するエンゲルス著作などは、その見解に対する賛否はいずれにせよ、その部門での古典として何人も読まざるを得ないものであるから、既にこれらの極め具体的でありリアリスティックな諸研究のうちに十分とりあげられ、その先駆的な労作としての評価と発展的な批判とがなされているバッハオーフェンのこの「宗教をもって世界史決定的な槓杆とした」研究も、未踏であった先史の中に第一歩を印した古典として、読まるべき意義を失ってはいないのである。
 一八一年に書かれたこの『母権論』の功績は、著者バッハオーフェンが自身の神秘的な観念に制約されつつも、熱心にギリシア、ローマ等の古典文学を跋渉し、章句引用し、彼以前には、全く空白(ブランク)に等しかった先史の分野に、一夫一婦制以前の社会が単に無規律性交の行われていた原始状態であったのではなくて、その「血統が母系において――母権によって」辿られたこと、その結果女子が重い尊敬をうけた女性支配を齎していたことを証明した点にあった。訳出されているのは序文だけである由だが、バッハオーフェンの思索とその方法表現とのかかる古典特色は満喫し得る。ギリシア神話英雄伝とを日常生活伝統に持っていない日本人にとっては、全く訳者の云われている通り訳すにも労多く、感情をもって理解するにも当然或る困難を伴うのである。同時に、今日世界に生きている読書人にとっては、例えばギリシア人の間で母権から父権への推移が生じた原因を、バッハオーフェン説明したように、宗教観念発達した結果新しい神々が旧いギリシアの神々の間にわり込んで来て勝利したからであると考えることも、亦不可能であろう。男女相互社会関係歴史的な変化をうけて「女性世界史敗北として」の母権顛覆が起ったのは、バッハオーフェンがエスキュロス悲劇章句によって説明したように女神アテネが良人アガメムノンと良人の父とを殺害した母親クリテムネストラを殺して復讐した息子オレステス無罪にしたことから由来しているというよりは、人間現実生活の諸条件発達に起因しているという今日普通観察が、より現実の姿であることを承認せざるを得まいと思う。バッハオーフェンの労作の価値及びその訳出の価値は、疑いもなく、彼以後の七十八年間の人類文明貴重進歩は、彼によって印された家族に関する研究第一歩を、いかなる具体的・現実研究にまで推し出して来ているかという、正確にしてよろこばしき知識に照りかえされて、初めて真価を発揮するものと思う。
 現代婦人の翹望と努力とは、過去の或る時代に素朴に考えられていた平等化、男性化の方向とは全く反対に向っている。あらゆる女は、心から最も調和的に、最も人間らしい自然さで女らしく生きたいと希っている。花咲き溢るる女らしさの全幅をもって経済的にも精神的にも生き貫いて行くことを欲している。訳書の前がきの言葉にある通り女子が活溌な生産労働仕事にたずさわって」所謂「貴女達(レディーズ)を包む弱々しい女性らしさとは全く別性質の」美しい自他ともに幸福な「独立の気風」で朗らかに生きることを望んでいる。しかも、現実においては、今日女子の隷属の起り得ない」「原始女性は実にその活溌な労働性の故に独立的なのであり」得る原始的社会は、訳者の云われている通り恐らくパプア島食人種」のところぐらいにしか残存していまい。正に近代の娘、妻、そして母たちは「実にその活溌な労働性の故に」夫婦愛より歴史性の古いと云われているその母性感情の故に、最も高度錯綜した社会関係の辛苦にふれているという深刻な事実の裡にこそ、このバッハオーフェンの一巻が古典として存続し得る必然がかくされているというのは、意味深いことであると思う。
〔一九三九年三月



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「母性」ブリッフォート著・富野敬照訳、白揚社
   1939(昭和14)年3月発行
入力柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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