六号室 - チェーホフ アントン ( チェーホフ アントン )
六號室
アントン・チエホフ Anton Chekhov
瀬沼夏葉訳
(一)
町立病院(ちやうりつびやうゐん)の庭(には)の内(うち)、牛蒡(ごばう)、蕁草(いらぐさ)、野麻(のあさ)などの簇(むらが)り茂(しげ)つてる邊(あたり)に、小(さゝ)やかなる別室(べつしつ)の一|棟(むね)がある。屋根(やね)のブリキ板(いた)は錆(さ)びて、烟突(えんとつ)は半(なかば)破(こは)れ、玄關(げんくわん)の階段(かいだん)は紛堊(しつくひ)が剥(は)がれて、朽(く)ちて、雜草(ざつさう)さへのび/\と。正面(しやうめん)は本院(ほんゐん)に向(むか)ひ、後方(こうはう)は茫廣(ひろ/″\)とした野良(のら)に臨(のぞ)んで、釘(くぎ)を立(た)てた鼠色(ねずみいろ)の塀(へい)が取繞(とりまは)されてゐる。此(こ)の尖端(せんたん)を上(うへ)に向(む)けてゐる釘(くぎ)と、塀(へい)、さては又(また)此(こ)の別室(べつしつ)、こは露西亞(ロシア)に於(おい)て、たゞ病院(びやうゐん)と、監獄(かんごく)とにのみ見(み)る、儚(はかな)き、哀(あはれ)な、寂(さび)しい建物(たてもの)。
蕁草(いらぐさ)に掩(おほ)はれたる細道(ほそみち)を行(ゆ)けば直(す)ぐ別室(べつしつ)の入口(いりぐち)の戸(と)で、戸(と)を開(ひら)けば玄關(げんくわん)である。壁際(かべぎは)や、暖爐(だんろ)の周邊(まはり)には病院(びやうゐん)のさま/″\の雜具(がらくた)、古寐臺(ふるねだい)、汚(よご)れた病院服(びやうゐんふく)、ぼろ/\の股引下(ヅボンした)、青(あを)い縞(しま)の洗浚(あらひざら)しのシヤツ、破(やぶ)れた古靴(ふるぐつ)と云(い)つたやうな物(もの)が、ごたくさと、山(やま)のやうに積(つ)み重(かさ)ねられて、惡臭(あくしう)を放(はな)つてゐる。
此(こ)の積上(つみあ)げられたる雜具(がらくた)の上(うへ)に、毎(いつ)でも烟管(きせる)を噛(くは)へて寐辷(ねそべ)つてゐるのは、年(とし)を取(と)つた兵隊上(へいたいあが)りの、色(いろ)の褪(さ)めた徽章(きしやう)の附(つ)いてる軍服(ぐんぷく)を始終(ふだん)着(き)てゐるニキタと云(い)ふ小使(こづかひ)。眼(め)に掩(おほ)ひ被(かぶ)さつてる眉(まゆ)は山羊(やぎ)のやうで、赤(あか)い鼻(はな)の佛頂面(ぶつちやうづら)、脊(せ)は高(たか)くはないが瘠(や)せて節塊立(ふしくれだ)つて、何處(どこ)にか恁(か)う一|癖(くせ)ありさうな男(をとこ)。彼(かれ)は極(きは)めて頑(かたくな)で、何(なに)よりも秩序(ちつじよ)と云(い)ふことを大切(たいせつ)に思(おも)つてゐて、自分(じぶん)の職務(しよくむ)を遣(や)り終(おほ)せるには、何(なん)でも其鐵拳(そのてつけん)を以(もつ)て、相手(あいて)の顏(かほ)だらうが、頭(あたま)だらうが、胸(むね)だらうが、手當放題(てあたりはうだい)に毆打(なぐ)らなければならぬものと信(しん)じてゐる、所謂(いはゆる)思慮(しりよ)の廻(ま)はらぬ人間(にんげん)。
玄關(げんくわん)の先(さき)は此(こ)の別室全體(べつしつぜんたい)を占(し)めてゐる廣(ひろ)い間(ま)、是(これ)が六|號室(がうしつ)である。淺黄色(あさぎいろ)のペンキ塗(ぬり)の壁(かべ)は汚(よご)れて、天井(てんじやう)は燻(くすぶ)つてゐる。冬(ふゆ)に暖爐(だんろ)が烟(けぶ)つて炭氣(たんき)に罩(こ)められたものと見(み)える。窓(まど)は内側(うちがは)から見惡(みにく)く鐵格子(てつがうし)を嵌(は)められ、床(ゆか)は白(しろ)ちやけて、そゝくれ立(だ)つてゐる。漬(つ)けた玉菜(たまな)や、ランプの燻(いぶり)や、南京蟲(なんきんむし)や、アンモニヤの臭(にほひ)が混(こん)じて、入(はひ)つた初(はじ)めの一|分時(ぷんじ)は、動物園(どうぶつゑん)にでも行(い)つたかのやうな感覺(かんかく)を惹起(ひきおこ)すので。
室内(しつない)には螺旋(ねぢ)で床(ゆか)に止(と)められた寐臺(ねだい)が數脚(すうきやく)。其上(そのうへ)には青(あを)い病院服(びやうゐんふく)を着(き)て、昔風(むかしふう)に頭巾(づきん)を被(かぶ)つてゐる患者等(くわんじやら)が坐(すわ)つたり、寐(ね)たりして、是(これ)は皆(みんな)瘋癲患者(ふうてんくわんじや)なのである。患者(くわんじや)の數(すう)は五|人(にん)、其中(そのうち)にて一人丈(ひとりだけ)は身分(みぶん)のある者(もの)であるが他(た)は皆(みな)卑(いや)しい身分(みぶん)の者計(ものばか)り。戸口(とぐち)から第(だい)一の者(もの)は、瘠(や)せて脊(せ)の高(たか)い、栗色(くりいろ)に光(ひか)る鬚(ひげ)の、眼(め)を始終(しゞゆう)泣腫(なきなきは)らしてゐる發狂(はつきやう)の中風患者(ちゆうぶくわんじや)、頭(あたま)を支(さゝ)へて凝(ぢつ)と坐(すわ)つて、一つ所(ところ)を瞶(みつ)めながら、晝夜(ちうや)も別(わ)かず泣(な)き悲(かなし)んで、頭(あたま)を振(ふ)り太息(といき)を洩(もら)し、時(とき)には苦笑(にがわらひ)をしたりして。周邊(あたり)の話(はなし)には稀(まれ)に立入(たちい)るのみで、質問(しつもん)をされたら决(けつ)して返答(へんたふ)を爲(し)たことの無(な)い、食(く)ふ物(もの)も、飮(の)む物(もの)も、與(あた)へらるゝまゝに、時々(とき/″\)苦(くる)しさうな咳(せき)をする。其頬(そのほゝ)の紅色(べにいろ)や、瘠方(やせかた)で察(さつ)するに彼(かれ)にはもう肺病(はいびやう)の初期(しよき)が萠(き)ざしてゐるのであらう。
其(それ)に續(つゞ)いては小體(こがら)な、元氣(げんき)な、頤鬚(あごひげ)の尖(とが)つた、髮(かみ)の黒(くろ)いネグル人(じん)のやうに縮(ちゞ)れた、些(すこ)しも落着(おちつ)かぬ老人(らうじん)。彼(かれ)は晝(ひる)には室内(しつない)を窓(まど)から窓(まど)に往來(わうらい)し、或(あるひ)はトルコ風(ふう)に寐薹(ねだい)に趺(あぐら)を坐(か)いて、山雀(やまがら)のやうに止(と)め度(ど)もなく囀(さへづ)り、小聲(こゞゑ)で歌(うた)ひ、ヒヽヽと頓興(とんきよう)に笑(わら)ひ出(だ)したり爲(し)てゐるが、夜(よる)に祈祷(きたう)をする時(とき)でも、猶且(やはり)元氣(げんき)で、子供(こども)のやうに愉快(ゆくわい)さうにぴん/\してゐる。拳(こぶし)で胸(むね)を打(う)つて祈(いの)るかと思(おも)へば、直(すぐ)に指(ゆび)で戸(と)の穴(あな)を穿(ほ)つたりしてゐる。是(これ)は猶太人(ジウ)のモイセイカと云(い)ふ者(もの)で、二十|年計(ねんばか)り前(まへ)、自分(じぶん)が所有(しよいう)の帽子製造場(ばうしせいざうば)が燒(や)けた時(とき)に、發狂(はつきやう)したのであつた。
六|號室(がうしつ)の中(うち)で此(こ)のモイセイカ計(ばか)りは、庭(には)にでも町(まち)にでも自由(じいう)に外出(でる)のを許(ゆる)されてゐた。其(そ)れは彼(かれ)が古(ふる)くから病院(びやうゐん)にゐる爲(ため)か、町(まち)で子供等(こどもら)や、犬(いぬ)に圍(かこ)まれてゐても、决(けつ)して他(た)に何等(なんら)の害(がい)をも加(くは)へぬと云(い)ふ事(こと)を町(まち)の人(ひと)に知(し)られてゐる爲(ため)か、左(と)に右(かく)、彼(かれ)は町(まち)の名物男(めいぶつをとこ)として、一人(ひとり)此(こ)の特權(とくけん)を得(え)てゐたのである。彼(かれ)は町(まち)を廻(まは)るに病院服(びやうゐんふく)の儘(まゝ)、妙(めう)な頭巾(づきん)を被(かぶ)り、上靴(うはぐつ)を穿(は)いてる時(とき)もあり、或(あるひ)は跣足(はだし)でヅボン下(した)も穿(は)かずに歩(ある)いてゐる時(とき)もある。而(さう)して人(ひと)の門(かど)や、店前(みせさき)に立(た)つては一|錢(せん)づつを請(こ)ふ。或(ある)家(いへ)ではクワスを飮(の)ませ、或(ある)所(ところ)ではパンを食(く)はして呉(く)れる。で、彼(かれ)は毎(いつ)も滿腹(まんぷく)で、金持(かねもち)になつて、六|號室(がうしつ)に歸(かへ)つて來(く)る。が、其(そ)の携(たづさ)へ歸(かへ)る所(ところ)の物(もの)は、玄關(げんくわん)でニキタに皆(みんな)奪(うば)はれて了(しま)ふ。兵隊上(へいたいあが)りの小使(こづかひ)のニキタは亂暴(らんばう)にも、隱(かくし)を一々(いち/\)轉覆(ひつくりか)へして、悉皆(すつかり)取返(とりか)へして了(しま)ふので有(あ)つた。
又(また)モイセイカは同室(どうしつ)の者(もの)にも至(いた)つて親切(しんせつ)で、水(みづ)を持(も)つて來(き)て遣(や)り、寐(ね)る時(とき)には布團(ふとん)を掛(か)けて遣(や)りして、町(まち)から一|錢(せん)づつ貰(もら)つて來(き)て遣(や)るとか、各(めい/\)に新(あたら)しい帽子(ばうし)を縫(ぬ)つて遣(や)るとかと云(い)ふ。左(ひだり)の方(はう)の中風患者(ちゆうぶくわんじや)には始終(しゞゆう)匙(さじ)でもつて食事(しよくじ)をさせる。彼(かれ)が恁(か)くするのは、別段(べつだん)同情(どうじやう)からでもなく、と云(い)つて、或(あ)る情誼(じやうぎ)からするのでもなく、唯(たゞ)右(みぎ)の隣(となり)にゐるグロモフと云(い)ふ人(ひと)に習(なら)つて、自然(しぜん)其眞似(そのまね)をするので有(あ)つた。
イワン、デミトリチ、グロモフは三十三|歳(さい)で、彼(かれ)は此室(このしつ)での身分(みぶん)の可(い)いもの、元來(もと)は裁判所(さいばんしよ)の警吏(けいり)、又(また)縣廳(けんちやう)の書記(しよき)をも務(つと)めたので。彼(かれ)は人(ひと)が自分(じぶん)を窘逐(きんちく)すると云(い)ふ事(こと)を苦(く)にしてゐる瘋癲患者(ふうてんくわんじや)、常(つね)に寐薹(ねだい)の上(うへ)に丸(まる)くなつて寐(ね)てゐたり、或(あるひ)は運動(うんどう)の爲(ため)かのやうに、室(へや)を隅(すみ)から隅(すみ)へと歩(ある)いて見(み)たり、坐(すわ)つてゐる事(こと)は殆(ほとん)ど稀(まれ)で、始終(しゞゆう)興奮(こうふん)して、燥氣(いら/\)して、曖昧(あいまい)なある待(ま)つことで氣(き)が張(は)つてゐる樣子(やうす)。玄關(げんくわん)の方(はう)で微(かすか)な音(おと)でもするか、庭(には)で聲(こゑ)でも聞(き)こえるかすると、直(す)ぐに頭(あたま)を持上(もちあ)げて耳(みゝ)を欹(そばだ)てる。誰(だれ)か自分(じぶん)の所(ところ)に來(き)たのでは無(な)いか、自分(じぶん)を尋(たづ)ねてゐるのでは無(な)いかと思(おも)つて、顏(かほ)には謂(い)ふべからざる不安(ふあん)の色(いろ)が顯(あら)はれる。さなきだに彼(かれ)の憔悴(せうすゐ)した顏(かほ)は不幸(ふかう)なる内心(ないしん)の煩悶(はんもん)と、長日月(ちやうじつげつ)の恐怖(きようふ)とにて、苛責(さいな)まれ拔(ぬ)いた心(こゝろ)を、鏡(かゞみ)に寫(うつ)したやうに現(あら)はしてゐるのに。其廣(そのひろ)い骨張(ほねば)つた顏(かほ)の動(うご)きは、如何(いか)にも變(へん)で病的(びやうてき)で有(あ)つて。然(しか)し心(こゝろ)の苦痛(くつう)にて彼(かれ)の顏(かほ)に印(いん)せられた緻密(ちみつ)な徴候(ちようこう)は、一|見(けん)して智慧(ちゑ)ありさうな、教育(けういく)ありさうな風(ふう)に思(おも)はしめた。而(さう)して其眼(そのめ)には暖(あたゝか)な健全(けんぜん)な輝(かゞやき)がある、彼(かれ)はニキタを除(のぞ)くの外(ほか)は、誰(たれ)に對(たい)しても親切(しんせつ)で、同情(どうじやう)が有(あ)つて、謙遜(けんそん)であつた。同室(どうしつ)で誰(だれ)かゞ釦鈕(ぼたん)を落(おと)したとか匙(さじ)を落(おと)したとか云(い)ふ場合(ばあひ)には、彼(かれ)が先(ま)づ寐薹(ねだい)から起(おき)上(あが)つて、取(と)つて遣(や)る。毎朝(まいあさ)起(おき)ると同室(どうしつ)の者等(ものら)にお早(はや)うと云(い)ひ、晩(ばん)には又(また)お休息(やすみ)なさいと挨拶(あいさつ)もする。
彼(かれ)の發狂者(はつきやうしや)らしい所(ところ)は、始終(しゞゆう)氣(き)の張(は)つた樣子(やうす)と、變(へん)な眼付(めつき)とをするの外(ほか)に、時折(ときをり)、晩(ばん)になると、着(き)てゐる病院服(びやうゐんふく)の前(まへ)を神經的(しんけいてき)に掻合(かきあ)はせると思(おも)ふと、齒(は)の根(ね)も合(あ)はぬまでに全身(ぜんしん)を顫(ふる)はし、隅(すみ)から隅(すみ)へと急(いそ)いで歩(あゆ)み初(はじ)める、丁度(ちやうど)激(はげ)しい熱病(ねつびやう)にでも俄(にはか)に襲(おそ)はれたやう。と、施(やが)て立留(たちとゞま)つて室内(しつない)の人々(ひと/″\)を※(みまは)して昂然(かうぜん)として今(いま)にも何(なに)か重大(ぢゆうだい)な事(こと)を云(い)はんとするやうな身構(みがま)へをする。が、又(また)直(たゞち)に自分(じぶん)の云(い)ふ事(こと)を聽(き)く者(もの)は無(な)い、其(そ)の云(い)ふ事(こと)が解(わか)るものは無(な)いとでも考(かんが)へ直(なほ)したかのやうに燥立(いらだ)つて、頭(あたま)を振(ふ)りながら又(また)歩(ある)き出(だ)す。然(しか)るに言(い)はうと云(い)ふ望(のぞみ)は、終(つひ)に消(き)えず忽(たちまち)にして總(すべて)の考(かんがへ)を壓去(あつしさ)つて、此度(こんど)は思(おも)ふ存分(ぞんぶん)、熱切(ねつせつ)に、夢中(むちゆう)の有樣(ありさま)で、言(ことば)が迸(ほとばし)り出(で)る。言(い)ふ所(ところ)は勿論(もちろん)、秩序(ちつじよ)なく、寐言(ねごと)のやうで、周章(あわて)て見(み)たり、途切(とぎ)れて見(み)たり、何(なん)だか意味(いみ)の解(わか)らぬことを言(い)ふのであるが、何處(どこ)かに又(また)善良(ぜんりやう)なる性質(せいしつ)が微(ほのか)に聞(きこ)える、其言(そのことば)の中(うち)か、聲(こゑ)の中(うち)かに、而(さう)して彼(かれ)の瘋癲者(ふうてんしや)たる所(ところ)も、彼(かれ)の人格(じんかく)も亦(また)見(み)える。
蕁草(いらぐさ)に掩(おほ)はれたる細道(ほそみち)を行(ゆ)けば直(す)ぐ別室(べつしつ)の入口(いりぐち)の戸(と)で、戸(と)を開(ひら)けば玄關(げんくわん)である。壁際(かべぎは)や、暖爐(だんろ)の周邊(まはり)には病院(びやうゐん)のさま/″\の雜具(がらくた)、古寐臺(ふるねだい)、汚(よご)れた病院服(びやうゐんふく)、ぼろ/\の股引下(ヅボンした)、青(あを)い縞(しま)の洗浚(あらひざら)しのシヤツ、破(やぶ)れた古靴(ふるぐつ)と云(い)つたやうな物(もの)が、ごたくさと、山(やま)のやうに積(つ)み重(かさ)ねられて、惡臭(あくしう)を放(はな)つてゐる。
此(こ)の積上(つみあ)げられたる雜具(がらくた)の上(うへ)に、毎(いつ)でも烟管(きせる)を噛(くは)へて寐辷(ねそべ)つてゐるのは、年(とし)を取(と)つた兵隊上(へいたいあが)りの、色(いろ)の褪(さ)めた徽章(きしやう)の附(つ)いてる軍服(ぐんぷく)を始終(ふだん)着(き)てゐるニキタと云(い)ふ小使(こづかひ)。眼(め)に掩(おほ)ひ被(かぶ)さつてる眉(まゆ)は山羊(やぎ)のやうで、赤(あか)い鼻(はな)の佛頂面(ぶつちやうづら)、脊(せ)は高(たか)くはないが瘠(や)せて節塊立(ふしくれだ)つて、何處(どこ)にか恁(か)う一|癖(くせ)ありさうな男(をとこ)。彼(かれ)は極(きは)めて頑(かたくな)で、何(なに)よりも秩序(ちつじよ)と云(い)ふことを大切(たいせつ)に思(おも)つてゐて、自分(じぶん)の職務(しよくむ)を遣(や)り終(おほ)せるには、何(なん)でも其鐵拳(そのてつけん)を以(もつ)て、相手(あいて)の顏(かほ)だらうが、頭(あたま)だらうが、胸(むね)だらうが、手當放題(てあたりはうだい)に毆打(なぐ)らなければならぬものと信(しん)じてゐる、所謂(いはゆる)思慮(しりよ)の廻(ま)はらぬ人間(にんげん)。
玄關(げんくわん)の先(さき)は此(こ)の別室全體(べつしつぜんたい)を占(し)めてゐる廣(ひろ)い間(ま)、是(これ)が六|號室(がうしつ)である。淺黄色(あさぎいろ)のペンキ塗(ぬり)の壁(かべ)は汚(よご)れて、天井(てんじやう)は燻(くすぶ)つてゐる。冬(ふゆ)に暖爐(だんろ)が烟(けぶ)つて炭氣(たんき)に罩(こ)められたものと見(み)える。窓(まど)は内側(うちがは)から見惡(みにく)く鐵格子(てつがうし)を嵌(は)められ、床(ゆか)は白(しろ)ちやけて、そゝくれ立(だ)つてゐる。漬(つ)けた玉菜(たまな)や、ランプの燻(いぶり)や、南京蟲(なんきんむし)や、アンモニヤの臭(にほひ)が混(こん)じて、入(はひ)つた初(はじ)めの一|分時(ぷんじ)は、動物園(どうぶつゑん)にでも行(い)つたかのやうな感覺(かんかく)を惹起(ひきおこ)すので。
室内(しつない)には螺旋(ねぢ)で床(ゆか)に止(と)められた寐臺(ねだい)が數脚(すうきやく)。其上(そのうへ)には青(あを)い病院服(びやうゐんふく)を着(き)て、昔風(むかしふう)に頭巾(づきん)を被(かぶ)つてゐる患者等(くわんじやら)が坐(すわ)つたり、寐(ね)たりして、是(これ)は皆(みんな)瘋癲患者(ふうてんくわんじや)なのである。患者(くわんじや)の數(すう)は五|人(にん)、其中(そのうち)にて一人丈(ひとりだけ)は身分(みぶん)のある者(もの)であるが他(た)は皆(みな)卑(いや)しい身分(みぶん)の者計(ものばか)り。戸口(とぐち)から第(だい)一の者(もの)は、瘠(や)せて脊(せ)の高(たか)い、栗色(くりいろ)に光(ひか)る鬚(ひげ)の、眼(め)を始終(しゞゆう)泣腫(なきなきは)らしてゐる發狂(はつきやう)の中風患者(ちゆうぶくわんじや)、頭(あたま)を支(さゝ)へて凝(ぢつ)と坐(すわ)つて、一つ所(ところ)を瞶(みつ)めながら、晝夜(ちうや)も別(わ)かず泣(な)き悲(かなし)んで、頭(あたま)を振(ふ)り太息(といき)を洩(もら)し、時(とき)には苦笑(にがわらひ)をしたりして。周邊(あたり)の話(はなし)には稀(まれ)に立入(たちい)るのみで、質問(しつもん)をされたら决(けつ)して返答(へんたふ)を爲(し)たことの無(な)い、食(く)ふ物(もの)も、飮(の)む物(もの)も、與(あた)へらるゝまゝに、時々(とき/″\)苦(くる)しさうな咳(せき)をする。其頬(そのほゝ)の紅色(べにいろ)や、瘠方(やせかた)で察(さつ)するに彼(かれ)にはもう肺病(はいびやう)の初期(しよき)が萠(き)ざしてゐるのであらう。
其(それ)に續(つゞ)いては小體(こがら)な、元氣(げんき)な、頤鬚(あごひげ)の尖(とが)つた、髮(かみ)の黒(くろ)いネグル人(じん)のやうに縮(ちゞ)れた、些(すこ)しも落着(おちつ)かぬ老人(らうじん)。彼(かれ)は晝(ひる)には室内(しつない)を窓(まど)から窓(まど)に往來(わうらい)し、或(あるひ)はトルコ風(ふう)に寐薹(ねだい)に趺(あぐら)を坐(か)いて、山雀(やまがら)のやうに止(と)め度(ど)もなく囀(さへづ)り、小聲(こゞゑ)で歌(うた)ひ、ヒヽヽと頓興(とんきよう)に笑(わら)ひ出(だ)したり爲(し)てゐるが、夜(よる)に祈祷(きたう)をする時(とき)でも、猶且(やはり)元氣(げんき)で、子供(こども)のやうに愉快(ゆくわい)さうにぴん/\してゐる。拳(こぶし)で胸(むね)を打(う)つて祈(いの)るかと思(おも)へば、直(すぐ)に指(ゆび)で戸(と)の穴(あな)を穿(ほ)つたりしてゐる。是(これ)は猶太人(ジウ)のモイセイカと云(い)ふ者(もの)で、二十|年計(ねんばか)り前(まへ)、自分(じぶん)が所有(しよいう)の帽子製造場(ばうしせいざうば)が燒(や)けた時(とき)に、發狂(はつきやう)したのであつた。
六|號室(がうしつ)の中(うち)で此(こ)のモイセイカ計(ばか)りは、庭(には)にでも町(まち)にでも自由(じいう)に外出(でる)のを許(ゆる)されてゐた。其(そ)れは彼(かれ)が古(ふる)くから病院(びやうゐん)にゐる爲(ため)か、町(まち)で子供等(こどもら)や、犬(いぬ)に圍(かこ)まれてゐても、决(けつ)して他(た)に何等(なんら)の害(がい)をも加(くは)へぬと云(い)ふ事(こと)を町(まち)の人(ひと)に知(し)られてゐる爲(ため)か、左(と)に右(かく)、彼(かれ)は町(まち)の名物男(めいぶつをとこ)として、一人(ひとり)此(こ)の特權(とくけん)を得(え)てゐたのである。彼(かれ)は町(まち)を廻(まは)るに病院服(びやうゐんふく)の儘(まゝ)、妙(めう)な頭巾(づきん)を被(かぶ)り、上靴(うはぐつ)を穿(は)いてる時(とき)もあり、或(あるひ)は跣足(はだし)でヅボン下(した)も穿(は)かずに歩(ある)いてゐる時(とき)もある。而(さう)して人(ひと)の門(かど)や、店前(みせさき)に立(た)つては一|錢(せん)づつを請(こ)ふ。或(ある)家(いへ)ではクワスを飮(の)ませ、或(ある)所(ところ)ではパンを食(く)はして呉(く)れる。で、彼(かれ)は毎(いつ)も滿腹(まんぷく)で、金持(かねもち)になつて、六|號室(がうしつ)に歸(かへ)つて來(く)る。が、其(そ)の携(たづさ)へ歸(かへ)る所(ところ)の物(もの)は、玄關(げんくわん)でニキタに皆(みんな)奪(うば)はれて了(しま)ふ。兵隊上(へいたいあが)りの小使(こづかひ)のニキタは亂暴(らんばう)にも、隱(かくし)を一々(いち/\)轉覆(ひつくりか)へして、悉皆(すつかり)取返(とりか)へして了(しま)ふので有(あ)つた。
又(また)モイセイカは同室(どうしつ)の者(もの)にも至(いた)つて親切(しんせつ)で、水(みづ)を持(も)つて來(き)て遣(や)り、寐(ね)る時(とき)には布團(ふとん)を掛(か)けて遣(や)りして、町(まち)から一|錢(せん)づつ貰(もら)つて來(き)て遣(や)るとか、各(めい/\)に新(あたら)しい帽子(ばうし)を縫(ぬ)つて遣(や)るとかと云(い)ふ。左(ひだり)の方(はう)の中風患者(ちゆうぶくわんじや)には始終(しゞゆう)匙(さじ)でもつて食事(しよくじ)をさせる。彼(かれ)が恁(か)くするのは、別段(べつだん)同情(どうじやう)からでもなく、と云(い)つて、或(あ)る情誼(じやうぎ)からするのでもなく、唯(たゞ)右(みぎ)の隣(となり)にゐるグロモフと云(い)ふ人(ひと)に習(なら)つて、自然(しぜん)其眞似(そのまね)をするので有(あ)つた。
イワン、デミトリチ、グロモフは三十三|歳(さい)で、彼(かれ)は此室(このしつ)での身分(みぶん)の可(い)いもの、元來(もと)は裁判所(さいばんしよ)の警吏(けいり)、又(また)縣廳(けんちやう)の書記(しよき)をも務(つと)めたので。彼(かれ)は人(ひと)が自分(じぶん)を窘逐(きんちく)すると云(い)ふ事(こと)を苦(く)にしてゐる瘋癲患者(ふうてんくわんじや)、常(つね)に寐薹(ねだい)の上(うへ)に丸(まる)くなつて寐(ね)てゐたり、或(あるひ)は運動(うんどう)の爲(ため)かのやうに、室(へや)を隅(すみ)から隅(すみ)へと歩(ある)いて見(み)たり、坐(すわ)つてゐる事(こと)は殆(ほとん)ど稀(まれ)で、始終(しゞゆう)興奮(こうふん)して、燥氣(いら/\)して、曖昧(あいまい)なある待(ま)つことで氣(き)が張(は)つてゐる樣子(やうす)。玄關(げんくわん)の方(はう)で微(かすか)な音(おと)でもするか、庭(には)で聲(こゑ)でも聞(き)こえるかすると、直(す)ぐに頭(あたま)を持上(もちあ)げて耳(みゝ)を欹(そばだ)てる。誰(だれ)か自分(じぶん)の所(ところ)に來(き)たのでは無(な)いか、自分(じぶん)を尋(たづ)ねてゐるのでは無(な)いかと思(おも)つて、顏(かほ)には謂(い)ふべからざる不安(ふあん)の色(いろ)が顯(あら)はれる。さなきだに彼(かれ)の憔悴(せうすゐ)した顏(かほ)は不幸(ふかう)なる内心(ないしん)の煩悶(はんもん)と、長日月(ちやうじつげつ)の恐怖(きようふ)とにて、苛責(さいな)まれ拔(ぬ)いた心(こゝろ)を、鏡(かゞみ)に寫(うつ)したやうに現(あら)はしてゐるのに。其廣(そのひろ)い骨張(ほねば)つた顏(かほ)の動(うご)きは、如何(いか)にも變(へん)で病的(びやうてき)で有(あ)つて。然(しか)し心(こゝろ)の苦痛(くつう)にて彼(かれ)の顏(かほ)に印(いん)せられた緻密(ちみつ)な徴候(ちようこう)は、一|見(けん)して智慧(ちゑ)ありさうな、教育(けういく)ありさうな風(ふう)に思(おも)はしめた。而(さう)して其眼(そのめ)には暖(あたゝか)な健全(けんぜん)な輝(かゞやき)がある、彼(かれ)はニキタを除(のぞ)くの外(ほか)は、誰(たれ)に對(たい)しても親切(しんせつ)で、同情(どうじやう)が有(あ)つて、謙遜(けんそん)であつた。同室(どうしつ)で誰(だれ)かゞ釦鈕(ぼたん)を落(おと)したとか匙(さじ)を落(おと)したとか云(い)ふ場合(ばあひ)には、彼(かれ)が先(ま)づ寐薹(ねだい)から起(おき)上(あが)つて、取(と)つて遣(や)る。毎朝(まいあさ)起(おき)ると同室(どうしつ)の者等(ものら)にお早(はや)うと云(い)ひ、晩(ばん)には又(また)お休息(やすみ)なさいと挨拶(あいさつ)もする。
彼(かれ)の發狂者(はつきやうしや)らしい所(ところ)は、始終(しゞゆう)氣(き)の張(は)つた樣子(やうす)と、變(へん)な眼付(めつき)とをするの外(ほか)に、時折(ときをり)、晩(ばん)になると、着(き)てゐる病院服(びやうゐんふく)の前(まへ)を神經的(しんけいてき)に掻合(かきあ)はせると思(おも)ふと、齒(は)の根(ね)も合(あ)はぬまでに全身(ぜんしん)を顫(ふる)はし、隅(すみ)から隅(すみ)へと急(いそ)いで歩(あゆ)み初(はじ)める、丁度(ちやうど)激(はげ)しい熱病(ねつびやう)にでも俄(にはか)に襲(おそ)はれたやう。と、施(やが)て立留(たちとゞま)つて室内(しつない)の人々(ひと/″\)を※(みまは)して昂然(かうぜん)として今(いま)にも何(なに)か重大(ぢゆうだい)な事(こと)を云(い)はんとするやうな身構(みがま)へをする。が、又(また)直(たゞち)に自分(じぶん)の云(い)ふ事(こと)を聽(き)く者(もの)は無(な)い、其(そ)の云(い)ふ事(こと)が解(わか)るものは無(な)いとでも考(かんが)へ直(なほ)したかのやうに燥立(いらだ)つて、頭(あたま)を振(ふ)りながら又(また)歩(ある)き出(だ)す。然(しか)るに言(い)はうと云(い)ふ望(のぞみ)は、終(つひ)に消(き)えず忽(たちまち)にして總(すべて)の考(かんがへ)を壓去(あつしさ)つて、此度(こんど)は思(おも)ふ存分(ぞんぶん)、熱切(ねつせつ)に、夢中(むちゆう)の有樣(ありさま)で、言(ことば)が迸(ほとばし)り出(で)る。言(い)ふ所(ところ)は勿論(もちろん)、秩序(ちつじよ)なく、寐言(ねごと)のやうで、周章(あわて)て見(み)たり、途切(とぎ)れて見(み)たり、何(なん)だか意味(いみ)の解(わか)らぬことを言(い)ふのであるが、何處(どこ)かに又(また)善良(ぜんりやう)なる性質(せいしつ)が微(ほのか)に聞(きこ)える、其言(そのことば)の中(うち)か、聲(こゑ)の中(うち)かに、而(さう)して彼(かれ)の瘋癲者(ふうてんしや)たる所(ところ)も、彼(かれ)の人格(じんかく)も亦(また)見(み)える。
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六号室 (ろくごうしつ) のリンク元
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- http://bit.ly/g1Y6yl
- [[biglobe]] ?`?F?[?z?t?Z??コ
- [[biglobe]] ?Z??コ
- http://docomo.ne.jp/cp/as-rslt.cgi?pno=1&key=%82%e4%82%a4%82%ed%82%be%82%f1%82%af%82%c2+%88%d3%96%a1&sid=00
- http://docomo.ne.jp/cp/as-rslt.cgi?pno=2&key=%b1%dd%c4%dd+%c3%de%a8%da%b5&fid=2
- [[ezweb]] ばんせつもけかれ
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- [[ezweb]] チェーホフ 六号室
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