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- 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

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  • 「芥川龍之介」 関口安義   岩波新書
  • ◆◇ 芥川龍之介 著「羅生門・鼻」(新潮文庫) ◇◆
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  • 別冊毎日グラフ 芥川龍之介 生誕百年、そして今
  • 絶版■芥川龍之介【邪宗門・杜子春】新潮文庫帯/昭和42年/葱.秋
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芥川龍之介  僕は重い外套(がいとう)にアストラカンの帽をかぶり、市(いち)ヶ谷(や)の刑務所へ歩いて行った。僕の従兄(いとこ)は四五日前にそこの刑務所にはいっていた。僕は従兄を慰める親戚総代にほかならなかった。が、僕の気もちの中には刑務所に対する好奇心もまじっていることは確かだった。
 二月に近い往来は売出しの旗などの残っていたものの、どこの町全体も冬枯れていた。僕は坂を登りながら、僕自身も肉体的にしみじみ疲れていることを感じた。僕の叔父(おじ)は去年の十一月喉頭癌(こうとうがん)のために故人になっていた。それから僕の遠縁の少年はこの正月家出していた。それから――しかし従兄の収監(しゅうかん)は僕には何よりも打撃だった。僕は従兄の弟と一しょに最も僕には縁の遠い交渉を重ねなければならなかった。のみならずそれ等の事件にからまる親戚同志の感情上の問題東京に生まれた人々以外に通じ悪(にく)いこだわりを生じ勝ちだった。僕は従兄と面会した上、ともかくどこかに一週間でも静養したいと思わずにはいられなかった。………
 市ヶ谷の刑務所は草の枯れた、高い土手(どて)をめぐらしていた。のみならずどこか中世紀じみた門には太い木の格子戸(こうしど)の向うに、霜に焦(こ)げた檜(ひのき)などのある、砂利(じゃり)を敷いた庭を透(す)かしていた。僕はこの門の前に立ち、長い半白(はんぱく)の髭(ひげ)を垂(た)らした、好人物らしい看守(かんしゅ)に名刺渡した。それから余り門と離れていない、庇(ひさし)に厚い苔(こけ)の乾いた面会人控室へつれて行って貰った。そこにはもう僕のほかにも薄縁(うすべ)りを張った腰かけの上に何人も腰をおろしていた。しかし一番目立ったのは黒縮緬(くろちりめん)の羽織をひっかけ、何か雑誌を読んでいる三十四五の女だった。
 妙に無愛想(ぶあいそう)な一人看守は時々こう云う控室へ来、少しも抑揚(よくよう)のない声にちょうど面会の順に当った人々の番号を呼び上げて行った。が、僕はいつまで待っても、容易に番号を呼ばれなかった。いつまで待っても――僕の刑務所の門をくぐったのはかれこれ十時になりかかっていた。けれども僕の腕時計はもう一時十分前だった。
 僕は勿論(もちろん)腹も減りはじめた。しかしそれよりもやり切れなかったのは全然火の気(け)と云うもののない控室の中の寒さだった。僕は絶えず足踏みをしながら、苛々(いらいら)する心もちを抑(おさ)えていた。が、大勢(おおぜい)の面会人は誰も存外(ぞんがい)平気らしかった。殊に丹前(たんぜん)を二枚重ねた、博奕(ばくち)打ちらしい男などは新聞一つ読もうともせず、ゆっくり蜜柑(みかん)ばかり食いつづけていた。
 しかし大勢の面会人も看守呼び出しに来る度にだんだん数を減らして行った。僕はとうとう控室の前へ出、砂利を敷いた庭を歩きはじめた。そこには冬らしい日の光も当っているのに違いなかった。けれどもいつか立ち出した風も僕の顔へ薄い塵(ちり)を吹きつけて来るのに違いなかった。僕は自然と依怙地(えこじ)になり、とにかく四時になるまでは控室へはいるまいと決心した。
 僕は生憎(あいにく)四時になっても、まだ呼び出して貰われなかった。のみならず僕より後(あと)に来た人々もいつか呼び出しに遇(あ)ったと見え、大抵(たいてい)はもういなくなっていた。僕はとうとう控室へはいり、博奕打ちらしい男にお時宜(じぎ)をした上、僕の場合相談した。が、彼はにこりともせず、浪花節語(なにわぶしかた)りに近い声にこう云う返事をしただけだった。
「一日(いちんち)に一人(ひとり)しか会わせませんからね。お前(まえ)さんの前に誰か会っているんでしょう。」
 勿論こう云う彼の言葉は僕を不安にしたのに違いなかった。僕はまた番号を呼びに来た看守に一体|従兄(いとこ)に面会することは出来るかどうか尋ねることにした。しかし看守は僕の言葉全然返事をしなかった上、僕の顔も見ずに歩いて行ってしまった。同時にまた博奕打ちらしい男も二三人の面会人と一しょに看守のあとについて行ってしまった。僕は土間(どま)のまん中に立ち、機械的に巻煙草に火をつけたりした。が、時間の移るにつれ、だんだん無愛想(ぶあいそう)な看守に対する憎しみの深まるのを感じ出した。(僕はこの侮辱(ぶじょく)を受けた時に急に不快にならないことをいつも不思議に思っている。)
 看守のもう一度呼び出しに来たのはかれこれ五時になりかかっていた。僕はまたアストラカンの帽をとった上、看守に同じことを問いかけようとした。すると看守は横を向いたまま、僕の言葉を聞かないうちにさっさと向うへ行ってしまった。「余りと言えば余り」とは実際こう云う瞬間の僕の感情に違いなかった。僕は巻煙草の吸いさしを投げつけ、控室の向うにある刑務所玄関(げんかん)へ歩いて行った。


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