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加利福尼亜の宝島 (お伽冒険談) - 国枝 史郎 ( くにえだ しろう )

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  • 麻雀いっぱつ読本 別冊宝島編集部 編 宝島文庫 2008年刊
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加利福尼亜の宝島 (お伽冒険談)         一 「小豆島(あずきじま)紋太夫が捕らえられたそうな」 「いよいよ天運尽きたと見える」 「八幡船の後胤もこれでいよいよ根絶やしか。ちょっと惜しいような気もするな」 「住吉の浜で切られるそうな」 「末代までの語り草じゃ、これは是非とも見に行かずばなるまい」 「あれほど鳴らした海賊の長(おさ)、さぞ立派な最期(さいご)をとげようぞ」  摂津国(せっつのくに)大坂の町では寄るとさわると噂である。
 当日になると紋太夫は、跛(ちんば)の馬に乗せられて、市中一円を引き廻されたが、松並木の多い住吉街道をやがて浜まで引かれて来た。
 矢来の中へ押し入れられ、首の座へ直ったところで、係りの役人がつと進んだ。
「これ紋太夫、云い遺すことはないか?」作法によって尋ねて見た。
「はい」と云って紋太夫は逞(たくま)しい髯面をグイと上げたが、「私は、海賊にござります。海で死にとうござります」
「ならぬ」と役人は叱※(しった)した。
「その方|以前(まえかた)何んと申した。海を見ながら死にとうござると、このように申した筈ではないか、本来なれば千日前刑場で所刑さるべきもの、海外までも名に響いた紋太夫の名を愛(め)でさせられ、特に願いを聞き届けこの住吉海辺において首打つ事になったというは、一方ならぬ上(かみ)のご仁慈じゃ。今さら何を申しおるぞ」
「いや」
 と紋太夫微笑を含み、
「海で死にたいと申しましたは、決して海の中へはいり、水に溺れて死にたいという、そういう意味ではござりませぬ」
「うむ、しからばどういう意味じゃな?」
自由に海が眺められるよう、海に向かった矢来だけお取り払いくださいますよう」
自由に海を眺めたいというのか」
「はいさようでございます。高手小手に縛(ばく)された私、矢来をお取り払いくだされたとてとうてい逃げることは出来ませぬ」
「警護の者も沢山いる。逃げようとて逃がしはせぬ。……最後願いじゃ聞き届けて進ぜる」
「有難い仕合せに存じます」
 そこで矢来は取り払われ波|平(たいら)かの浪華(なにわ)の海、住吉入江が見渡された。頃は極月二十日の午後、暖国のこととて日射し暖かに、白砂青松相映じ、心ゆくばかりの景色である。
 太刀取りの武士が白刃(しらは)を提げ、静かに背後(うしろ)へ寄り添った。
「行くぞ」
 と一声掛けて置いて紋太夫の様子を窺(うかが)った。
 紋太夫は屹(きっ)と眼を据えて、水天髣髴(すいてんほうふつ)の遠方(おちかた)を喰い入るばかりに睨んでいたが、
「いざ、スッパリおやりくだされい」
 とたんに、太刀影(たちかげ)陽(ひ)に閃めいたがドンと鈍い音がして、紋太夫の首は地に落ちた。颯(さっ)と切り口から迸(ほとば)しる血! と見る間にコロコロコロコロ地上の生首渦を巻いたが、ピョンと空中へ飛び上がった。同時に俯向(うつむ)きに仆れていた紋太夫の体が起き上がる。
 首は体へ繋がったのである。
「ハッハッハッハッ」
 と紋太夫は大眼カッと見開いて役人どもを見廻したが、
「ご免|蒙(こうむ)る」
 と一声叫ぶと、海へ向かって走り出し、身を躍らせて飛び込んだ。パッと立つ水煙り。そのまま姿は見えなくなった。

 小豆島太夫の持ち船が、瀬戸内海風ノ子島の、深い入江にはいって来たのは、同じその日の宵のことであった。
 船中|寂(せき)として声もない。
 二本|帆柱(ばしら)の大船で、南洋船と和船とを折衷したような型である。
 鋭い弦月が現われて、一本帆柱へ懸かった頃、すなわち夜も明方の事、副将来島(くるしま)十平太は、二、三の部下を従えて胴の間から甲板(かんぱん)へ出た。
「ああ今夜は厭な気持ちだ。月までが蒼褪(あおざ)めて幽霊のように見える」
 呟きながら十平太は東の空を振り仰いだが、「今頃|骸(むくろ)は晒されていようぞ。ああもう頭領とも逢うことが出来ぬ」
「とんだことになりましたな」一人部下が合槌を打つ。「あの偉かった頭領がこうはかなく殺されようとは、ほんとに、夢のようでございますなあ」
「俺はあの時お止めしたものだ。……大坂城代町奉行も我ら眷族の者どもを一網打尽に捕らえようとてぐすね引いて待っている由(よし)、危険千万でござるゆえ、大坂上陸はお止めなされとな。しかし頭領は聞かれなかった。――近頃南洋のある国よりある地理書を城代まで献上致した風聞じゃ。是非とも地理書を奪い取り、書かれた中身を一見せねばこの紋太夫胸が治まらぬ――こう云って無理に上陸したところ、はたして町奉行手附きの者に、騙(たば)かられて捕縛(めしと)られ、無残にも刑死をとげられたのじゃよ」

        二

 その時、あわただしく胴の間から一人部下が飛んで来たが、月の光のためばかりでなくその顔はほとんど真っ蒼であった。
「どうした?」
 と十平太は訝(いぶか)し気に聞いた。
大変なことが起こりました」胸を拳で叩きながら、「頭領の部屋に、頭領が……」
「なに?」
 と十平太は進み出た。
「えい、あわてずにしっかり云え!」
「はい、頭領がおられます! はい、頭領がおられます。いつものお部屋におられます」
馬鹿!」
 と海賊の塩風声(しおかぜごえ)、十平太は浴びせかけたが、
「首を打たれた頭領が何んで船中におられるものか。嘉三貴様血迷ったな!」
 嘉三と呼ばれたその男は、そう云われても頑強(かたくな)に、頭領がいると叫ぶのであった。
「いえ血迷いは致しませぬ。この眼で見たのでございます」
「そうか」ととうとう十平太も不審の小首を傾(かし)げるようになった。と、見て取った手下どもは一時にゾッと身顫(みぶる)いをした。迷信深い賊の常として、幽霊連想したのであった。
 十平太は腕を組んでしばらく考えに沈んでいたが、バラリ腕を解くと歩き出した。
「よろしい、行って確かめてやろうぞ」

 胴の間の頭領の部屋は、諸国の珍器で飾られていた。
 印度(インド)産の黒檀の卓子(テーブル)。波斯(ペルシャ)織りの花|毛氈(もうせん)。アフガニスタンの絹窓掛け。サクソン時計


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