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勇士ウ※[#小書き片仮名ヲ]ルター(実話) - 鈴木 三重吉 ( すずき みえきち )

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勇士ウ※ルター(実話)     一  これは、こしらへた冒険談ではなく、全くほんたうの事実話ですから、そのつもりでお聞き下さい。  今からちやうど二十年まへのことでした。或ときイギリスシェフィールドといふ町の警察へ、一人泥棒未遂犯人があげられました。年のころ三十がッかうの、黒い大きな眼をした、背のごく低い男で、夜中に、或家の屋根裏部屋へはいりこんだところをつかまつたのですが、唖(おし)を装つてゐるのか、ほんとに唖なのか、どんなに、おどかしても、だましても、てんで口をきゝません。現場をつかまへた刑事のいふところでは、この犯人は猫のやうに、すら/\と屋根裏までかけ上り、にげるのにも、大屋根の真上を、平地のやうに、かけとぶといふ、したゝかもので、この手ぎはでは、むろん前科もあるにちがひないのですが、何しろ耳も聞えず、口もきかないのですから、署でも手こずりました。
 で、ためしに、ほんたうの唖をつれて来て、手真似で対話をさせて見ましたが、犯人には、その手真似も一さい通じません。かゝり官はとう/\、その警察署附きのロバート・ホームスといふ牧師をよんで、やさしく、さとして見てもらふことにしました。
 犯人はたゞの人のやうに、きちんとした身なりをしてをり、相当に物わかりもよささうな顔つきをしてゐるのですが、ホームスさんが来て、いろ/\おだやかに話したり、さとしたりしても、やはり、何にも聞えないふりをして取合ひません。
 署では困りはてゝ、ともかく、そのまゝ留置場の一室へおしこんでおきました。
 ところが、看守人たちは、この唖に午飯をはこんでやるのをわすれてしまひました。それから、念入りに午後お茶も夕飯までも、すつかりわすれてあてがひませんでした。
 すると、夜になつて唖は部屋の中で、ドタン、バタンとさわぎ出しました。その物音で看守人たちはそこに唖の泥棒がおしこめられてゐたことに、はじめて気がつきでもしたやうに、あわてゝバケツへ少しばかりの飲水を入れ、錫の水飲みをそへて持つていきました。
 唖は、手をふりあげたり口をあけたり、種々さま/″\の手ぶり手まねをして、そんな水なんぞが何になる、食べるものをくれろ、分らないのか、おい食べものだよ、といふ意味をくりかへし/\して見せました。しかし、ぼんやりぞろひの看守人たちには唖のすることが、ちつとも通じません。そのうちに、唖は、一人看守に向つて、両手寝台の方へぐいとつきつけました。看守は、寝台をわきへもつていけといふのだらうと合点して、その下にしいてある、ぼろけた、じゆうたんを、めくりとりました。唖はとう/\じれッたさまぎれに前後をわすれて、
「ちよッ、しやうのないばかだね。食ふものをもつて来い。かつゑてしまはァ。」と、どなりつけました。
 こんなことから、唖は、すつかりばけの皮をめくられ、警官のとりしらべにも一々答へをしなければならなくなりました。
 しらべ上げて見ますと、この犯人は、ちかくのある町のもので、ウ※ルター・グリーンウェイといひ、年は二十九、まだひとりもので、おやぢの家に寝とまりをし、或商人の家の手代をつとめてゐる男だと分りました。おやぢさんは、薬剤師で、今では薬屋をやめて引つこんでゐるのだといひます。ウ※ルターは立派教育をうけてをり、外国語も四五ヶ国の言葉が話せ、禁酒禁煙家で、ばくち一つ打つたこともないといふ、それだけを聞くといかにもまじめな人間のやうですが、それでゐて、この四年間に方々で九度も、夜、人のうちへしのびこみ、そのたんびにつかまつて牢屋へぶちこまれた前科ものでした。やらせると何でも出来る器用な男で、製本なぞも上手にやるし、帳づけも出来監獄では活版工やペンキ工や、高い塔の屋根をなほす屋根屋もやりました。クリッケットといふ球戯にかけてはオーストラリア人のやうにずばぬけた腕をもつてゐます。
 ところが、かゝり官がおどろいたのは、この男が人のうちへ、はいりこむのは、べつに物がとりたいからではなくたゞ、わけもなく、猫見たいにすら/\と、たかい屋根の上なぞへかけ上ることがすきで、とりわけ、よそのうちの、屋根うらの窓を見ると、どんなにがまんをしようたつて、がまんが出来ず、つひ雨樋なぞにつかまつて、かけ上つて、一ばんたかい部屋へはいりこむのだといふのです。
「まつたく屋根うらの部屋の窓を見ると、たまらないんです。外をあるいてゐて、ふと目を上げると、屋根裏の高窓があいてゐます。どこの家でも、気をゆるめて、一ばん上の窓は、きまつて、開けッぱなしにしてゐます。私は、人の家に、屋根うらの部屋がついてゐるかぎりは、いつまでたつても、この物ずきはやめられません。下手につかまつては牢へぶちこまれますが、しかし今まで、一度だつて物一つ盗んだことはありません。たゞ、高い部屋へはいりこんで見たくてはいるのです。どうか、今度は罰として、帆前船へでも乗り組ませてはいたゞけないでせうか。帆前船ならたかい帆綱がありますから自由にかけ上れます。でなくばいつそ、ベドゥインの村へでも追ひやつて下さいますと、警察のお手数もなくなるわけですが。」
 まじめくさつて、かういふのですから、かゝり官もあきれました。ベドゥインと言ふのは、アラビヤやシリア地方にある、アラビア人遊牧民で、さういふ土人は、羊を飼つて、草地のあるところを移りあるいてくらしてゐるのですから、村と言つても、たゞ、見すぼらしいテント見たいなものゝほかには家らしい家もありません。従つてたかい屋根うらの部屋なぞへはいりたくもはいれないですむといふ意味です。
 かゝり官は、べつにわるい意志もない、この男を、この上又牢屋へ入れるのもかはいさうだといふのでさつき言つたホームス牧師の手にわたし、適当に、身のふり方をつけてやつてくれと命じました。
 ホームスさんは、ウ※ルターのお父さんをよんで相談しました。お父さんは、もう、こんなあきれた奴を引きとるのもこり/\です、どうにでもお取りはからひ下さるやうにと、泣いてたのみました。
 そこでホームスさんは、いろ/\に考へたあげくウ※ルターを、インドのコロンボーへ向けて出帆する、或船へ世話をして、船員として乗りこませました。
 その後一年たちましたが、ウ※ルターからは家へもホームスさんへも一片のたよりもよこしません。ホームスさんはとき/″\思ひ出しては、心配し怪しんでゐました。するとそれから一年目にウ※ルターの船の船長からウ※ルターは逃亡して、行くへ不明だといふ知らせが来ました。あゝ、あのならずものも、やつぱり救へなかつたかと言つて、ホームスさんはたんそくしました。


    二

 それから六年たつと例の世界大戦争がはじまりました。その二年目の冬に、或日ホームスさんのところへ、アラビアのトルコ領のメソポタミヤから来た一通の手紙がとゞきました。


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