勝負師 - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )
五月九日のことだ。この日林町のモミヂといふ旅館で、呉清源(ごせいげん)八段をかこんで、文人碁客の座談会があつた。豊島与志雄、川端康成、火野葦平に私といふヘボ碁打である。呉八段も今度例の神様からはなれたので、この座談会では気軽に神様の話もできるだらうと、私はそれをタノシミにしてゐたのである。
去年、本因坊|薫和(くんわ)・呉清源の十番碁の第一局目が火蓋をきつたのがこの旅館で、私はそのとき観戦記者として対局の前夜から対局渚と一しよにこの旅館へカンヅメにされたことがあつた。その晩、本因坊と私は定刻にモミヂへ来たが、呉八段は神様と一しよに行方不明で、主催者の新聞を慌てさせたものであつた。その当時の呉八段は、神様のせゐで、見る目も痛々しいものであつた。神様は信者もへり、後援者もなく、ケン族五六名ぐらゐの小人数に落ちぶれて、津軽のどこかへ都落ちして、神様ケン族の生活費はもつぱら呉八段の対局料に依存してゐたやうである。
夜陰に及んで、やうやく姿を現した呉八段は、ヨレヨレの国民服に、手垢や泥にまみれた小さなズックのボストンバッグを小腋にかゝへてゐた。ひどい疲れ方である。新聞社の人の話によると、神前の行事に終夜ねむらされぬことが多く、コックリやりだすと蹴倒されて魂に気合をかけられ、睡眠不足のアゲクには精神異常となつて、妄覚を起してしまふ。つまり呉八段に対する神様の戦法の最有力の一つは、眠らせぬ、といふことらしい。彼の対局料一つによつて神様ケン族の生計を支へてゐるに拘らず、神前に於て彼の蒙る虐待は特に甚しいものださうで、さる諷刺雑誌の記者が信徒に化けこむことに成功したが、この記者も呉八段が神の怒りを蒙つて内務大臣だかに荒々しく蹴倒され、踏みつけられるのを見たといふ。
去年の春先であつたが、私は津軽から上京中の呉八段と彼の宿舎で碁を打つた。その翌日、彼は上京中の対局料をたづさへて津軽へ戻るところであつたが、封も切らずに、全部神様にさゝげてしまふのだからね、と、新聞の人がガッカリして私に云つた。
「それで、対局に上京といふ時に、たつた三百円、旅費を下げ渡されてくるのだからね」
呉八段の世話係の彼は、狂信ぶりがイマイマしくてたまらなさうであつた。
本因坊戦の対局の朝、呉八段は八時をすぎて、本因坊や私が新聞を読み終つて雑談してゐるところへ、やうやく起きてきた。よほど熟睡したらしかつた。それでゐて、イザ対局がはじまると、本因坊の手番の時は、自然にコックリ、コックリやりだす。フッと目がさめ、気がついて、立ち上る。たぶん冷水で顔を洗つてくるのぢやないかと思はれた。なるほど、神様がねむらせないといふのは本当らしいなと思つた。幸ひ対局中は神様からはなれてモミヂへカンヅメであるから、次の夜も熟睡ができて、対局の二日目から、目がパッチリと、睡気もはなれてゐた。
この碁は第一日目を終日コックリ、コックリ打つた碁だから、彼に良い筈はない。本因坊必勝の局面であつたが、三日目に本因坊が悪手で自滅してしまつたのである。この対局の数日前に神様ケン族は上京して、呉八段の下宿先へ落ちついた。ここでドンチャン騒ぎのお祈りを日夜にわたつてやらかすので、家主に立退きをせまられ、神様は警察へ留置された。それを呉八段がもらひ下げて、ネグラを求めて何処かへ去つたが、恐らく呉八段はそれらの俗事のためだけでも殆ど眠る時間がなかつたであらう。まつたく見るも無慙な様子であつたが、カンヅメといふことゝ、対局が三日にわたつて行はれ、朝九時から夕方の六時までといふ無理のない時間割が幸ひして、一日は一日毎に生色をとり戻してゐた。今の将棋式にその日指しきりといふ徹夜例であつたら、コックリ、コックリの呉八段に勝味はなかつたであらう。
第七局が東京で行はれた時も、私は見た。そのとき、豊島・火野両氏も来てをり、呉八段の勝に終つて、対局者をかこんで酒をのんだ。酒をのまない呉八段は、私のとなりで碁の雑誌を読んでゐたが、それは呉清源を論じた誰かの文章であつた。それを読み終つて、雑誌をペラペラめくつてみて、又よみだすのは自分を論じた文章のところだ。何度ペラペラやつても、結局よむのは、それだけだつた。もつとも、素人相手の碁の雑誌に、彼の心を惹く記事がほかに有るはづはないのだが、そこの何頁だけを手垢で黒く汚れてしまふほど読んでゐるので、をかしかつた。彼は孤独で、さびしいに相違ない。彼の切なさは、私にも同感できるものであつた。それは去年の秋であつたが、呉清源は神様からはなれるかも知れない、はなれたい気持がうごいてゐる、といふことを新聞の人からきいた。その時から半年あまりすぎてゐた。
座談会で、私はつとめて神様のことを訊かうとしたが、彼はヌラリクラリと体をかはしてしか語らうとしなかつた。なぜ神様とはなれたか、どういふところが不満であつたか、棄教した今日ハッキリ答へるかも知れないと思つてゐたが、神様そのものは実在します、といふやうな返答の仕方で、つとめて要領を得られないやうな話しぶりであつた。
いづれは又、別の神様へ辿るであらう。
要領を得ない座談会で、面白をかしくもなく、後味がわるかつた。告白狂じみた我々文士とちがつて、呉八段がつとめて傷口にふれたくない気持はわかるのであるが、もつと気楽に、言ひきれたら、彼の大成のために却つて良からう、と私には思はれた。
座談会が終つて帰らうとすると、廊下に女中が待つてゐて、読売の文化部長の原君が来てをり、お待ちしてをられます、といふので、二階へ行つた。すると、塚田名人と升田八段もゐるのである。北斗星君、赤沢君、みんな知つた顔である。
私はトッサにヤヤと思つた。将棋の名人戦が塚田二勝一敗で、四回戦が翌々日の五月十一日に湯河原で行はれることになつてゐる。
去年、本因坊|薫和(くんわ)・呉清源の十番碁の第一局目が火蓋をきつたのがこの旅館で、私はそのとき観戦記者として対局の前夜から対局渚と一しよにこの旅館へカンヅメにされたことがあつた。その晩、本因坊と私は定刻にモミヂへ来たが、呉八段は神様と一しよに行方不明で、主催者の新聞を慌てさせたものであつた。その当時の呉八段は、神様のせゐで、見る目も痛々しいものであつた。神様は信者もへり、後援者もなく、ケン族五六名ぐらゐの小人数に落ちぶれて、津軽のどこかへ都落ちして、神様ケン族の生活費はもつぱら呉八段の対局料に依存してゐたやうである。
夜陰に及んで、やうやく姿を現した呉八段は、ヨレヨレの国民服に、手垢や泥にまみれた小さなズックのボストンバッグを小腋にかゝへてゐた。ひどい疲れ方である。新聞社の人の話によると、神前の行事に終夜ねむらされぬことが多く、コックリやりだすと蹴倒されて魂に気合をかけられ、睡眠不足のアゲクには精神異常となつて、妄覚を起してしまふ。つまり呉八段に対する神様の戦法の最有力の一つは、眠らせぬ、といふことらしい。彼の対局料一つによつて神様ケン族の生計を支へてゐるに拘らず、神前に於て彼の蒙る虐待は特に甚しいものださうで、さる諷刺雑誌の記者が信徒に化けこむことに成功したが、この記者も呉八段が神の怒りを蒙つて内務大臣だかに荒々しく蹴倒され、踏みつけられるのを見たといふ。
去年の春先であつたが、私は津軽から上京中の呉八段と彼の宿舎で碁を打つた。その翌日、彼は上京中の対局料をたづさへて津軽へ戻るところであつたが、封も切らずに、全部神様にさゝげてしまふのだからね、と、新聞の人がガッカリして私に云つた。
「それで、対局に上京といふ時に、たつた三百円、旅費を下げ渡されてくるのだからね」
呉八段の世話係の彼は、狂信ぶりがイマイマしくてたまらなさうであつた。
本因坊戦の対局の朝、呉八段は八時をすぎて、本因坊や私が新聞を読み終つて雑談してゐるところへ、やうやく起きてきた。よほど熟睡したらしかつた。それでゐて、イザ対局がはじまると、本因坊の手番の時は、自然にコックリ、コックリやりだす。フッと目がさめ、気がついて、立ち上る。たぶん冷水で顔を洗つてくるのぢやないかと思はれた。なるほど、神様がねむらせないといふのは本当らしいなと思つた。幸ひ対局中は神様からはなれてモミヂへカンヅメであるから、次の夜も熟睡ができて、対局の二日目から、目がパッチリと、睡気もはなれてゐた。
この碁は第一日目を終日コックリ、コックリ打つた碁だから、彼に良い筈はない。本因坊必勝の局面であつたが、三日目に本因坊が悪手で自滅してしまつたのである。この対局の数日前に神様ケン族は上京して、呉八段の下宿先へ落ちついた。ここでドンチャン騒ぎのお祈りを日夜にわたつてやらかすので、家主に立退きをせまられ、神様は警察へ留置された。それを呉八段がもらひ下げて、ネグラを求めて何処かへ去つたが、恐らく呉八段はそれらの俗事のためだけでも殆ど眠る時間がなかつたであらう。まつたく見るも無慙な様子であつたが、カンヅメといふことゝ、対局が三日にわたつて行はれ、朝九時から夕方の六時までといふ無理のない時間割が幸ひして、一日は一日毎に生色をとり戻してゐた。今の将棋式にその日指しきりといふ徹夜例であつたら、コックリ、コックリの呉八段に勝味はなかつたであらう。
第七局が東京で行はれた時も、私は見た。そのとき、豊島・火野両氏も来てをり、呉八段の勝に終つて、対局者をかこんで酒をのんだ。酒をのまない呉八段は、私のとなりで碁の雑誌を読んでゐたが、それは呉清源を論じた誰かの文章であつた。それを読み終つて、雑誌をペラペラめくつてみて、又よみだすのは自分を論じた文章のところだ。何度ペラペラやつても、結局よむのは、それだけだつた。もつとも、素人相手の碁の雑誌に、彼の心を惹く記事がほかに有るはづはないのだが、そこの何頁だけを手垢で黒く汚れてしまふほど読んでゐるので、をかしかつた。彼は孤独で、さびしいに相違ない。彼の切なさは、私にも同感できるものであつた。それは去年の秋であつたが、呉清源は神様からはなれるかも知れない、はなれたい気持がうごいてゐる、といふことを新聞の人からきいた。その時から半年あまりすぎてゐた。
座談会で、私はつとめて神様のことを訊かうとしたが、彼はヌラリクラリと体をかはしてしか語らうとしなかつた。なぜ神様とはなれたか、どういふところが不満であつたか、棄教した今日ハッキリ答へるかも知れないと思つてゐたが、神様そのものは実在します、といふやうな返答の仕方で、つとめて要領を得られないやうな話しぶりであつた。
いづれは又、別の神様へ辿るであらう。
要領を得ない座談会で、面白をかしくもなく、後味がわるかつた。告白狂じみた我々文士とちがつて、呉八段がつとめて傷口にふれたくない気持はわかるのであるが、もつと気楽に、言ひきれたら、彼の大成のために却つて良からう、と私には思はれた。
座談会が終つて帰らうとすると、廊下に女中が待つてゐて、読売の文化部長の原君が来てをり、お待ちしてをられます、といふので、二階へ行つた。すると、塚田名人と升田八段もゐるのである。北斗星君、赤沢君、みんな知つた顔である。
私はトッサにヤヤと思つた。将棋の名人戦が塚田二勝一敗で、四回戦が翌々日の五月十一日に湯河原で行はれることになつてゐる。
坂口 安吾 (さかぐち あんご) 以外のオススメ作品
- ポルト・リシュとクウルトリイヌ - 岸田 国士
- 星の銀貨 - グリム ヤーコプ・ルードヴィッヒ・カール
- どんぐり - 寺田 寅彦
- 死因の疑問 - 豊島 与志雄
- 一九二三年夏 - 宮本 百合子
勝負師 (しょうぶし) のリンク元
「勝負師-坂口 安吾」の関連ページ
-
坂口安吾 - 本と猫 - 本と猫
▽ページトップ■なぜ生きるんだ ‐自分を生きる言葉‐ ★★☆☆☆▽No.1▼次へ昔、何かで「安吾を読んでないヤツが読書家語るな」みたいな記事を目にしたことがあった。それで意地になって、読んでいなかったのが坂口安吾 -
GB/勝負師伝説 哲也 新宿天運編 - レトロゲーム攻略ポータル - レトロゲーム攻略ポータル
攻略サイト集システム -
GB/勝負師伝説 哲也 新宿天運編/システム - レトロゲーム攻略ポータル - レトロゲーム攻略ポータル
システム週刊少年マガジンで連載された「勝負師伝説 哲也」を元にした4人麻雀ゲーム。イカサマが使用可能。「力」を使って積み込みやすり替えを行うことができる。全11話操作方法 上 下 リー -
ミクのセントラ遺跡妖精部屋 - るくのえふえふデータベース - るくのえふえふデータベース
種類 入手物 最終更新日 妖精 闘気のかけら×1~5 08/02/04 妖精 ダークマター×1 08/02/04 妖精 勝負師の魂×1 08/02/04 種類 入手 -
主観的Book Review - 本と猫 - 本と猫
幸太郎/いしいしんじ/磯崎憲一郎/内田百閒/小川糸/小川洋子★か行海堂尊/角田光代/鏑木蓮/河上朔/菊地敬一/ゲッツ板谷★さ行坂口安吾/重松清/瀬戸内晴美★た行高杉 良/高任和夫/津島佑子/千野帽子/★な行 -
ミクのクリスタルワールド宝箱部屋 - るくのえふえふデータベース - るくのえふえふデータベース
08/02/15 ロゼッタ石×1 08/02/05 呪いの爪×2 08/02/05 ダークマター×1 08/02/05 3,200G 08/02/05 勝負師の魂×1 08/02 -
掲載記事1989年 - karatanibiblio @ ウィキ - karatanibiblio @ ウィキ
.5.15→講談社学術文庫、1995.6 →改題「小説という闘争:中上健次」『坂口安吾と中上健次』太田出版、1996.2→講談社文芸文庫、2006.9 →加筆修正・改題「近代文学の終り」、『定本 -
メニュー2 - vinews @ ウィキ - vinews @ ウィキ
テストwiki 安吾の新日本地理 伊達政宗の城へ乗込む――仙台の巻―― 坂口安吾 仙台は伊達政宗のひらいた城下町。その時までは原野であったそうだ。 この城は天嶮だね。しか -
ミクの海底神殿宝箱部屋 - るくのえふえふデータベース - るくのえふえふデータベース
,000G 08/03/07 オリハルコン×2 08/03/07 勝負師の魂×2~3 08/03/11 魚の鱗×1 08/03/08 安い布×1 08/03/08 アダマンタイト×1 -
称号(ripples)/e-amusement専用サイト関連 - jubeat@Wiki - jubeat@Wiki
会指定楽曲をクリア 50 ○ 更なる高みへ 全TUNEで大会ベストスコア更新 50 手練れの勝負師 一発勝負の大会でFULL COMBO達成 100 ○ 稀代の勝負師 一発

