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半七捕物帳 28 雪達磨 - 岡本 綺堂 ( おかもと きどう )

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半七捕物帳 雪達磨      一  改めて云うまでもないが、ここに紹介している幾種の探偵ものがたりに、何等かの特色があるとすれば、それは普通探偵的興味以外に、これらの物語背景をなしている江戸のおもかげの幾分をうかがい得られるという点にあらねばならない。わたしも注意して、半七老人談話筆記をなるべく書き誤らないように努めているつもりであるが、その説明がやはり不十分のために、往々にして読者の惑いを惹き起す場合がないとは限らない。
 これらの物語について、こういう不審をいだく人のある事をしばしば聴いた。それは岡っ引の半七が自分縄張り神田以外に踏み出し働くことである。岡っ引にはめいめいの持ち場がある。それをむやみに踏み越えて、諸方で活動するのは嘘らしいというのである。それは確かにごもっともの理窟で、岡っ引は原則として自分だけの縄張り内を守っているべきである。仲間義理としても、他の縄張りをあらすのは遠慮しなければならない。しかし他の縄張りを絶対に荒らしてはならないというほどの窮屈な規則約束もない。今日でも某区内の犯罪者が他区の警察の手にあげられる場合もある。まして江戸時代に於いて、たがいに功名をあらそう此の種の職業者に対して、絶対にその職務執行範囲を制限するなどは所詮(しょせん)できることではない。半七がどこへ出しゃばっても、それは嘘でないと思って貰いたい。
「これはわたくしの縄張り内ですから、威張って話せますよ」と、半七老人笑いながら話し出したのは、左の昔の話である。

 文久元年の冬には、江戸一度も雪が降らなかった。冬じゅうに少しも雪を見ないというのは、殆ど前代未聞の奇蹟であるかのように、江戸の人々が不思議がって云いはやしていると、その埋め合わせというのか、あくる年の文久二年の春には、正月元旦から大雪がふり出して、三ガ日の間ふり通した結果は、八百八町を真っ白に埋めてしまった。
 故老の口碑によると、この雪は三尺も積ったと伝えられている。江戸で三尺の雪――それは余ほど割引きをして聞かなければならないが、ともかくも其の雪が正月二十日頃まで消え残っていたというのから推し量ると、かなりの多量であったことは想像するに難くない。少なくとも江戸に於いては、近年未曾有の大雪であったに相違ない。
 それほどの大雪にうずめられている間に、のん気な江戸人達は、たとい回礼に出ることを怠っても、雪達磨をこしらえることを忘れなかった。諸方の辻々には思い思いの意匠を凝らした雪達磨が、申し合わせたように炭団(たどん)の大きい眼をむいて座禅をくんでいた。ことに今年はその材料豊富であるので、場所によっては見あげるばかりの大達磨が、雪解け路に行き悩んでいる往来の人々を睥睨(へいげい)しながら坐り込んでいた。
 しかもそれらの大小達磨は、いつまでも大江戸のまん中にのさばり返って存在することを許されなかった。七草(ななくさ)も過ぎ、蔵開きの十一日も過ぎてくると、かれらの影もだんだんに薄れて、日あたりの向きによって頭の上から融(と)けて来るのもあった。肩のあたりから頽(くず)れて来るのもあった。腰のぬけたのもあった。こうして惨(みじ)めな、みにくい姿を晒(さら)しながら、黒い眼玉ばかりを形見に残して、かれらの白いかげは大江戸の巷(ちまた)から一つ一つ消えて行った。
 その消えてゆく運命を荷(にな)っている雪達磨のうちでも、日かげに陣取っていたものは比較的に長い寿命を保つことが出来た。一ツ橋門外の二番御|火除(ひよ)け地の隅に居据(いすわ)っている雪だるまも、一方に曲木(まがき)家の御用屋敷を折り廻しているので、正月の十五日頃までは満足にその形骸(けいがい)を保っていたが、藪入りも過ぎた十七日には朝から寒さが俄かにゆるんだので、もう堪まらなくなって脆(もろ)くもその形をくずしはじめた。これは高さ六、七尺の大きいものであったが、それがだんだんとくずれ出すと共に、その白いかたまりの底には更にひとりの人間があたかも座禅を組んだような形をしているのが見いだされた。
「や、雪達磨のなかに人間が埋まっていた」
 この噂がそれからそれへと拡がって、近所の者どもはこの雪達磨のまわりに集まった。雪のなかに坐っていたのは四十二三の男で、さのみ見苦しからぬ服装(みなり)をしていたが、江戸人間でないことはすぐに覚(さと)られた。男の死骸(しがい)は辻番から更に近所の自身番に運ばれて、町奉行所から出張した与力同心検視をうけた。
 男のからだには致命傷(ちめいしょう)とも見るべき傷のあとは認められなかった。刃物で傷つけたような跡もなかった。絞め殺したような痕(あと)も見えなかった。寒気のために凍死したのか、あるいは病気のために行き倒れとなったのかと、役人たちの意見はまちまちであったが、普通凍死か行き倒れであるならば、雪達磨のなかに押し込まれている筈がない。これを発見した者はすぐに辻番か自身番へ届けいづべきである。これほどの大きい雪達磨をわざわざこしらえて、そのなかに死骸を忍ばせておく以上、それには何かの仔細がなければならない。彼の死因には何か秘密がまつわっているものと、役人たちは最後の断案をくだした。
「それにしても、この雪達磨を誰が作ったのか」
 役人たちは当然の順序として、まずその詮議(せんぎ)に取りかかった。町内の者もことごとく吟味をうけたが、誰もこの雪達磨を作ったと白状する者はなかった。かれらの申し立てによると、この雪達磨は三日の夜のうちに何者にか作られたのであるが、前にもいう通り、雪が降れば誰かの手に依って必ず一つや二つの雪達磨は作られるのであるから、この大きい雪達磨が一夜のうちに出現したのをみても、誰も別に怪しむものもなかった。おおかた町内の誰かが拵(こしら)えたのであろうぐらいに思って、なんの注意も払わずに幾日をすごしたのであった。殊にこの近所には武家屋敷が多いので、それは町人がこしらえたのか、武家の若い者どもが作ったのか、それすらも確かには判らなかった。
 勿論これほどの雪達磨自然に湧き出してくる筈はない。必ずその製作者はどこにか潜(ひそ)んでいるには相違ないのであるが、こうなっては誰も名乗って出るものもない。なにかの手がかりを見付け出すために、達磨は無残に突きくずされて其の形骸は滅茶苦茶に破壊されてしまったが、男の死骸以外にはなんの新らしい発見もないらしかった。くずれた雪はその証跡を堙滅(いんめつ)せんとするかのように次第々々に消え失せて、いたずらに泥水となって流れ去った。
旦那がた、御苦労さまでございます」
 ひとりの男が自身番のまえに浅黒い顔を出した。かれは三河町の半七であった。


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