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半七捕物帳 37 松茸 - 岡本 綺堂 ( おかもと きどう )

  • 定本 半七捕物帳 全5巻 岡本綺堂 
  • ★小女郎狐 半七捕物帳 岡本綺堂 春陽堂文庫 昭和17年 初版 1942
  • 半七捕物帳 旺文社文庫 全6巻
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  • 半七捕物帳(全7巻)岡本綺堂著・春陽文庫
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  • 春陽堂版『半七捕物帳』岡本綺堂 帯 昭和30年
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半七捕物帳 松茸      一  十月のなかばであった。京都から到来の松茸の籠(かご)をみやげに持って半七老人をたずねると、愛想のいい老人はひどく喜んでくれた。
「いや、いいところへお出でなすった、実は葉書でも上げようかと考えていたところでした。なに、別にこれという用があるわけでも無いんですが、実はあしたはわたくしの誕生日で……。こんな老爺(じい)さんになって、なにも誕生祝いをすることも無いんですが、年来の習わしでほんの心ばかりのことを毎年やっているというわけです。勿論、あらたまって誰を招待するのでもなく、ただ内輪同士が四、五人あつまるだけで、あなたも御存じの三浦さんと、せがれ夫婦と孫が二人。それだけがこの狭い座敷に坐って、赤い御飯にお頭付(かしらつ)きの一|尾(ぴき)も食べるというくらいのことです。この前日に京都松茸を頂いたのは有難い。おかげで明晩の御料理が一つ殖(ふ)えました。そういう次第で、なんにも御馳走はありませんけれども、あなたも遊びに来て下さいませんか」
ありがとうございます。是非うかがいます」
 あくる日の夕方から私は約束通りに出かけてゆくと、ほかのお客様もみな揃っていた。そのうちの三浦老人は、大久保に住んでいて、むかしは下谷辺の大屋(おおや)さんを勤めていた人である。わたしは半七老人紹介で、ことしの春頃からこの三浦老人とも懇意になって、大久保の家へもたびたび訪ねて行って「三浦老人昔話」の材料をいろいろ聴いていたので、今夜ここで其の人と逢ったのは嬉しかった。
 そのほかは半七老人息子と、その細君と娘と男の児との四人連れであった。息子お父さんと違って堅気一方の人らしく、細君と共に始終行儀よく控えているので、席上の座談は両老人が持ち切りという姿で、わたし達は黙ってその聴き手になっていると、半七老人は膳の上の松茸を指さして、これは私から貰ったのだと説明したので、息子たちからあらためて礼を云われて、私はすこし恐縮した。その松茸話題になって、両老人のあいだに江戸時代松茸の話がはじまると、やがて三浦老人が云い出した。
松茸思い出したが、あの加賀屋人達はどうしたかしら」
「なんでも明治になってから横浜引っ越して、今も繁昌しているそうですよ。お鉄の家は浅草引っ越して、これも繁昌しているらしい」と、半七老人は答えた。「世の中の変るというのは不思議なもので、今ならば何でもないことだが、あの時分には大騒ぎになる。十二月寒い晩に不忍池(しのばずのいけ)へ飛び込んで、こっちも危く凍(こご)え死ぬところ。あいつは全くひどい目に逢った」
 こうなると、いつもの癖で、わたしは黙って聴いてばかりいられなくなった。
「それはどういう事件なのですか。あなたが飛び込んだのですか」
「まあ、そうですよ」と、半七老人は笑っていた。「今夜はそんな話はしない積りだったが、あなたが聴き出したらどうで堪忍する筈がない。今夜の余興に、一席おしゃべりをしますかな。そうなると、三浦さんも係り合いは抜けないのだから、まず序びらきに太田(おおた)の松茸のことを話してください」
「ははは、これはひどい。わたしに前講(ぜんこう)をやらせるのか。まあ、仕方がない。話しましょう」
 三浦老人笑いながら先ず口を切った。
「お話の順序として最初に松茸献上のことをお耳に入れて置かないと、よくその筋道が呑み込めないことになるかも知れません。御承知の上州太田呑竜(どんりゅう)様、あすこにある金山(かなやま)というところが昔は幕府松茸を献上する場所になっていました。それですから旧暦八月八日からは、公儀のお止山(とめやま)ということになって、誰も金山へは登ることが出来なくなります。この山で採った松茸将軍の口へはいるというのですから、その騒ぎは大変太田金山から江戸まで一昼夜でかつぎ込むのが例になっていて、山からおろして来ると、すぐに人足の肩にかけて次の宿(しゅく)へ送り込む。その宿の問屋場にも人足が待っていて、それを受け取ると又すぐに引っ担いで次の宿へ送る。こういう風にだんだん宿送りになって行くんですから、それが決してぐずぐずしていてはいけない。受け取るや否やすぐに駈け出すというんですから、宿々の問屋場は大騒ぎで、それ御松茸……決して松茸などと呼び捨てにはなりません……が見えるというと、問屋場役人も人足も総立ちになって出迎いをする。いや、今日からかんがえると、まるで嘘のようです。松茸の籠は琉球畳表につつんで、その上を紺の染麻で厳重に縛(くく)り、それに封印がしてあります。その荷物のまわりには手代りの人足が大勢付き添って、一番先に『御松茸御用』という木の札を押し立てて、わっしょいわっしょいと駈けて来る。まるで御神輿(おみこし)でも通るようでした。はははははは。いや、今だからこうして笑っていられますが、その時分には笑いごとじゃありません。一つ間違えばどんなことになるか判らないのですから、どうして、どうして、みんな血まなこの一生懸命だったのです。とにかくそれで松茸献上の筋道だけはお判りになりましたろうから、その本文(ほんもん)は半七老人の方から聴いてください」
「では、いよいよ本文に取りかかりますかな」
 半七老人は入れ代って語り出した。

 文久三年の八月十五日は深川八幡祭礼で、外神田加賀屋からも嫁のお元(もと)と女中のお鉄、お霜の三人が深川親類の家(うち)へよばれて、朝から見物に出て行ったが、その午(ひる)過ぎになって誰が云い出すともなしに、永代(えいたい)橋が墜(お)ちたという噂が神田辺に伝わった。文化四年の大|椿事(ちんじ)におびえていた人々は又かとおどろいて騒ぎはじめた。加賀屋ではお元の夫の才次郎も母のお秀も眼の色を変えた。番頭の半右衛門が若い者ふたりを連れてすぐ深川へ駈け付けると、それは何者かが人さわがせに云い触らした虚報で、お元も女中たちも無事に家に遊んでいた。それが判って先ず安心して、半右衛門は主人の嫁の供をして帰ると、お秀も才次郎も死んだ者が蘇生(いきかえ)って来たように喜んだ。こうして加賀屋の一家が笑いさざめいている中で、嫁のお元の顔色はなんだか陰(くも)って、まだ青い眉のあとが顰(ひそ)んでいるようにも見えた。


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