半七捕物帳 61 吉良の脇指 - 岡本 綺堂 ( おかもと きどう )
半七捕物帳
吉良の脇指
一
極月(ごくげつ)の十三日――極月などという言葉はこのごろ流行らないが、この話は極月十三日と大時代(おおじだい)に云った方が何だか釣り合いがいいようである。その十三日の午後四時頃に、赤坂の半七老人宅を訪問すると、わたしよりもひと足先に立って、蕎麦(そば)屋の出前持ちがもりそばの膳をかついで行く。それが老人宅の裏口へはいったので、悪いところへ来たと私はすこし躊躇した。
今の私ならば、そこらをひと廻りして、いい加減の時刻を見測らって行くのであるが、年の若い者はやはり無遠慮である。一旦は躊躇したものの、思い切って格子をあけると、おなじみの老婢(ばあや)が出て来て、すぐに奥へ通された。
「やあ、いいところへお出でなすった」と、老人は笑いながら云った。「まあ、蕎麦をたべて下さい。なに、婆やの分は追い足(た)しをさせます。まあ、御祝儀に一杯」
「なんの御祝儀ですか」
「煤掃(すすは)きですよ」
大掃除などの無い時代であるから、歳の暮れの煤掃きは何処でも思い思いであったが、半七老人は極月十三日と決めていると云った。
「わたくしなぞは昔者(むかしもの)ですから、新暦になっても煤掃きは十三日、それが江戸以来の習わしでしてね」
「江戸時代の煤掃きは十三日と決まっていたんですか」
「まあ、そうでしたね。たまには例外もありましたが、大抵の家(うち)では十三日に煤掃きをする事になっていました。それと云うのが、江戸城の煤掃きは十二月十三日、それに習って江戸の者は其の日に煤掃きをする。したがって、十二日、十三日には、煤掃き用の笹竹を売りに来る。赤穂義士の芝居や講談でおなじみの大高源吾の笹売りが即ちそれです。そのほかに荒神(こうじん)さまの絵馬を売りに来ました。それは台所の煤を払って、旧い絵馬を新らしい絵馬にかえるのです。笹売りと絵馬売り、どっちも節季らしい気分を誘い出すものでしたが、明治以来すっかり絶えてしまいました。どうも文明開化にはかないませんよ。はははははは。そんなわけですから、わたくしのような旧弊人(きゅうへいじん)はやはり昔の例を追って、十三日には煤掃きをして家内じゅう、と云ったところで婆やと二人ぎりですが、めでたく蕎麦を祝うことにしています。いや、年寄りの話はとかく長くなっていけません。さあ、伸びないうちに喰べてください」
「では、お祝い申します」
わたしは蕎麦の御馳走になった。夏は井戸換え、冬は煤掃き、このくらい心持のいいことはないと、老人はひどく愉快そうであった。きょうは雪もよいの、なんだか忌(いや)に底びえのする日であったが、老人はさのみに恐れないような顔をしていた。やはり昔の人は強いと、私は思った。
そばを喰ってしまって、茶を飲んで、それから例のむかし話に移ったが、かの大高源吾の笹売りから縁を引いて、頃は元禄十五年極月の十四日、即ち江戸の煤掃きの翌晩に、大石の一党が本所松坂町の吉良の屋敷へ討ち入りの話になった。老人お得意の芝居がかりで、定めて忠臣蔵のお講釈でも出ることと、私はひそかに覚悟していると、きょうの話はすこし案外の方角へそれた。
「どなたも御承知の通り、義士の持ち物は泉岳寺の宝物になって残っています。そのほかにも大石をはじめ、他の人々の手紙や短冊のたぐい、世間にいろいろ伝わっているようですが、どれもみんな仇討をした方の物ばかりで、討たれた方の形見(かたみ)は見当たらないようです。上杉家には何か残っているかも知れませんが、世間に伝わっているという噂を聞きません。ところが、江戸に唯一軒、こういう家がありました。今も相変らず繁昌かどうか知りませんが、日本橋の伊勢|町(ちょう)に河辺昌伯という医者がありまして、先祖以来ここに六代とか七代とか住んでいるという高名の家でしたが、その何代目ですか、元禄時代の河辺という人は外科が大そう上手であったそうで、かの赤穂の一党が討ち入りの時に吉良|上野(こうずけ)の屋敷から早駕籠で迎えが来まして、手負いの療治をしました。勿論、主人の上野は首を取られたのですから、療治も手当てもなかったでしょうが、吉良の息子や家来たちの疵を縫ったのでしょう。そのときにどういうわけか、吉良上野が着用の小袖というのを貰って帰って、代々持ち伝えていました。小袖は二枚で、一枚は白綾(しろあや)、一枚は八端(はったん)、それに血のあとが残っていると云いますから、恐らく吉良が最期(さいご)のときに身につけていたものでしょう。何分にも吉良の形見では人気が付かないのですが、河辺の家では吉良の形見というよりも先祖の形見という意味で大切に保存していたそうで、これは擬(まが)い無しの本物だと云うことでした」
「たとい吉良にしても、元禄時代のそういう物が残っているのは珍らしいことですね」
「まったく珍らしいという噂でした。わたくしは縁が無くて、その河辺さんの小袖は見ませんでしたが、別のところで吉良の脇指というのを見たことがありました」
「いろいろの物が残っているものですね」
「それが又おもしろい。吉良の脇指がかたき討ちに使われたんですからね。物事はさかさまになるもので、かたきを討たれた吉良の脇指が、今度はかたき討ちのお役に立つ。どうも不思議の因縁ですね。しかしこのかたき討ちは、いつぞやお話し申した『青山の仇討』一件のような、怪しげなものじゃあありません」
わたしの手がそろそろ懐ろへはいるのを横眼に見ながら、半七老人は息つぎに煙草を一服すった。
「はは、あなたの閻魔帳がもう出る頃だと思っていましたよ」
老人は婆やを呼んでランプをつけさせた。雪は降り出さないが、表を通る鮒(ふな)売りの声が師走(しわす)の寒さを呼び出すような夕暮れである。
「しかし、きょうは煤掃きでお疲れじゃありませんか」と、わたしはまた躊躇した。
「なに、あなた、煤掃きと云ったところで、こんな猫のひたいのような家(うち)ですもの、疲れる程の事はありゃあしません。煤掃きを仕舞って、湯にはいって、そばを食って、もう用はありませんよ。まあ、例のお話でも始めましょう」
老人は元気よく話し出した。
「相変らずわたくしのお話は前置きが長くって御退屈かも知れませんが、いつもの癖だと思ってお聞き流しを願います。嘉永六年十二月はじめの寒い日でした。わたくしは四谷の知りびとをたずねる途中、麹|町(まち)三丁目へまわって、例の助惣焼(すけそうやき)の店で手土産を買っていると、そこへ瓦版の読売(よみうり)が来ました。
今の私ならば、そこらをひと廻りして、いい加減の時刻を見測らって行くのであるが、年の若い者はやはり無遠慮である。一旦は躊躇したものの、思い切って格子をあけると、おなじみの老婢(ばあや)が出て来て、すぐに奥へ通された。
「やあ、いいところへお出でなすった」と、老人は笑いながら云った。「まあ、蕎麦をたべて下さい。なに、婆やの分は追い足(た)しをさせます。まあ、御祝儀に一杯」
「なんの御祝儀ですか」
「煤掃(すすは)きですよ」
大掃除などの無い時代であるから、歳の暮れの煤掃きは何処でも思い思いであったが、半七老人は極月十三日と決めていると云った。
「わたくしなぞは昔者(むかしもの)ですから、新暦になっても煤掃きは十三日、それが江戸以来の習わしでしてね」
「江戸時代の煤掃きは十三日と決まっていたんですか」
「まあ、そうでしたね。たまには例外もありましたが、大抵の家(うち)では十三日に煤掃きをする事になっていました。それと云うのが、江戸城の煤掃きは十二月十三日、それに習って江戸の者は其の日に煤掃きをする。したがって、十二日、十三日には、煤掃き用の笹竹を売りに来る。赤穂義士の芝居や講談でおなじみの大高源吾の笹売りが即ちそれです。そのほかに荒神(こうじん)さまの絵馬を売りに来ました。それは台所の煤を払って、旧い絵馬を新らしい絵馬にかえるのです。笹売りと絵馬売り、どっちも節季らしい気分を誘い出すものでしたが、明治以来すっかり絶えてしまいました。どうも文明開化にはかないませんよ。はははははは。そんなわけですから、わたくしのような旧弊人(きゅうへいじん)はやはり昔の例を追って、十三日には煤掃きをして家内じゅう、と云ったところで婆やと二人ぎりですが、めでたく蕎麦を祝うことにしています。いや、年寄りの話はとかく長くなっていけません。さあ、伸びないうちに喰べてください」
「では、お祝い申します」
わたしは蕎麦の御馳走になった。夏は井戸換え、冬は煤掃き、このくらい心持のいいことはないと、老人はひどく愉快そうであった。きょうは雪もよいの、なんだか忌(いや)に底びえのする日であったが、老人はさのみに恐れないような顔をしていた。やはり昔の人は強いと、私は思った。
そばを喰ってしまって、茶を飲んで、それから例のむかし話に移ったが、かの大高源吾の笹売りから縁を引いて、頃は元禄十五年極月の十四日、即ち江戸の煤掃きの翌晩に、大石の一党が本所松坂町の吉良の屋敷へ討ち入りの話になった。老人お得意の芝居がかりで、定めて忠臣蔵のお講釈でも出ることと、私はひそかに覚悟していると、きょうの話はすこし案外の方角へそれた。
「どなたも御承知の通り、義士の持ち物は泉岳寺の宝物になって残っています。そのほかにも大石をはじめ、他の人々の手紙や短冊のたぐい、世間にいろいろ伝わっているようですが、どれもみんな仇討をした方の物ばかりで、討たれた方の形見(かたみ)は見当たらないようです。上杉家には何か残っているかも知れませんが、世間に伝わっているという噂を聞きません。ところが、江戸に唯一軒、こういう家がありました。今も相変らず繁昌かどうか知りませんが、日本橋の伊勢|町(ちょう)に河辺昌伯という医者がありまして、先祖以来ここに六代とか七代とか住んでいるという高名の家でしたが、その何代目ですか、元禄時代の河辺という人は外科が大そう上手であったそうで、かの赤穂の一党が討ち入りの時に吉良|上野(こうずけ)の屋敷から早駕籠で迎えが来まして、手負いの療治をしました。勿論、主人の上野は首を取られたのですから、療治も手当てもなかったでしょうが、吉良の息子や家来たちの疵を縫ったのでしょう。そのときにどういうわけか、吉良上野が着用の小袖というのを貰って帰って、代々持ち伝えていました。小袖は二枚で、一枚は白綾(しろあや)、一枚は八端(はったん)、それに血のあとが残っていると云いますから、恐らく吉良が最期(さいご)のときに身につけていたものでしょう。何分にも吉良の形見では人気が付かないのですが、河辺の家では吉良の形見というよりも先祖の形見という意味で大切に保存していたそうで、これは擬(まが)い無しの本物だと云うことでした」
「たとい吉良にしても、元禄時代のそういう物が残っているのは珍らしいことですね」
「まったく珍らしいという噂でした。わたくしは縁が無くて、その河辺さんの小袖は見ませんでしたが、別のところで吉良の脇指というのを見たことがありました」
「いろいろの物が残っているものですね」
「それが又おもしろい。吉良の脇指がかたき討ちに使われたんですからね。物事はさかさまになるもので、かたきを討たれた吉良の脇指が、今度はかたき討ちのお役に立つ。どうも不思議の因縁ですね。しかしこのかたき討ちは、いつぞやお話し申した『青山の仇討』一件のような、怪しげなものじゃあありません」
わたしの手がそろそろ懐ろへはいるのを横眼に見ながら、半七老人は息つぎに煙草を一服すった。
「はは、あなたの閻魔帳がもう出る頃だと思っていましたよ」
老人は婆やを呼んでランプをつけさせた。雪は降り出さないが、表を通る鮒(ふな)売りの声が師走(しわす)の寒さを呼び出すような夕暮れである。
「しかし、きょうは煤掃きでお疲れじゃありませんか」と、わたしはまた躊躇した。
「なに、あなた、煤掃きと云ったところで、こんな猫のひたいのような家(うち)ですもの、疲れる程の事はありゃあしません。煤掃きを仕舞って、湯にはいって、そばを食って、もう用はありませんよ。まあ、例のお話でも始めましょう」
老人は元気よく話し出した。
「相変らずわたくしのお話は前置きが長くって御退屈かも知れませんが、いつもの癖だと思ってお聞き流しを願います。嘉永六年十二月はじめの寒い日でした。わたくしは四谷の知りびとをたずねる途中、麹|町(まち)三丁目へまわって、例の助惣焼(すけそうやき)の店で手土産を買っていると、そこへ瓦版の読売(よみうり)が来ました。
岡本 綺堂 (おかもと きどう) 以外のオススメ作品
半七捕物帳 61 吉良の脇指 のリンク元
「半七捕物帳 61 吉良の脇指-岡本 綺堂」の関連ページ
-
あさっての校正待ち - *99 - *99
優先列を「F(状態の開始日)」、第二優先列を「E(状態)」、第三優先列を「G(底本名)」にそれぞれ設定。(上下方向・昇順のまま)「実行」ボタンを押す。 並べ替えが終了すると、一行目には「岡本 綺堂」「半七捕物帳 -
岡本桃佳 - cool69x @ ウィキ - cool69x @ ウィキ
岡本桃佳 -
岡本誠 - perception_design @ ウィキ - perception_design @ ウィキ
岡本誠情報デザイン -
横川世代 - 筑波大学軟式野球部 - 筑波大学軟式野球部
生物 群馬・前橋 右左 岡本佑樹 33 自然 右右 外野手 折居拓磨 3 生物資源 新潟・新発田 右右 三宅晃司 61 社会工 兵庫・小野 左左 マネ -
video2/岡本果奈美 - アイドルお宝リンク&掲示板 - アイドルお宝リンク&掲示板
qwer5011bhl0103 -
生徒名簿 - T.I.S専用設定まとめウィキ - T.I.S専用設定まとめウィキ
あ行秋山・亮子石動・灰か行影宮・灯岸辺・一之綺堂・道真機龍・裕也霧野・翼九使・弓葉さ行五月原・風鈴シア・カーマインた行辰宮・紡対馬・大和天竜寺・茜な行夏・冬彦夏目・恭也は行二木・明菜冬咲・夏樹 -
岡本竜之介 - Futbol DB - Futbol DB
岡本竜之介はカマタマーレ讃岐所属のMF。FC大阪?へレンタル移籍中基本情報 国籍 日本 名前 オカモト リュウノスケ 生年月日 1984年10月9日 出身地 岡山県津山市 身長 -
中日 - bbh3@Wiki - bbh3@Wiki
B07B122 岡本 真也 中継ぎ 右 右 15 13 16 12 13 69 Vスラ2 カーブ1 サークルチェンジ1 シュート1 3 3 3 2 3 3 2 4 -
No5:61 - 東海映研写真のページ(2009以降) - 東海映研写真のページ(2009以降)
61 -
シークレットマスター - FRAGILE(フラジャイル) - FRAGILE(フラジャイル)
ごうだ まゆみ 律子 綺堂 渚 きどう なぎさ 美希
