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古代国語の音韻に就いて - 橋本 進吉 ( はしもと しんきち )

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     一  我が国古典読むについて何かその基礎になるようなことについて話してもらいたいという御依頼でございました。それで、我が国古代音韻についてお話申上げたいと思います。もっともこれについては、私の研究もまだ最後の処まで行き着いていないのでございまして、自分でも甚だ不満足ではございますが、しかしこれまで私が調べました範囲内でも、古典をお読みになるような場合に多少参考になるようなことは申上げることが出来ようかと思います。
 古代音韻と題しておきましたが、現今の言語研究の上に「音韻」と「音声」とを区別して使うことがございますけれども、先ずこのお話では、格別そういう厳密な区別を設けないで、ただ音韻と言っておいたので、つまり言語の音(おん)のことでございます。
 言語の音は、現在言語であれば直接我々が耳に聴いて判るものでありますが、昔の言語になりますと、昔の人が話していたのを我々は直接に耳に聴くことは出来ませぬ。今の言語であれば、直接耳に聞える音を対象として研究することが出来ますが、昔の言語でありますと、自然言語の音を文字で写したもの、すなわち音を代表する文字に基づいて研究するより仕方がない訳であります。
 全体この言語の音を研究するについて先ず第一大切なことは、どれだけの違った音でその言語が組立てられているかということ、つまりその言語にはどれだけの違った音を用いるかということであります。我々が口で発することの出来る音は実に無数であります。随分色々の音を発することが出来る訳でありますが、言語としては、その中の幾つかの或るきまった音だけを用いその他のものは用いないというようにきまっているのであります。これは我々が外国語学修する場合によく解るのでありますが、例えば外国語では<ti><tu>という音は何でもなく幾らでも用います。こういう音は外国語では普通の音ですが、日本語では用いないのであります。そういう風に言語違うによって或る音は或る国で使うけれども或る国の言語では使わないという風の違いがあるのであります。これは単に、相異なる言語日本語英語というような全く違った言語の間にそういう違いがあるばかりでなく、同じ言語においてもやはり時代によって違いがある。すなわち古い時代言語新しい時代言語の間には、昔用いておった音が後になると用いられなくなり、また昔用いられなかった音が後になると用いられるようになるというように、色々変って来るのであります。
 そういう違った音が幾つあるか、言いかえれば幾つの違った音を用いるかということが、或る一つの言語研究する場合に一番大切な事柄であります。一般に、或る時代言語に用いられる違った音の数はちゃんと定(き)まっているのであります。ごく粗雑な考え方でありますが、日本語書くのに仮名四十七字、それに「ん」が加わって四十八字、それだけでもともかく日本語のあらゆる音を書くこと出来る訳で、その仮名の数というものは定まっている。もし日本語に無数の違った音があるならば、きまった数の仮名で書けるはずはないのであります。勿論(もちろん)これは、仮名四十八字あるのでそれで違った音は四十八しかない、という訳ではありません。例えば「キ」と「ヤ」とはそれぞれ違った音ですが「キャ」という音は「キ」でもない「ヤ」でもない違った音で、これもキとヤの字で書く。キとヤとキャと三つの違った音が二つの文字によって書かれるのであります。かように、文字使い方によって別の音も表わすことがありますから、違った文字四十八しかないから違った音も四十八しかないというのではありません。しかしながら、それでもそう沢山の音がある訳ではなく、一定数しかないのであって、それも存外多くないのであります。日本仮名は「キ」という音なら「キ」として一つの字で表わしますけれども、キの音を分解してみれば更にkの音とiの音とに分解できます。こんなに分解してみると、違った音の数はもっと減るのであります。かように分解してみると、東京あたりの標準的発音においては二十五ぐらいの音しかないのであります。これにくらべて英語なんかはかなり音の数が多いのでありますけれども、それにしても三十あまりでしょう。ドイツ語フランス語でも大体そんなものです。それ位の数の、違った音があって、それを色々組合せてその言語におけるあらゆる語が出来上っている訳で、つまりそういう言語を用いている人は、それだけの音を聞き分けまた使い分けているのであります。
 それでその言語においてどれだけの違った音を用いるかということは、言語として非常大切なことであります。というのは、そういう音の違いというものは言葉意味関係して来るからであります。例えば「石(イシ)」という語と「椅子(イス)」という語は、我々はこれを聴いて確かに別の語だということがはっきり判る。すなわち「シ」の音と「ス」の音とを我々が耳に聴き分けるからであります。「イル」と「エル」とも、我々はこれを聞いて別の語だとわかるのですが、「イル」と「エル」との間において「イ」の音と「エ」の音とが違っているために「イル」という語と「エル」という語は同じではないということが解るのです。「マド」と「マト」、「ヌク」と「ヌグ」も、トとド、クとグを聴き分けて、これは違った語だと知るのであります。かように音の違いが語の違いの標識になる。語が違うのはつまり意味違うのですから、音の違いは意味を識別する標(しるし)になる。それで音の区別は大切な訳であります。
 右に挙げたような、シとス、イとエ、トとド、クとグなどの音を互いに違った音として区別するのは、我々には常のことですから、我々は当然別の音だと考えております。これを区別しないものがあろうなどとは考えないのであります。それでは、これらの音は音の性質上いつでも別の音であるかというと必ずしもそうではないのであって、或る国に往(ゆ)けば「マド」も「マト」も音として区別しないという所もあるのです。我々は「サシスセソ」と「シャシシュシェショ」を別の音と聴きますけれども、アイヌ人などになると、言語の音として同じ音だと思っているのであります。この語は「シャ」というか「サ」と言うかと尋ねると、どちらも同じではないかと言う。すなわちアイヌ人には言葉としては「シャ」でも「サ」でも同じことで、それを同じ音として考える。そういうことがあるのでありますから、言語の音を区別して別の音とするのは、音自身のもっている性質というよりは、その音を聴き、あるいは使う人の心の中での心理的のはたらきであります。それは言語違うに従って違っております。我々は「サケ」と「シャケ」が間違ったら飛んでもない間違いを起しますが、アイヌ人は「サケ」も「シャケ」も音としては同じことなんです。それであるから、やはり言語によってそれぞれどういう音を同じ音とし、どういう音を違った音として聴くかというきまりがあるのであります。それで或る言語においてどれだけの音を違った音として区別するかということが大切な問題となるのであります。それは今言った通り言語意味関係して来る。


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