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古典風 - 太宰 治 ( だざい おさむ )

  • 古典自習書 高校 漢文 古典乙Ⅰ 明治書院版準拠
  • ●平成23年度 国語教科書 2東書 古典028 古典 古文 
  • 東京書籍 【古典029】準拠 古典(漢文編)学習課題ノート
  • 古典文学 「三国志」 上・下 2冊 丹羽隼兵 守屋洋
  • 日記・花粉 ノヴァーリス著 現代思潮社 古典文庫35 1970年
  • 高等学校 古典 総合二 三訂版 昭和48年
  • 赤と黒 上巻のみ/スタンダール/光文社古典新訳文庫
  • 【文庫】 李陵・山月記  (新潮文庫)  中島敦@中国古典
  • 萬葉集一二三四 日本古典文学全集2~5 小学館
  • かぶき随想 鉛と水銀★郡司正勝古典芸能評論集
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――こんな小説も、私は読みたい。(作者)         A  美濃(みの)十郎は、伯爵(はくしゃく)美濃英樹の嗣子(しし)である。二十八歳である。
 一夜、美濃酔いしれて帰宅したところ、家の中は、ざわめいている。さして気にもとめずに、廊下を歩いていって、母の居間のまえにさしかかった時、どなた、と中から声がした。母の声である。僕です、と明確に答えて、居間障子(しょうじ)をあけた。部屋には、母がひとり離れて坐っていて、それと向い合って、召使いのものが五、六人、部屋の一隅にひしとかたまって、坐っていた。
「なんです。」と美濃は立ったままで尋ねた。
 母は言いにくそうに、
「あなたは、私のペーパーナイフなど、お知りでないだろうね。銀のが。なくなったんだがね。」
 美濃は、いやな顔をした。
「存じて居ります。僕が頂戴いたしました。」
 障子を閉めもせず、そのまま廊下をふらふら歩いていって、自分寝室へはいった。ひどく酔っていた。上衣(うわぎ)を脱いだだけで、ベッドに音高くからだをたたきつけ、それなり、眠ってしまった。
 水を飲みたく、目があいた。夜が明けている。枕(まくら)もとに小さい女の子がうつむいて立っていた。美濃は、だまっていた。昨夜の酔が、まだそのままに残っていた。口をきくのも、物憂かった。女の子には見覚えがあった。このごろ新しく雇いいれたわが家の下婢(かひ)に相違なかった。名前は、記憶してなかった。
 ぼんやり下婢の様を見ているうちに、むしゃくしゃして来た。
「何をしているのだ。」うす汚い気さえしたのである。
 女の子は、ふっと顔を挙(あ)げた。真蒼(まっさお)である。頬のあたりが異様な緊張で、ひきつってゆがんでいた。醜い顔ではなかったが、それでも、何だか、みじめな生き物の感じで、美濃は軽い憤怒を覚えた。
「ばかなやつだ。」と意味なく叱咤(しった)した。
「あたし、」下婢は再びうなだれ、震え声で言った。「十郎様を、いけないお方だとばかり存じていました。」そこまで言って、くたくた坐った。
ペーパーナイフかね?」美濃は笑った。
 女は黙って二度も三度もうなずいた。そうして、エプロンの下から小さい銀のペーパーナイフをちらと覗(のぞ)かせてみせた。
ペーパーナイフを盗むなんて、へんなやつだ。でも、綺麗(きれい)だと思ったのなら仕様が無い。」
 女の子は声を立てずに慟哭(どうこく)をはじめた。美濃は少し愉快になる。よい朝だと思った。
「母上がよくない。ろくに読めもしない洋書なんかを買い込んで、ただページを切って、それだけでお得意、たいへんなお道楽だ。


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