右門捕物帖 02 生首の進物 - 佐々木 味津三 ( ささき みつぞう )
右門捕物帖
生首の進物
1
――むっつり右門第二番てがらです。
前回の南蛮幽霊騒動において、事のあらましをお話ししましたとおり、天下無類の黙り虫の変わり者にかかわらず、おどろくべき才腕を現わして、一世を驚倒させたあの戦慄(せんりつ)すべき切支丹(きりしたん)宗徒の大陰謀を、またたくうちにあばきあげ、真に疾風迅雷(しっぷうじんらい)の早さをもって一味徒党を一網打尽にめしとり、八丁堀お組屋敷の同僚たちを胸のすくほど唖然(あぜん)たらしめて、われわれ右門ひいきの者のために万丈の気を吐いてくれたことはすでに前節で物語ったとおりでありますが、しかし人盛んなれば必ずねたみあり――。世のこと人のことは、とかく円満にばかりはいかないものとみえます。あの大|捕物(とりもの)とともにわれわれのひいき役者むっつり右門がうなぎのぼりに名声を博し、この年の暮れにはその似顔絵が羽子板になって売られようというほどな評判をかちえてまいりましたものでしたから、同じお上の禄(ろく)をはむ仲間どうしにそんな不了見者はあってはならないはずでしたが、やはり人の心は一重裏をのぞくと、まことに外面如菩薩内心如夜叉(げめんにょぼさつないしんにょやしゃ)であるとみえまして、しだいに高まってきた右門のその名声に羨望(せんぼう)をいだき、羨望がやがてねたみと変わり、ねたみがさらに競争心と変わって、ついには右門を目の上の敵と心よく思わない相手がひとり突如としてここに現われてまいりました。通称あばたの敬四郎といわれている同じ八丁堀の同心で、いうまでもなくその顔の面にふた目とは見られぬあばた芋があったからのあだ名ですが、しかし一面からいうと、あばたの敬四郎が、その顔の醜いごとく右門に対して心に醜い敵対心をいだきだしたことは、まんざら無理からぬことでした。もともとがむっつり右門などの駆けだし同心とは事かわって、敬四郎は年ももうおおかた四十に手が届こうという年配であり、その経験年功からいってはるかに右門なぞには大先輩の同心でありましたから、後輩もずっと後輩のまだ青々しい右門によってすっかり人気をさらわれてしまったことが、第一にしゃくの種となったのです。そこへもっていってまた悪いことには、通常二十五人が定めである与力にひとり欠役があって、順序からいえば上席同心の敬四郎がはしごのぼりにその職へつかれるはずでありましたが、奉行職(ぶぎょうしょく)にどういう考えがあったものか、いっこうにお取り立てのおさたがなかったものでしたから、いわゆる疑心暗鬼というやつで、あまりにもむっつり右門の評判が高まりすぎたために、ひょっとすると自分をさしおいて右門が先に抜擢(ばってき)昇進されるのではないだろうか、という不安がわいたからでした。功名を期するほどの男子にとってはまことに無理からぬねたみというべきですが、だから敬四郎は南蛮幽霊事件の落着後ことごとに右門を敵に回し、同時にまた功もあせって、今度こそはという意気込みを示しながら、何か犯罪があったと知ると、その大小を見きわめず、かたっぱし手を染めて、しきりと右門に競争的態度をとってまいりました。しかし、われわれの右門はそんなことに動ずる右門ではない。すべては力と腕と才略の競争なんだから、きわめて平然とおちついたもので、むっつりとまた昔の唖(おし)にかえると、敬四郎の敵対行為などはどこを風が吹くかといいたげに黙殺したままでした。勤番の日は奉行所の控え席に忘れられた置き物のごとく黙々と控え、非番の日にはお組屋敷でいかにもたいくつそうにどてらを羽織り、ひねもすごろごろと寝ころがって、しきりと無精ひげを抜いては探り、探ってはまた抜いてばかりいましたので、こうなると自然気をもみだしたのは右門の手下の岡(おか)っ引(ぴ)き、おなじみのおしゃべり屋伝六です。また、伝六にしてみれば、右門のてがらのしりうまにのっかって、かれの名声も相当高まっていたものでしたから、もう一度柳の下の大どじょうをすくってみたく思ったのは無理もないことだったのでしょう。ちょうどその日は非番の日でしたが、じれじれしながら様子を伺いにやって行くと、表はもう四月の声をきいてぽかぽかと頭の先から湯気の出そうな上天気だというのに、右門は豚のように寝ころがりながら、あいかわらず無精ひげを抜いては探り、探っては抜いていましたので、伝六はさっそくお株を出して、例のごとく無遠慮にがみがみといったものでした。
「ちえッ。だんなにかかっちゃかなわねえな。このあったけえのにどてらなんぞ着ていたひにゃ、おへそにきのこがはえますぜ」
しかし、右門はすましたものです。金看板のむっつり屋をきめこみながら、じろりと伝六に流し目をくれただけで、依然あごひげを抜いては探り、探ってはまた抜いていましたので、伝六はますますじれ上がって、いっそうつんけんといいました。
「だから、今までだっても顔を見るたびいわねえこっちゃねえんだ。だんなほどの男まえなら、女房の来てなんぞ掃くほどあるから、早くひとり者に見切りをつけなせえといっているのに、ちったあいろけもお出しなせえよ。色消しにもほどがごわさあ、芋虫みたいに寝っころがって、その図はなんですかい。きのこどころか、うじがわきますぜ」
と――少し意外でした。ほんとうに芋虫のごとく寝ころがって無精ひげをまさぐっていた右門が、むっくり起き上がると、きまじめな顔でぽつりと伝六にいいました。
「では、今からその女房二、三人掃きよせに参ろうか」
「え? ほんとうですかい? 正気でおっしゃったのでげすかい?」
いつにも口にしたことのないいきなことばを、きわめて真顔で右門がいったものでしたから、おもわず伝六が正気でげすかいと念を押したのも無理からぬことでしたが、すると右門はいよいよ意外でした。
「この天気ならば、辰巳(たつみ)の方角がよいじゃろう。三、四匹ひっかけに、深川あたりへでも参るかな」
さらにいきなことを言いながら、やおらのっそりと立ち上がると、どてらを小格子双子(こごうしふたご)の渋い素袷(すあわせ)に召し替えて、きゅっきゅっとてぎわよく一本どっこをしごきながら、例の蝋色鞘(ろいろざや)を音もなく腰にしたので、伝六はすっかり額をたたいてしまいました。
「ちえっ、ありがてえな。だから、憎まれ口もきくもんさね。おいらのだんなにかぎって女の子の話なんざ耳を貸すめえて思ってましたが、急に目色をお変えなすったところをみると、その辰巳(たつみ)とやらにはさだめしお目あてがござんしょうね」
しかし、右門はいかにも伝六の額をたたいて喜んだとおりりゅうとした身なりを整え、まちがいもなく表へやってまいるにはまいりましたが、出がけにふと庭すみの物置きへ立ち寄ると、袋入りのつりざおにすすけきった魚籃(びく)を片手にさげながら、ゆうゆうと現われてまいりましたものでしたから、いま額をたたいて喜んだ伝六の口からは、たちまち悲鳴が上がりました。
「こいつだ。だんなのやるこたあ、いつでもこの手なんだからね。ほんとうに人をぬか喜びさせるにもほどがあるじゃごわせんか。なんでげすかい。春先にゃ辰巳の方角につりざおへひっかかる女の子がいるんですかい?」
けれども、これは不平をいう伝六が無理でした。美丈夫なること右門のごとく、道心堅固なることまた右門のごとき、男でさえもほれぼれとするようなその人がらを、よく知っていながら、早まって早がてんをしたほうが悪いので、むろん右門は最初から気晴らしに、すすきでもつりに行こうというつもりでしたから、にこりともせずに伝六の不平をうしろへ聞き流しておくと、さっさと門を外へ出ていきました。
と、その出会いがしらに、ぱったりとぶつかった男がある。ほんとうに、文字どおりぱったりとぶつかった男がありました。だれか?――だれでもない、あばたの敬四郎です。そして、真にその一瞬でありましたが、いや一瞬というよりもそのとたんといったほうが正しい。行きずれに、なにやらあわてふためいてお組屋敷へ駆け込んでいった敬四郎の姿をちらり右門が認めたかと思うと、まことに不思議な変わり方だった。ぴたり――右門の足が突然そこへくぎづけにされてしまいました。同時に、鋭い声で――。
「伝六!」
「え? てんかんでも起きたんでござんすか?」
「バカ! どうやら大きなさかながかかりそうだぞ」
「どこです? どこに泳いでいます?」
「あいかわらず、きさまはひょうきん者だな、敬四郎どのの様子が尋常でない。今からすぐお奉行所までひとっ走り行ってこい!」
「またあれだ。やぶからぼうに変なことをおっしゃって、このうえあっしをかつぐ気でござんすかい?」
これは無理もないので。ひとことも訳は語らないで、ほんとうにやぶからぼうに右門の空もようががらりと変わりましたものでしたから、なにがなにやらふにおちかねて伝六が二の足を踏んだのはまことに無理からぬことでしたが、しかし、名犬はよくそのにおいによって獲物の大小をかぎ分く――実はそれが右門の右門たるところで、早くもかれは、その全身にみなぎりあふれている名同心のたぐいまれな嗅覚(きゅうかく)で、事の容易ならざるけはいをかぎとったのです。何によってかぎとったか?――いわずと知れた今のその敬四郎の目の色で、それからそのうろたえ方で、こいつなにかでか物の事件が起きたな、というけはいを見てとったものでしたから、こうなるとむっつり右門はつねにそうでありましたが、すべての態度がもはやまったく疾風迅雷という形容そのままでした。かれは、きょとんと目をひらいて戸惑っている伝六へ、しかるようにいいました。
「きさまだって、あばたの敬四郎がこのごろおれと功名争いしているくらいなことは知ってるだろう」
「え! あっ! そうでしたかい。じゃ、今のあいつの様子で、事起こるとにらんだのですね」
ひょうきん者のおしゃべり屋ではありましたが、そこはやはり職業本能で、右門のそのひとことで、ぴりっと胸にこたえたものがあったのでしょう。ところへ、さながらおあつらえ向きのように、今あわてふためいて自分のお小屋のほうへ駆け込んでいった相手の敬四郎が、大急ぎで狩り集めたらしく、配下の手下小者を引き具して、どやどやと血相変えながら出てまいりましたので、いよいよ伝六にも事の容易ならぬけはいが感得できたものか、もうあとはいっさいが目まぜと目まぜと、それからましらのごときすばしっこさのみでした。
「ちえッ。だんなにかかっちゃかなわねえな。このあったけえのにどてらなんぞ着ていたひにゃ、おへそにきのこがはえますぜ」
しかし、右門はすましたものです。金看板のむっつり屋をきめこみながら、じろりと伝六に流し目をくれただけで、依然あごひげを抜いては探り、探ってはまた抜いていましたので、伝六はますますじれ上がって、いっそうつんけんといいました。
「だから、今までだっても顔を見るたびいわねえこっちゃねえんだ。だんなほどの男まえなら、女房の来てなんぞ掃くほどあるから、早くひとり者に見切りをつけなせえといっているのに、ちったあいろけもお出しなせえよ。色消しにもほどがごわさあ、芋虫みたいに寝っころがって、その図はなんですかい。きのこどころか、うじがわきますぜ」
と――少し意外でした。ほんとうに芋虫のごとく寝ころがって無精ひげをまさぐっていた右門が、むっくり起き上がると、きまじめな顔でぽつりと伝六にいいました。
「では、今からその女房二、三人掃きよせに参ろうか」
「え? ほんとうですかい? 正気でおっしゃったのでげすかい?」
いつにも口にしたことのないいきなことばを、きわめて真顔で右門がいったものでしたから、おもわず伝六が正気でげすかいと念を押したのも無理からぬことでしたが、すると右門はいよいよ意外でした。
「この天気ならば、辰巳(たつみ)の方角がよいじゃろう。三、四匹ひっかけに、深川あたりへでも参るかな」
さらにいきなことを言いながら、やおらのっそりと立ち上がると、どてらを小格子双子(こごうしふたご)の渋い素袷(すあわせ)に召し替えて、きゅっきゅっとてぎわよく一本どっこをしごきながら、例の蝋色鞘(ろいろざや)を音もなく腰にしたので、伝六はすっかり額をたたいてしまいました。
「ちえっ、ありがてえな。だから、憎まれ口もきくもんさね。おいらのだんなにかぎって女の子の話なんざ耳を貸すめえて思ってましたが、急に目色をお変えなすったところをみると、その辰巳(たつみ)とやらにはさだめしお目あてがござんしょうね」
しかし、右門はいかにも伝六の額をたたいて喜んだとおりりゅうとした身なりを整え、まちがいもなく表へやってまいるにはまいりましたが、出がけにふと庭すみの物置きへ立ち寄ると、袋入りのつりざおにすすけきった魚籃(びく)を片手にさげながら、ゆうゆうと現われてまいりましたものでしたから、いま額をたたいて喜んだ伝六の口からは、たちまち悲鳴が上がりました。
「こいつだ。だんなのやるこたあ、いつでもこの手なんだからね。ほんとうに人をぬか喜びさせるにもほどがあるじゃごわせんか。なんでげすかい。春先にゃ辰巳の方角につりざおへひっかかる女の子がいるんですかい?」
けれども、これは不平をいう伝六が無理でした。美丈夫なること右門のごとく、道心堅固なることまた右門のごとき、男でさえもほれぼれとするようなその人がらを、よく知っていながら、早まって早がてんをしたほうが悪いので、むろん右門は最初から気晴らしに、すすきでもつりに行こうというつもりでしたから、にこりともせずに伝六の不平をうしろへ聞き流しておくと、さっさと門を外へ出ていきました。
と、その出会いがしらに、ぱったりとぶつかった男がある。ほんとうに、文字どおりぱったりとぶつかった男がありました。だれか?――だれでもない、あばたの敬四郎です。そして、真にその一瞬でありましたが、いや一瞬というよりもそのとたんといったほうが正しい。行きずれに、なにやらあわてふためいてお組屋敷へ駆け込んでいった敬四郎の姿をちらり右門が認めたかと思うと、まことに不思議な変わり方だった。ぴたり――右門の足が突然そこへくぎづけにされてしまいました。同時に、鋭い声で――。
「伝六!」
「え? てんかんでも起きたんでござんすか?」
「バカ! どうやら大きなさかながかかりそうだぞ」
「どこです? どこに泳いでいます?」
「あいかわらず、きさまはひょうきん者だな、敬四郎どのの様子が尋常でない。今からすぐお奉行所までひとっ走り行ってこい!」
「またあれだ。やぶからぼうに変なことをおっしゃって、このうえあっしをかつぐ気でござんすかい?」
これは無理もないので。ひとことも訳は語らないで、ほんとうにやぶからぼうに右門の空もようががらりと変わりましたものでしたから、なにがなにやらふにおちかねて伝六が二の足を踏んだのはまことに無理からぬことでしたが、しかし、名犬はよくそのにおいによって獲物の大小をかぎ分く――実はそれが右門の右門たるところで、早くもかれは、その全身にみなぎりあふれている名同心のたぐいまれな嗅覚(きゅうかく)で、事の容易ならざるけはいをかぎとったのです。何によってかぎとったか?――いわずと知れた今のその敬四郎の目の色で、それからそのうろたえ方で、こいつなにかでか物の事件が起きたな、というけはいを見てとったものでしたから、こうなるとむっつり右門はつねにそうでありましたが、すべての態度がもはやまったく疾風迅雷という形容そのままでした。かれは、きょとんと目をひらいて戸惑っている伝六へ、しかるようにいいました。
「きさまだって、あばたの敬四郎がこのごろおれと功名争いしているくらいなことは知ってるだろう」
「え! あっ! そうでしたかい。じゃ、今のあいつの様子で、事起こるとにらんだのですね」
ひょうきん者のおしゃべり屋ではありましたが、そこはやはり職業本能で、右門のそのひとことで、ぴりっと胸にこたえたものがあったのでしょう。ところへ、さながらおあつらえ向きのように、今あわてふためいて自分のお小屋のほうへ駆け込んでいった相手の敬四郎が、大急ぎで狩り集めたらしく、配下の手下小者を引き具して、どやどやと血相変えながら出てまいりましたので、いよいよ伝六にも事の容易ならぬけはいが感得できたものか、もうあとはいっさいが目まぜと目まぜと、それからましらのごときすばしっこさのみでした。
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佐々木希 - アイドルプロフィール - アイドルプロフィール
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