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唯心的、凡神的傾向に就て(承前) - 山路 愛山 ( やまじ あいざん )

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 女学雑誌社を代表者として、現出せし一派の流行思想(カレント、ソート)(吾人(われら)は之れを唯心的、凡神的の傾向と云ふ、直ちに之を唯心論、凡神論なりとは曰はず)は左の現象を示したり。 (一)個人品位認識せざること。人は個人として此世に生れたり、個人として其特性を有し、其天職を有し、其権利を有す。若(も)し国家を以て個人の特性、天職権利を殺さんとせば人は必らず其不可を尤(とが)めん。然れども人をして己を捨てゝ自然流行に一任せしめんとするに至つては之を不可とせざる乎(か)。天知子の利休を論ずるに曰ふ、

大象いかで兎径に遊ばん、老荘は到底孔孟の伴侶にあらず。人世の活文章を誠一片にて組立てんとするの小智を笑ひ、道徳律義の繩墨のみを以て活人を料理せんとするの狭量を愍(あは)れみ、為さんとするの善は多く偽善たるを免かれず。去らんと苦心するの悪は多く縮局せる狐疑善を脱せず、無為恬淡として自然に帰るを道とす、

と請ひ問ふ、所謂(いはゆる)自然に帰るとは何ぞや、人既に世に生れたり、自然と離れたり、自然の上を超(こ)へて立てり。如何にして自然に返るべき人の智識果して小智なるや否を知らず、人の善果して狐疑善たるや否を知らず、然れども個人個人の信ずる所を為し、個人の行くべき所を行くべきに非ずや。宇宙大経綸は吾人の小智小善が相集りて成れる者に非ずや。若し自然に還(かへ)ると云ふことを以て孔子が所謂身を殺して仁を為すもの也、パウロが所謂もはや吾|活(い)くるに非ず、基督吾れに在りて活くる者也と云はゞ可也。

形骸に拘々(こう/\)せず、小智に区々せず、清濁のまに/\呑み尽(つく)し、始めて如来禅を覚了すれば万行体中に円(まど)かなり。 (天知子)

と説くに至つては個人全く死せる也。個人品位認識せざる也。
(二)事業を賤(いや)しむこと、吾人は信ず時(タイム)を離れて永遠(ヱタルニチー)なし、事業を離れて修徳なしと。時は即ち永遠一部に非ずや、事業は即ち修徳一部に非ずや、永遠の為めに現時を賤しむ者、修徳の為めに事業を軽んずる者は是れ矛盾(パラドッキシカル)の論法也。昔しは朱子理気の学を以て一代の儒宗たりしかども、猶且当世の務を論ずることを忘れざりき。今日の為めにする即ち永遠の為めにする也、己れの目前に置かれたる事業を喜んで為す、是れ修徳也。所謂善人善を為す惟日も足らざる者、一日の中には一日の事ある者是也、之れを思はずして、徒(いたづ)らに事業を賤しみ、之を俗人の事となし、超然として物外に※※(しやうやう)せんとするに至つては抑(そもそ)も亦名教の賊に非ずや。
 透谷氏芭蕉池辺明月の什(じふ)を論じて曰く

彼れは実を忘れたる也、彼れは人間を離れたる也、彼れは肉を脱したる也、実を忘れ、肉を脱し、人間を離れて、何処(いづこ)にか去れる、杜鵑(とけん)の行衛は問ふことを止めよ、天涯高く飛び去りて絶対的の物即ち理想(アイデアル)にまで達したる也。

 彼れが富嶽の詩神を思ふの文は愈(いよ/\)奇也、曰く

寤果して寤か、寐果して寐か、我是を凝ふ、深山夜に入りて籟あり、人間昼に於て声なき事多し、寤(さ)むる時人真に寤めず、寐(ね)る時往々にして至楽の境にあり、身躰四肢必らずしも人間の運作(うんさく)を示すにあらず、別に人間大に施為する所あり、ひそかに思ふ終に寤ざるもの真の寤か、終に寐せざるもの真の寐か、此境に達するは人間の容易(たや)すく企つる能はざる所なり。

 何ぞ其言の飄逸(へういつ)として捕捉すべからざるが如くなるや。世の礼法君子は蝨(しらみ)の褌に処する如しと曰ひし阮籍も蓋(けだ)し斯の如きに過ぎざりしなるべし、梁川星巌芭蕉を詠じて曰く

僅十七字宛天工、能写人情近国風、持示村婆皆解了、香山後世是蕉翁、

と斯の如き芭蕉も透谷氏の為めには天涯高く飛び去りて、肉眼にては分り兼ねる理想の中(うち)に住する人となれり。平民短歌作者も一種の理想派(アイデアリスト)となりて、さぞ満足なることならんと雖(いへど)も、実を忘れ、肉を忘れ、天外高く飛び去り、寤寐判せず迷覚了せざる的の漢となりて一生を漫遊せんことは彼と雖も難有涙をこぼすなるべし。吾人は嘗て巌本君が青年一揆の張本人と題し事業を鼓舞する者を難じたる文を読みたり。知らず長松の下に箕踞(ききよ)して白眼世人を見る底の人物を養成する張本人は誰ぞや、吾人|豈(あに)独り女学雑誌社中を攻めんや、彼れが代表する一派の傾向に針※(しんぺん)する所あらんと欲するのみ。
明治二十六年四月九日



底本:「現代日本文學体系 6 北村透谷山路愛山集」筑摩書房
   1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「国民新聞
   1893(明治26)年4月19日
入力:kamille
校正鈴木厚司
2006年7月3日作成
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