国文学の発生(第三稿) - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )
國文學の發生(第三稿)
まれびとの意義
一 客とまれびとと
客をまれびとと訓ずることは、我が國に文獻の始まつた最初からの事である。從來の語原説では「稀に來る人」の意義から、珍客の意を含んで、まれびとと言うたものとし、其音韻變化が、まらひと・まらうどとなつたものと考へて來てゐる。形成の上から言へば、確かに正しい。けれども、内容――古代人の持つてゐた用語例――は、此語原の含蓄を擴げて見なくては、釋かれないものがある。
我が國の古代、まれの用語例には、「稀」又は「rare」の如く、半否定は含まれては居なかつた。江戸期の戲作類にすら、まれ男など言ふ用法はあるのに、當時の學者既に「珍客」の意と見て、一種の誇張修辭と感じて居た。
うづは尊貴であつて、珍重せられるものゝ義を含む語根であるが、まれは數量・度數に於て、更に少いことを示す同義語である。單に少いばかりでなく、唯一・孤獨などの義が第一のものではあるまいか。「あだなりと名にこそたてれ、櫻花、年にまれなる人も待ちけり(古今集)」など言ふ表現は、平安初期の創意ではあるまい。
まれびとの内容の弛んで居た時代に拘らず、此まれには「唯一」と「尊重」との意義が見えてゐる。「年に」と言ふ語がある爲に、此まれは、つきつめた範圍に狹められて、一囘きりの意になるのである。此「年にまれなり」と言ふ句は、文章上の慣用句を利用したものと見てさしつかへはない樣である。
上代皇族の名に、まろ・まりなどついたものゝあるのは、まれとおなじく、尊・珍の名義を含んでゐるのかと思ふ。繼體天皇の皇子で、倭媛の腹に椀子(マリコ)皇子があり、欽明天皇の皇子にも椀子(マリコ)皇子がある。又、用明天皇の皇子にも當麻公の祖|麻呂子(マロコ)皇子がある(以上日本紀)。而も繼體天皇は皇太子|勾(マガリ)大兄を呼んで「朕が子|麻呂古(マロコ)」と言うて居られる(紀)。此から考へると、子に對して親しみと尊敬とを持つて呼ぶ、まれ系統の語であつたのが、固有名詞化したものであることが考へられる。まれびとも珍客などを言ふよりは、一時的の光來者の義を主にして居るのが古いのである。
くすり師は常のもあれど、珍(マラ)人の新(イマ)のくすり師 たふとかりけり。珍(メグ)しかりけり(佛足石の歌)
つねは、普通・通常などを意味するものと見るよりも、此場合は、常住、或は不斷の義で、新奇の一時的渡來者の對立として用ゐられてゐるのである。まらは、まれの形容屈折である。尊・珍・新などの聯想を伴ふ語であつたことは、此歌によく現れてゐる。
まれと言ふ語の溯れる限りの古い意義に於て、最少の度數の出現又は訪問を示すものであつた事は言はれる。ひとと言ふ語も、人間の意味に固定する前は、神及び繼承者の義があつたらしい。其側から見れば、まれひとは來訪する神と言ふことになる。ひとに就て今一段推測し易い考へは、人にして神なるものを表すことがあつたとするのである。人の扮した神なるが故にひとと稱したとするのである。
私は此章で、まれびとは古くは、神を斥(サ)す語であつて、とこよから時を定めて來り訪ふことがあると思はれて居たことを説かうとするのである。幸にして、此神を迎へる儀禮が、民間傳承となつて、賓客をあしらふ方式を胎んで來た次第まで説き及ぼすことが出來れば、望外の欣びである。
てつとりばやく、私の考へるまれびとの原の姿を言へば、神であつた。第一義に於ては古代の村々に、海のあなたから時あつて來り臨んで、其村人どもの生活を幸福にして還る靈物を意味して居た。
まれびとが神であつた時代を溯つて考へる爲に、平安朝以後、近世に到る賓客饗應の風習を追憶して見ようと思ふ。第一に、近世「客(キヤク)」なる語が濫用せられて、其訓なるまれびとの内容をさへ、極めてありふれたものに變化させて來たことを思はねばならぬ。大正の今日にも到る處の田舍では、ゐろりの縁の正座なるよこざ(横座)を主人の座とし、其次に位する脇の側を「客座(キヤクザ)」と稱へて居る。此は客を重んじ慣れた都會の人々には、會得のいかぬことである。併し田舍屋の日常生活に訪ふものと言へば、近隣の同格或は以下の人たちばかりである。若したまに同等以上の客の來た時には、主人は、横座を其客に讓るのが常である。だから、第二位の座に客は坐るものと考へられたことは、農村の家々に、眞の賓客と稱してよい者の、容易には來るものでなかつた事を示して居る。
正當に賓客と稱すべき貴人の光來の榮に接することになつたのは、凡、武家時代以後、次第に盛んになつたことゝ觀察せられる。武家は、久しい地方生活によつて、親方・子方の感情が、極めて緻密であつた。中央には、傳承が作法を生んで、久しい後までも、わりあひ自由に親密を露すことが出來た。其で、武家が勢力を獲た頃になると、中央であつたら大事件と目せられねばならない樣な臣家訪問の事實が、急に目につき出したのである。下尅上の恐怖が感じられる樣になると、懷柔の手段と言ふ意味も含められて、愈流行した。其結果、賓客と連帶して來たまれびとなる語は、到底、上代から傳へた内容を持ちこたへることが出來なくなつたのである。六國史を見ても、さうである。天子の臣家に臨まれた史實は、數へる程しかない。公式と非公式とでは違ふであらうが、内容にも屡あり得べきことではなかつた。
上官下僚の關係で見ても、さうだ。非公式には多少の往來を交して居さうな人々の間にも、公式となると、こと/″\しい形式を履まねばならぬことになつてゐた。「大臣大饗」は、此適切な例である。
我が國の古代、まれの用語例には、「稀」又は「rare」の如く、半否定は含まれては居なかつた。江戸期の戲作類にすら、まれ男など言ふ用法はあるのに、當時の學者既に「珍客」の意と見て、一種の誇張修辭と感じて居た。
うづは尊貴であつて、珍重せられるものゝ義を含む語根であるが、まれは數量・度數に於て、更に少いことを示す同義語である。單に少いばかりでなく、唯一・孤獨などの義が第一のものではあるまいか。「あだなりと名にこそたてれ、櫻花、年にまれなる人も待ちけり(古今集)」など言ふ表現は、平安初期の創意ではあるまい。
まれびとの内容の弛んで居た時代に拘らず、此まれには「唯一」と「尊重」との意義が見えてゐる。「年に」と言ふ語がある爲に、此まれは、つきつめた範圍に狹められて、一囘きりの意になるのである。此「年にまれなり」と言ふ句は、文章上の慣用句を利用したものと見てさしつかへはない樣である。
上代皇族の名に、まろ・まりなどついたものゝあるのは、まれとおなじく、尊・珍の名義を含んでゐるのかと思ふ。繼體天皇の皇子で、倭媛の腹に椀子(マリコ)皇子があり、欽明天皇の皇子にも椀子(マリコ)皇子がある。又、用明天皇の皇子にも當麻公の祖|麻呂子(マロコ)皇子がある(以上日本紀)。而も繼體天皇は皇太子|勾(マガリ)大兄を呼んで「朕が子|麻呂古(マロコ)」と言うて居られる(紀)。此から考へると、子に對して親しみと尊敬とを持つて呼ぶ、まれ系統の語であつたのが、固有名詞化したものであることが考へられる。まれびとも珍客などを言ふよりは、一時的の光來者の義を主にして居るのが古いのである。
くすり師は常のもあれど、珍(マラ)人の新(イマ)のくすり師 たふとかりけり。珍(メグ)しかりけり(佛足石の歌)
つねは、普通・通常などを意味するものと見るよりも、此場合は、常住、或は不斷の義で、新奇の一時的渡來者の對立として用ゐられてゐるのである。まらは、まれの形容屈折である。尊・珍・新などの聯想を伴ふ語であつたことは、此歌によく現れてゐる。
まれと言ふ語の溯れる限りの古い意義に於て、最少の度數の出現又は訪問を示すものであつた事は言はれる。ひとと言ふ語も、人間の意味に固定する前は、神及び繼承者の義があつたらしい。其側から見れば、まれひとは來訪する神と言ふことになる。ひとに就て今一段推測し易い考へは、人にして神なるものを表すことがあつたとするのである。人の扮した神なるが故にひとと稱したとするのである。
私は此章で、まれびとは古くは、神を斥(サ)す語であつて、とこよから時を定めて來り訪ふことがあると思はれて居たことを説かうとするのである。幸にして、此神を迎へる儀禮が、民間傳承となつて、賓客をあしらふ方式を胎んで來た次第まで説き及ぼすことが出來れば、望外の欣びである。
てつとりばやく、私の考へるまれびとの原の姿を言へば、神であつた。第一義に於ては古代の村々に、海のあなたから時あつて來り臨んで、其村人どもの生活を幸福にして還る靈物を意味して居た。
まれびとが神であつた時代を溯つて考へる爲に、平安朝以後、近世に到る賓客饗應の風習を追憶して見ようと思ふ。第一に、近世「客(キヤク)」なる語が濫用せられて、其訓なるまれびとの内容をさへ、極めてありふれたものに變化させて來たことを思はねばならぬ。大正の今日にも到る處の田舍では、ゐろりの縁の正座なるよこざ(横座)を主人の座とし、其次に位する脇の側を「客座(キヤクザ)」と稱へて居る。此は客を重んじ慣れた都會の人々には、會得のいかぬことである。併し田舍屋の日常生活に訪ふものと言へば、近隣の同格或は以下の人たちばかりである。若したまに同等以上の客の來た時には、主人は、横座を其客に讓るのが常である。だから、第二位の座に客は坐るものと考へられたことは、農村の家々に、眞の賓客と稱してよい者の、容易には來るものでなかつた事を示して居る。
正當に賓客と稱すべき貴人の光來の榮に接することになつたのは、凡、武家時代以後、次第に盛んになつたことゝ觀察せられる。武家は、久しい地方生活によつて、親方・子方の感情が、極めて緻密であつた。中央には、傳承が作法を生んで、久しい後までも、わりあひ自由に親密を露すことが出來た。其で、武家が勢力を獲た頃になると、中央であつたら大事件と目せられねばならない樣な臣家訪問の事實が、急に目につき出したのである。下尅上の恐怖が感じられる樣になると、懷柔の手段と言ふ意味も含められて、愈流行した。其結果、賓客と連帶して來たまれびとなる語は、到底、上代から傳へた内容を持ちこたへることが出來なくなつたのである。六國史を見ても、さうである。天子の臣家に臨まれた史實は、數へる程しかない。公式と非公式とでは違ふであらうが、内容にも屡あり得べきことではなかつた。
上官下僚の關係で見ても、さうだ。非公式には多少の往來を交して居さうな人々の間にも、公式となると、こと/″\しい形式を履まねばならぬことになつてゐた。「大臣大饗」は、此適切な例である。
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