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壊れたバリコン - 海野 十三 ( うんの じゅうざ )

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 なにか読者諸君が吃驚(びっくり)するような新しいラジオの話をしろと仰有(おっしゃ)るのですか? そいつは弱ったな、此の頃(ごろ)はトント素晴らしい受信機発明もないのでネ。そうそう近着の外国雑誌ストロボダインという新受信機大分おおげさに吹聴(ふいちょう)してあったようですね。しかし私は余り感心しないのですよ。結局ビート受信方式の一変形に過ぎないじゃありませんか。
 ヤアどうも、君に議論を吹っかけるつもりじゃ毛頭(もうとう)なかったのですがネ、つい面白い原稿だねのない言訳(いいわけ)に一寸議論の端(はし)が飛び出して来たという次第なのですよ。――
 ホウ、君はそこの床(とこ)の間(ま)にポツンと載(の)っている変な置物(おきもの)に目をつけておいでのようですな。そうです、君の仰有るとおり、それは加減蓄電器(バリコン)の壊(こわ)れたものなのですよ。半分ばかり溶(と)けてしまって、アルミニューム流れ出したまま固(かたま)っているでしょう。これは何かって言うんですか?
 いや実はネ、それについて一つ、取っておきの因縁(いんねん)ばなしがあるんですがネ、今日は思い切って、そいつを御話してしまうことに致しましょうか。
 だが始めから断って置きますが、此の話はこれから私の言う通り全く同じに発表して貰っては私が困るのですがね。というのも実はこの物語主人公であり、又同時に尊い実験者であるところの私の亡友(ぼうゆう)Y――が亡くなる少し前に、是非私に判断して呉(く)れという前提(ぜんてい)のもとに秘密に語った彼自身の驚くべき実験談なのでして、内容内容だから、他へは決して洩(も)らさぬことを誓わされたものなのです。不幸なる亡友Y――は、永らくおのれが胸だけに秘(ひ)めていた解き得ぬ謎の解決を求めんがために折角(せっかく)私という話相手を選んだのでしたが、流石(さすが)の私にも彼が満足するような明答(めいとう)を与えることが出来ませんでした。それでY――は一層がっかりして謎を謎として抱(いだ)いたまま、地下に眠ってしまったのです。そして其の時にY――が私に残して行った不気味な遺品が、この壊れたバリコンでして、勿論(もちろん)彼の話の中に出て来る一つの証拠物(しょうこぶつ)とも言うべきものなのです
 Y――が其の時告白したところによると、謎を包んだ此の物語をはなして聞かせた人間は私が最初であり、また同時にそれが最後であるというのです。尤(もっと)もこの物語の後に於て判るように、このことがどんな事実であるかということを明瞭(めいりょう)に知っている筈(はず)の二つの関係があるのですが、これは孰(いず)れもそれ自身絶対に他へ洩らすことの許されない同じような二つの機密社会(きみつしゃかい)であるために、この驚くべき事実が他へ洩れる道が若(も)しありとすれば、それは亡友Y――によって(いやもっと詳しく言えばY――と私との二人とによって)行われるより外(ほか)に出来ないことなのでした。Y――が私以外の者に語ることを断念し而(しか)も他界してしまった今日(こんにち)、それは唯(ただ)私一人によって保たれている秘密なのです。未解決のまま残されている謎なのです。そこに私としての遺憾(いかん)があり、義務さえあるように感ずるのです。そうした気持が、私をして敢えて誓いの鎖(くさり)をひきちぎってまで貴方(あなた)に御話することを決心させたのでした。それはあり得べき事か、またはY――の錯覚(さっかく)であるか、それはこの物語がすんだあとで貴方は当然私に答えて下さらなければならないのです。――
 ではその話を始めましょう。私がY――から聴いたときのように、彼の口調を真似(まね)ておはなしを致しましょう。ですから、次のものがたりで「僕」というのは、とりもなおさずY――自身のことだと思っていただかなければなりません。
     *   *   *
 僕は少年時代からラジオの研究精進(しょうじん)していたラジオファンとして、あの茫莫(ぼうばく)たるエーテル波の漂う空間に、尽(つ)くることなき憧憬(どうけい)を持っているのでした。それは僕が始めて簡単鉱石受信機を作って銚子(ちょうし)の無線電信受けた其の夜から、不思議に心を躍らせるようになった言わば一種の「萌(も)え出でた恋」だったのです。僕は毎晩のように鉱石の上を針でさぐりながら、銚子局の出す報時信号(タイム・シグナル)のリズムに聴(き)き惚(ほ)れたものです。受話器を頭から外(はず)して机の上に横たえておきましても三四尺も離れた寝床に入っている僕の耳にそのシグナルは充分(じゅうぶん)はっきりと聞きとれました。エーテル波の漂う空間の声! 僕はそれを聞いていることにどんなに胸を躍らして喜んだことでしょう。いつの間にやら夜(よ)も更(ふ)け過ぎてしまった、戸外(とのも)は怖ろしい静寂の中に、時々|凩(こがらし)が雨戸の外を過ぎて行くのに気が付きまして、急に身体中が寒くなり夜着をすっぽり頭から引被(ひっかぶ)って無理に眠りを求めるなどという事も間々ありました。
 年月はうつりかわっていつの間にやら我国にも放送無線電話が始まりました。エーテル世界には毎晩のようにJOAKの音楽やらラジオドラマが其の強力な電波勢力を誇(ほこ)りがおに夜更けまでも暴れているような時勢(じせい)になりました。僕はただもう、そういう放送によってエーテル世界が騒々(そうぞう)しく攪(か)きまわされることが厭(いや)でたまりませんでした。僕は反感的に放送を聴くことを忌避(きひ)していました。そして其の頃にはまだホンの噂話だけであった短波長(たんぱちょう)無線電信送信(そうしん)受信(じゅしん)の実験にとりかかっていました。その電波長は五メートルとか六メートルとか言った程度の頗(すこぶ)る短い電波を出したり受けたりしようというのです。放送ラジオの波長の百分の一位当りますから、うまい具合(ぐあい)に受信機には全然ラジオを聞かないで済みました。
 しかし僕の実験は、放送が終った午前十時から夜明(よあ)け頃にかけてやるのが通例(つうれい)でした。其の時間中は短波通信には殊に好都合の成績が得られるからこんな変な時を選んだのです。
 さて送信をやってみますと、なるほど電波はうまく空中へ飛び出すことが判りましたが、僕の短波通信に応じて呉れる相手は中々|見付(みつか)りませんでした。米国(べいこく)や英国あたりでは素人(しろうと)のラジオ研究家大分増えて来たとのことを聞いていましたので、その応答を予期して毎晩のように実験を繰りかえしました。先ず五分間ばかりは、僕が呼出信号を空中へ打って出します。それから今度は空中線受信機の方へ切り換え、それから五分も十分も耳を澄(す)まして何処からか応答があるだろうと聴いているのですが、いつぞや返事のあった験(ため)しがありません。僕はそれでも一向断念しませんでした。今にもどこからか「ハロー、オールド、マン」とモールス符号呼びかけてくる僕同様の素人ラジオ研究家のあるべきを信じていました。
 それどころか、時にはこんな考えさえ持ちましたことです。僕の出している短波無線電信は、この地球を既に飛び出してしまっているから中々応答が来ないので、其の内には都合よく火星金星かにぶつかってそこに棲(す)んでいる生物から前代未聞の怪(あや)しげな応答信号が僕に向って発せられるかも知れないと考えて、思わず声を出して嬉しがったこともありました。
 しかし事実の上では、私の送信に対して一回の応答信号も入って来ませんでした。耳朶(みみたぶ)が痛くなる迄、懸けつけた受話器の底には時々ガリガリという空電(くうでん)の雑音が入って来るばかりで、信号の形を備え電波は全く見出すことが出来ませんでした。時にはこの意味のない空電のガリ、ガリ、ガリという音響を、|●●●(トツトツトツ)というモールス符号のSという字にちがいないと思いこんだこともありました。


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